第6話:絶影の剣姫、武の境地を垣間見る
魔法担当のゼクスに続き、ミラが「我が家の護衛兵の中で、最も筋が良い者ですわ」と連れてきたのは、長い青髪を高い位置でポニーテールに結った、凛々しい佇まいの少女だった。
名を、シオン。
魔王軍四天王が一角、別名『絶影の剣姫』。
古今東西のあらゆる剣技を修め、音速を超える神速の一閃で、数多の勇者候補や聖騎士を屠ってきた伝説の武人である。
その可憐な外見とは裏腹に、戦場に立てば万の軍勢を一人で足止めするほどの鋭い殺気を放つ。
だが、今の彼女はミラからの厳命により、魔王軍の威圧を必死に抑え込み、「辺境伯家の若き女騎士」を演じていた。
「……某が教えるのは、生き残るための剣。遊びではござらぬぞ」
シオンは冷徹な視線をカイルに向ける。カイルは最初、自分とさほど年齢が変わらなそうなシオンを見て「本当に大丈夫かな?」と不安げな表情を浮かべた。
だが、その疑念は一瞬で霧散することになる。
シオンが手に持った木刀を、軽く一閃させた。
目にも止まらぬ速さ。
振ったという自覚すら与えない神速。
直後、十メートル先の巨石が、音もなく真っ二つに割れた。
「……すご……。シオン先生! 某……じゃなくて、俺、俺を弟子にしてください!」
カイルの瞳に、かつてない憧憬の火が灯った。
剣士を志すカイルにとって、シオンの技はまさに理想の極致だった。
シオンはカイルの素直な賞賛に、少しだけ頬を染めた。
魔王軍では畏怖されるだけの彼女にとって、これほど純粋な尊敬を向けられるのは初めての経験だったのだ。
((ふっ、あのゼクスが驚愕したというから身構えていたが……。確かにこの村には奇妙な魔力が流れているが、剣の理においては、某の並ぶ者などおらぬ))
シオンは少しばかり誇らしげに胸を張った。
……だが、ふと視線を横にやった瞬間。
彼女の全身に、戦慄が走った。
そこでは、アルドが夕飯の支度のために「薪割り」をしていた。
だが、その手には斧も剣もない。
「……よし。最後の一本、これで終わりかな」
アルドは、拾ってきた「世界樹の枝」の枯れ木を立てると、手刀を軽く振り下ろした。
何の予備動作もない、ただの「手」だ。
だが、その手刀からは、シオンが一生をかけても到達できないほど高密度かつ精密な魔力刃が放たれていた。
パカッ、と。
神の木とも称され、魔剣ですら弾かれるはずの世界樹の枝が、まるで乾燥した竹のように綺麗に、そして完璧な断面で割れた。
「(……バ、バカな、あり得ぬ! 魔力放出を物理的な刃に変えるだけでなく、素材の『分子の隙間』を突いて、一切の抵抗なく断ち切ったというのか!? 剣も持たず、ただの所作で……某の究極の一太刀を軽々と超えて……!)」
シオンは、自分の木刀を握る手が震えるのを止められなかった。
自分が「芸術」だと思っていた剣技が、この男にとっては「生活の一部」であり、しかもその精度は自分の数千倍も先にある。
「あ、シオン先生。教え方は順調ですか? ちょうどお茶が入りましたよ」
アルドがいつものように誠実な笑顔で振り返る。
その無欲で深淵な強さに、シオンは己の傲慢を恥じ、次の瞬間には地面に膝を突き、深々と頭を下げていた。
「……閣下。いいえ、マスター! 某、己の未熟を思い知ったでござる! 願わくば、その薪割りの極意……某にも師事させては頂けぬか!」
「ええっ!? いや、ただの薪割りですよ、これ! シオン先生の方がずっと凄いじゃないですか!」
アルドは慌ててシオンを立たせようとするが、シオンの瞳は既に、求道者としての狂信的な輝きを帯びていた。
その光景を後ろから見ていたゼクスは、眼鏡をクイッと上げ、苦笑いを浮かべる。
((クク……。ようこそ、こちらの世界へ。シオン殿))
魔王軍最高の剣姫が、ただの「薪割り」に魂を奪われた瞬間。
境界の村の日常は、また一つ、カオスで最強の純度を増していくのだった。




