【幕間:魔剣と、対の妖刀】
龍皇との激闘が残した傷跡は、何も大地や肉体だけではなかった。
アイゼンベルク辺境伯邸の一角、手入れの行き届いた道場。
シオンは、半ばから無残に折れ、輝きを失った己の愛刀を見つめ、静かに溜息をついた。
「某の未熟ゆえ……。すまぬ、友よ」
その様子を、物陰から心配そうにカイルが見つめていた。
カイルにとって、シオンは剣の師であり、憧れであり、そして胸を焦がす「特別な女性」だ。
彼女が落ち込んでいる姿は、自分のこと以上に胸が痛む。
そこへ、カツカツと小気味よい靴音を響かせてミラが現れた。
「シオン、名残惜しいのは分かりますが、いつまでも折れた剣を見つめていても仕方がありませんわ。ワタクシの宝物庫を開放しますから、好きなものを持っていきなさい。……アルド様のお側に仕える者が、鈍を差しているわけにはいきませんもの」
「ミラ様……。忝い。ならばお言葉に甘えさせていただきます」
「先生! 俺も、俺も一緒に探しますよ!」
勢いよく飛び出してきたカイルに、シオンは少し驚いたように瞬きをした後、柔らかく微笑んだ。
「……カイル。左様か、ならば一緒に探してくれるか? 勇者の目に適う品があるかもしれぬしな」
「は、はいっ!」
シオンに頼りにされた。ただそれだけで、カイルの心臓はうるさいほどに鳴り響く。
邸の地下深く、厳重な結界に守られたミラの宝物庫。
そこには神代の金貨から伝説の防具まで、目が眩むほどの秘宝が積み上がっていた。
三人は並び立つ剣の山を物色するが、シオンの「某の剣筋は、師匠であるアルド様の流麗さを模したもの」という拘りに合うものは中々見つからない。
「……どれも素晴らしいが、何かが違うのだ」
奥へ、さらに奥へと進むにつれ、カイルの腰にある『黒曜』が、意志を持つかのように淡く脈打ち始めた。
「……黒曜? お前、何か見つけたのか?」
黒曜に導かれるように、三人は宝物庫の最深部、埃を被った古い祭壇のような場所へと辿り着いた。
そこには、一振りの「刀」が、まるで封印されているかのように鎮座していた。
シオンが慎重にその鞘を手に取り、抜く。
現れた刀身は、黒曜と同じく、光を吸い込むような真っ黒な鋼。
だが、黒曜が静謐な闇だとするならば、この刀はどこか不気味で、妖しい紫の燐光を纏っていた。
「黒曜と、共鳴している……?」
カイルの剣とシオンの刀が、互いを呼び合うように低く震える。
その尋常ならざる気配に、ミラも首を傾げた。
「あまりに古くからあるものらしく、ワタクシも詳細は分かりませんわ。……仕方ありません、先代……お父様に聞きに行きましょうか」
邸の離れ、静かに隠居生活を送る先代魔王(アイゼンベルク辺境伯)は、差し出された黒い刀を見るなり、その赤い瞳を鋭く細めた。
「……ほう。まさか、それが日の目を見るとはな」
「お父様、この刀の正体をご存知なのですか?」
先代はゆっくりと茶を啜り、重い口を開いた。
「それは『黒曜』を打った鍛冶師が、その余材をもって、対として打ち上げた妖刀『薄墨』だ。例えて言うのであれば、黒曜が『護るため』の勇者の剣ならば、薄墨は『断つため』の影の刃。二つが揃った時、運命は共鳴し、持ち主たちの縁をも縛り付けると言い伝えられている」
「縁を、縛る……」
シオンがその言葉の意味を考え込む傍らで、カイルの顔は瞬く間に林檎のように真っ赤に染まった。
「縁を縛るって……それって、ええっと……」
「先代様、感謝いたします。この『薄墨』、某の魂に馴染む気がいたします。……これからは、この刃でミラ様とマスターを、そしてこの家をお守りしましょう」
シオンは迷いのない瞳で刀を鞘に収めた。
彼女にとって、この刀を選んだ理由は「黒曜と対だから」ではなく、あくまで「使いやすさとアルドへの忠義」であった。
宝物庫を後にし、夕暮れの廊下を歩く二人。
前を行くシオンの背中を見つめながら、カイルは自分の腰の黒曜にそっと触れた。
「(対の剣……ってことは、実質、先生とお揃いだよな……。なんだか、ドキドキするなぁ)」
そんなカイルの淡い恋心など露知らず、シオンは「カイル、さっそく明日からこの刀の鳴らし込みを手伝ってくれ」と、どこまでも「先生」としての声をかける。
二振りの黒き刃が、これからどのような運命を切り拓くのか。
勇者の恋路は、その妖刀の切れ味と同じくらい、前途多難で、けれど眩い光を秘めていた。
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