第8話:深紅の魔女、お姉ちゃんになる
魔法のゼクス、剣術のシオン、剛腕のゴルド。
魔王軍の怪物たちが次々と村に居着く中、最後にミラが「ワタクシの家の侍女長で、礼法と薬学に精通した者ですわ」と連れてきたのは、妖艶な雰囲気を纏った紫髪の美女だった。
名を、ベラドンナ。
魔王軍四天王が一角、別名『深紅の魔女』。
呪術と毒薬のスペシャリストであり、彼女がひとたび扇を振れば、一国全ての命を眠らせ、あるいは病に伏せさせることができる。
常に他者を冷たく見下す高慢な彼女は、魔王軍の中でも最も恐ろしい女性として知られていた。
((……フン。ミラ様どうしちゃったのかしら。四天王を家庭教師代わりに使うなんて。……まあいいわ、そのリナとかいう小娘、徹底的にしごいて泣かせてやりましょう……))
ベラドンナは内心で毒づきながら、リナの前に立った。
だが、リナはベラドンナの美しさと、彼女から漂う不思議に優しい花の香りに瞳を輝かせた。
「……あの、よろしくお願いします。ベラドンナ……お姉ちゃん!」
「……は?」
ベラドンナの動きが止まる。
……お姉ちゃん。
かつて、誰からも向けられたことのない、純粋な親愛の響き。
リナの汚れなき瞳で見つめられ、ベラドンナの冷徹な仮面が瞬時にひび割れた。
「……っ! な、ななな、何よ、急に。ワタシをそんな風に呼ぶなんて……。礼儀がなっていないわ。……でも、まあ、そうね。……もう一度だけ、呼んでみて」
「えっ? ベラドンナお姉ちゃん!」
「……っ~~~!!」
ベラドンナは顔を真っ赤にして扇で口元を隠したが、その心臓はバックバクだった。
((何この子……! 可愛い……可愛すぎるわ! ワタシ、決めたわ。この子を世界で一番気高く、そして絶対に誰にも傷つけられない最強の乙女に育て上げてみせるわ……!))
こうして、ベラドンナの教育方針は「しごき」から「溺愛を込めた英才教育」へと爆速で切り替わった。
数日後。ベラドンナはリナに、魔法の基礎となる薬草学を教えていた。
彼女が取り出したのは、魔界でも採取困難な、一滴で巨象を即死させる猛毒の草――だったはずのものだ。
「リナ、いい? 薬と毒は紙一重なの。この『死の吐息』を正しく精製すれば……」
「あ、お姉ちゃん! それ、さっきアルドお兄さんがお茶にして出してくれたよ?」
「……は?」
ベラドンナが横を見ると、アルドがヤカンから茶を注いでいた。
そこから漂うのは、毒性など微塵も感じられない、魂が浄化されるような清冽な香り。
「あ、ベラドンナさん。それ、裏山にたくさん生えてたんで、煮出してアクを抜いておきました。苦いけど、体にいいんですよ。これ、リナの分ね」
「わーい! お兄ちゃんのお茶、大好き!」
アルドが差し出したお茶を、リナがゴクゴクと美味しそうに飲む。
ベラドンナは、その光景を戦慄と共に眺めていた。
((……馬鹿な。あの猛毒草を『アク抜き』だけで、あらゆる病を治す聖水に変えたというの!? どんな魔力制御をすれば、毒の分子構造だけを完璧に書き換えられるのよ……!?))
ベラドンナは、リナの健やかな成長が、アルドの「あまりに異常な日常」によって支えられていることを理解した。
そして同時に、この「お兄さん」がいれば、リナに毒を盛るなどという行為自体が無意味であることも。
「……アルド、様。……ワタシ、貴方を甘く見ていたわ。……リナを、こんなにも素晴らしい環境で育てていたなんて」
「え? いや、ただの健康茶ですよ。……それよりベラドンナさん、リナのことよろしくお願いしますね。あんなに懐いてるの、初めて見たから」
「……ええ。任せなさい。……ワタシの大事な弟子だもの。ワタシの全てを、授けてみせるわ」
アルドの無自覚な神業と、リナの「お姉ちゃん」攻撃によって、四天王最後の砦も陥落した。
こうして、境界の村には「魔王」と「四天王全員」が揃い、アルドという特異点を中心とした、世界で最も危険で平和な「家族」が形作られていったのである。
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