第21話:後方腕組み師匠面(ししょうづら)しているだけの俺が、実は世界最強の剣聖だった件
龍皇の肉体から溢れ出したドス黒い影が、空を覆い尽くす巨大な異形へと膨れ上がる。
実体化した邪神は、もはや一つの生物というより、世界を飲み込む災厄そのものだった。
「ひ……ははは! 壊せ、喰らえ! 全てを無に帰してくれようッ!」
邪神の咆哮が大地を震わせ、その触手がカイルへと振り下ろされる。
だが、その一撃が届くよりも早く、黄金の閃光がカイルを包み込んだ。
「……えっ?」
カイルが気づいた時には、彼はすでに数百メートル後方の、ミラたちの隣に立っていた。
目の前には、いつの間に移動したのか、カイルを抱えていたはずのアルドが静かに背を向けて立っている。
「みんな、下がっていて。……ここからは少し、危ないから」
アルドはそう言うと、ゆっくりと邪神に向かって歩き出した。
「アルド殿、お一人で!? 無茶よ!」
ベラドンナが叫ぶが、ミラはそれを手で制した。
彼女の瞳には、確信と、そして僅かな戦慄が宿っていた。
アルドは腰に差していた、無骨な、しかし手入れの行き届いた一振りの剣――**聖剣『星凪』**を抜き放った。
「カイル、よく見ていて。オーラソードっていうのはね、ただ魔力を出すんじゃない。こうして、密度を高めて『形』を整えるんだ」
アルドが剣を構えた瞬間、世界が沈黙した。
彼を中心に溢れ出した黄金の魔力は、カイルのそれとは比較にならないほど濃密で、鋭い。
剣の周りに形成された光の刃は、あまりの魔力密度ゆえに、周囲の空間を物理的に歪め、パチパチと神罰のような火花を散らしている。
「……すげぇ……。なんだよ、あの密度……。お兄さん、本当に人間なのか……?」
カイルが感嘆の声を漏らし、オーラソードの真実に打ち震える。
「馬鹿な……。あのような魔力の凝縮、理論上不可能です! 空間そのものが悲鳴を上げている……!」
ゼクスが魔力演算の限界を超えて驚愕し、シオンはただ、憧憬の眼差しでその背中を見つめていた。
邪神は本能的な恐怖に駆られ、ありったけの呪いを込めた極大の消滅波を放った。
「基本の型が大事なんだよ、カイル。……薪割りの時を思い出して……。足腰を据えて、狙いを定めて……こう!」
アルドが、ただ真っ直ぐに剣を振り下ろした。
それは、彼が毎日庭で行っている「薪割り」と全く同じ動作だった。
――断ッ。
音すらなかった。
黄金の一閃が空を両断し、邪神が放った呪いも、その巨大な肉体も、背後の暗雲すらも一瞬で消し飛ばした。
「バ、バカなァァァァァッ!! この我が、ただの『村人』ごときにィィィーッ!!」
邪神の断末魔が響き、その存在は塵一つ残さず完全に消滅した。
後に残ったのは、雲一つない、透き通るような秋の青空だけだった。
「……よし、おしまい。……あ、龍皇さんも、悪いのが抜けて眠ってるだけみたいだね。ミラさん、後で介抱してあげて」
アルドは『星凪』を鞘に納めると、何事もなかったかのように腕組みをして、カイルたちに微笑みかけた。
「どうかな、カイル。コツは掴めたかい?」
「……お兄さん、コツっていうレベルじゃないよ……」
カイルは力なく笑い、オーラソードの到達点を知って、改めてアルドという存在の大きさを噛み締めた。
「結局、アルド殿には理も何もかも関係ありませんね……。我々の苦労は何だったのか」
ゼクスが呆れたように頭を振ると、一同の間にようやく、温かな笑いが漏れた。
数時間後。
ログハウスの食卓には、いつものように賑やかな声が響いていた。
テーブルにはアルド特製の野菜シチューと、焼きたてのパンが並んでいる。
「やっぱり、みんなで食べる夕飯が一番だね」
アルドが笑い、カイルは「次は俺が薪を割るよ」と張り切り、リナは南の国での出来事を思い出しながら、少し顔を赤くしてシチューを運ぶ。
北の聖域。
そこには今日も、世界最強の剣聖が守り抜いた、かけがえのない「日常」が流れていた。
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