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後方腕組み師匠面(ししょうづら)しているだけの俺が、実は世界最強の剣聖だった件  作者: 街角のコータロー
2章 北限の聖域

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【幕間:勇者と、騎士】

アイゼンベルク辺境伯邸の庭園に、黒き二振りの刃が激しくぶつかり合う音が響く。


 カイルの『黒曜』と、シオンの新たなる愛刀『薄墨』。


対となる二振りが共鳴するたび、周囲の空間には紫と金の火花が散っていた。


「……カイル、そこまでだ」


 シオンが刀を引くと、カイルは肩で息をしながら

「……はぁ、はぁ。……ありがとうございました、先生」と頭を下げた。


だが、その顔はどこか赤い。


 シオンは眉をひそめ、カイルの額に手を当てようとした。


「カイル、最近の貴殿は集中力が欠けている。太刀筋に迷いがあるし、某と視線が合うたびに顔を赤くして視線を逸らす。……何かの病か?」


「えっ!? い、いや、病気なんかじゃ……っ! 先生の距離が近いっていうか……あーもう、なんでもないです!」


 カイルは顔を真っ赤にして、逃げるように道場を飛び出していった。


 後に残されたシオンは、一人、首を傾げる。


「……これは由々しき事態だ。弟子カイルの不調を放置しては、師匠であるアルド様に顔向けできぬ」


 かくして、真面目すぎる騎士シオンによる「カイル不調の原因究明」という名の、的外れな聞き込み調査が始まった。


 まずは庭の隅で筋トレに励むゴルドの元へ。


「ゴルド殿、相談がある。最近カイルの様子が変なのだ。某が近づくと動悸を激しくし、挙動不審になる。これは新手の呪いだろうか?」


 ゴルドは持ち上げていた巨岩を放り投げ、豪快に笑った。


「ガハハ! 呪いねぇ。……シオン、お前さん、あいつの前で髪でも解いたか? あるいは、いつもより少し笑ったとかよ」


「某の身だしなみとカイルの修行に何の関係があるのだ。真面目に答えてくれ」


「真面目だぜ? ……いいか、『戦いたい相手』と『守りたい相手』が重なっちまうと、男の剣ってのは鈍るもんなのさ。お前さんも、もう少し『女』ってやつを意識させてやんな。それが一番の特効薬だぜ」


「……某を女として意識させる? 剣技を磨くのに性別など関係ないはずだが……」


 シオンは納得いかない表情で、次の人物の元へ向かった。


 図書室で魔術書をめくっていたゼクスを捕まえる。


「ゼクス殿、カイルの魔力循環が不安定なのだ。特に某が隣に座って指導する際、異常に脈拍が上がる。精神干渉系の攻撃を受けている可能性は?」


 ゼクスは、深い溜息を漏らした。


「……カイル殿の演算機能がオーバーヒートしているだけでしょうな。シオン、貴殿はあまりにも『距離感』という概念が欠落している。特定の対象が至近距離に居るだけで、生命体には激しい化学反応が起きるのです。……いわゆる、引力というやつです」


「引力? 某が重力魔法を無意識に使っていると?」


「……もう良いです。アルド様に、美味しいお茶でも淹れてもらって、一緒に飲みなさい。少しは空気が変わるでしょう」


 最後は、テラスで優雅に爪を研いでいたベラドンナだ。


「ベラドンナ殿。カイルが最近、某の目を見ようとしないのだ。嫌われたのだろうか」


 ベラドンナは妖艶に目を細め、クスクスと肩を揺らした。


「ワタシ、あの子の気持ちが痛いほど分かるわぁ。シオン、貴女ってば、無自覚に相手を追い詰めるのが得意なんですもの」


「某が、カイルを追い詰めている?」


「そうよぉ。……あの子、貴女を『先生』として尊敬しているけれど、それ以上に『一人の魅力的な女性』として、どう扱っていいかパニックになってるの。貴女がやるべきなのは、厳しい修行じゃないわ。……そうね、不意打ちで優しく微笑んであげるとか、そういう『隙』を見せてあげることよ」


「隙、だと? 戦いにおいて隙を見せるなど、死を招く行為ではないか」


「……はぁ。アルド殿の時といい、貴女って本当にそっち方面は……。いいから、たまには剣を置いて、あの子と綺麗な景色でも眺めてきなさい。それが『弟子』のためよ」


 夕暮れ時。


シオンは、一人で素振りをしていたカイルの元へ戻った。


 みんなのアドバイスを総合し、彼女なりに出した結論は――。


「カイル、今日はもう修行は終わりだ」


「えっ……やっぱり、俺の動きが悪いから呆れちゃいましたか?」


 シュンとするカイルの隣に、シオンは腰を下ろした。いつになく、近い距離で。


「……いや。某の指導が厳しすぎたのかもしれぬ。……たまには、こうして夕日を眺めるのも『弟子』のためだと聞いた」


「せ、先生……?」


「カイル。……貴殿は、某にとって大切な存在だ。……だから、あまり一人で抱え込むな。何か悩みがあるなら、某が……その、支えになろう」


 シオンは、ベラドンナのアドバイスを思い出し、ぎこちなく、けれど精一杯の「隙」を見せて優しく微笑んだ。


 ――ドクンッ!!


「(あ、あぁぁぁ……! 先生が……先生が、めちゃくちゃ綺麗に笑ってる……可愛いぃぃぃ!!)」


 カイルの顔は、沈みゆく夕日よりも赤くなった。


 周囲のアドバイスは、シオンの耳を素通りしつつも、結果としてカイルの心臓に最大級の「致命傷」を与えてしまったのである。


「……やはり病か? カイル、顔が熱いぞ!」


「先生、近いです! 近すぎますってばー!!」


 勇者の初恋が実る日は、この天然騎士が「引力」の正体に気づく時まで、まだまだ遠そうであった。



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