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後方腕組み師匠面(ししょうづら)しているだけの俺が、実は世界最強の剣聖だった件  作者: 街角のコータロー
2章 北限の聖域

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【幕間:なし崩し的な世界征服】

北の聖域、アイゼンベルク辺境伯邸。


かつて冷酷な魔王の居城として恐れられたその玉座の間は、今、張り詰めた緊張感に包まれていた。



 玉座に鎮座するのは、真祖の吸血鬼、赤氷の魔王ミラ。


 その左右には、魔族の姿を微かに漂わせた四天王が並び、不測の事態に備えて目を光らせている。


 謁見の間の重厚な扉が開くと、一人の男が静かに歩み寄った。


 西の王、龍皇である。


邪神から解き放たれたその瞳には、かつての濁りはなく、王としての理知的な輝きが戻っていた。彼はミラの数歩前で膝を突き、深く頭を垂れた。


「……此度の余の失態、邪悪なる神に魂を乗っ取られ、北の平穏を乱したこと。弁解の余地はない。……ミラ殿、如何なる沙汰も甘んじて受け入れよう。余の首が必要ならば、今ここで断つが良い」


 龍皇の声が静まり返った広間に響く。


四天王の間に緊張が走るが、ミラは優雅に足を組み替え、扇で口元を隠してクスクスと笑い声を上げた。


「……龍皇。貴方の首など、今のワタクシには何の価値もありませんわ。そんなものを頂いても、アルド様が悲しまれるだけですもの」


 ミラの口から出た「アルド」の名に、龍皇は微かに肩を震わせた。


あの、究極の【一閃】で邪神を消し飛ばした存在――。


「沙汰を言い渡しますわ。龍皇、貴方は直ちに西へ戻り、東の魔王バロールと共に、荒れ果てた両国の復興に尽力なさい。……これが、ワタクシが貴方に与える罰ですわ」


「……! それだけで、よろしいのですか?」


 龍皇が驚愕して顔を上げる。


死罪、あるいは属国としての隷属を覚悟していた彼にとって、あまりにも寛大な、そして民を想う配慮であった。


「勘違いしないで。貴方を許したわけではなく、ただ『やり直す機会』を与えただけよ。……今の北には、貴方の命を奪うよりも、平和な隣人を増やす方が有益ですもの」


 龍皇はミラの器の大きさに、そしてその背後に透けて見える「平穏を愛するアルド」の意志に、深く、魂を震わせた。


「……寛大な配慮、痛み入る。ミラ殿……貴女のその志、心底惚れ入った。……この龍皇、今後は貴女への忠誠を誓い、西の盾、そして貴女の剣として、如何様にも使っていただきたい」


 その瞬間、ミラの脳内に電撃が走った。


(……あら? 西の龍皇が忠誠を誓ったということは……。すでに東のバロールも事実上の配下。北はワタクシの領土。……そして南は、リナと王太子の縁談が進んでいる……)


 ミラは扇の裏で、引き攣りそうな頬を必死に押さえた。


(……待って。ワタクシ、まだ軍を一兵たりとも動かしていませんのに、これ、世界征服完了してませんこと!?)


 謁見が終わり、龍皇を伴ってリビングへ向かったミラを待っていたのは、最高に平和で、最高に場違いな匂いだった。


「あ、みんなおかえり。龍皇さんも、話は終わった? ちょうどローストビーフが焼き上がったところだよ」


 エプロン姿のアルドが、満面の笑みで大皿を運んでくる。


「……アルド殿。先ほどは、失礼を。……この、素晴らしく芳醇な匂いは?」


 さっきまで死を覚悟していた龍皇が、アルドの料理の匂いに毒気を抜かれ、鼻をひくつかせる。


「特製のグレービーソースだよ。さあ、冷めないうちに食べよう。カイル、リナ、みんなを呼んできて!」


 食卓には、かつて死闘を繰り広げた面々が揃った。


 ゴルドと龍皇が「肉の焼き加減」で意気投合し、ゼクスが「このソースの成分分析を……」と呟き、ベラドンナがリナにマナーを教え、カイルはシオンから肉を譲られて顔を赤くしている。


 ミラは、その光景を眺めながらワインを一口煽った。


(……かつての四大陸の王や猛者たちが、一人の村人のシチューを囲んで笑っている。……これこそが、ワタクシの夢見た『支配』を遥かに超えた、アルド様の作る『世界』なのね)


「ミラさん、どうしたの? 食べないの?」


 アルドが心配そうに覗き込んでくる。ミラは慌てて優雅な笑みを浮かべた。


「いえ、ただの独り言ですわ。……アルド様、今日のご飯も最高に美味しいですわよ!」


 なし崩し的に世界を獲ってしまった魔王は、今、世界で一番幸せな食卓の主役として、平和な夜を謳歌するのだった。



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