第20話:勇者の背中、聖域の絆
瓦礫の山となった地平の先で、アルドはついにその巨躯を見つけ出した。
オーガキングとしての誇り高き角は折れ、腹部に巨大な風穴を開けられたゴルドは、魔力を使い果たし、人間の姿で物言わぬ岩塊のように横たわっていた。
「……酷いな。でも、間に合ってよかった」
アルドは腰に下げていた水筒を取り出した。
中身は、今朝アルドが「傷に効く薬草茶」として煎じてきたもの――その実体は、死者すら蘇生させる神霊薬である。
「ゴルドさん、飲めるかい?」
アルドがその琥珀色の液体をゴルドの口に流し込む。
瞬間、ゴルドの全身から凄まじい生命力が噴出した。
見る間に腹の穴が肉で埋まっていく。
「……う、うう。……アルド殿……?」
意識を取り戻したゴルドが、霞む視界でアルドの顔を捉えた。
己の不甲斐なさを悟り、強面の顔を歪める。
「申し訳ねぇ……俺様としたことが……みんなを……お守りできず……」
「大丈夫ですよ。今はゆっくりしてください」
アルドは優しく微笑むと、自分より二回りも大きいゴルドを軽々と背負い、一歩踏み出した。
その足取りは、巨大な山を運んでいるとは思えないほど軽やかだった。
戦場へ戻ると、そこは修羅場だった。
ミラと、満身創痍のゼクス、ベラドンナが、リナと共にシオンの周囲を囲んでいる。
シオンの呼吸は浅く、魂の火が今にも消えそうだった。
「アルド様、ゴルドを……! 良かった……」
ミラの安堵も束の間、シオンの容態を見て顔を曇らせる。
「ミラさん、気休めかもしれませんが、このお茶も飲ませてあげてください」
手渡された水筒を開けた瞬間、ゼクスの眼窩の奥の火が激しく揺れた。
(……なんだ、この芳醇な生命の奔流は。茶、だと? 莫迦な、これは神話にのみ記される――)
ゼクスは言葉を飲み込み、即座にシオンの口へ運んだ。
液体が喉を通った瞬間、シオンの顔に赤みが差し、致命傷だった傷口が眩い光と共に完全に塞がった。
九死に一生を得たのだ。
「……ふぅ。これで一安心ですね」
アルドは安堵の溜息をつき、その視線を「戦場」へと向けた。
そこでは、覚醒した勇者が、まさに「伝説」を体現していた。
「――おおぉぉりゃあああああッ!!」
カイルの声が響く。
その手にある『真説・黒曜』は、眩いオーラの刃を伸ばし、龍皇の漆黒の爪を真っ向から切り飛ばしていた。
「俺だって……いつまでも守られてばかりじゃないんだッ!!」
カイルは、勇者としての自覚を叫びに込め、猛攻を仕掛ける。
リナの聖なる祈りが邪神の力を削ぎ、カイルのオーラソードがその隙を逃さず肉薄する。
「アルド様、助けに入らなくてよろしいのですか?」
隣に立ったミラが、心配そうに尋ねる。
アルドは腕を組み、静かな、けれど温かい眼差しでカイルの背中を見つめていた。
「カイルに任せてみようと思います。あの子は、自分でも気づかないうちにずっと強くなっていた。……本当にまずくなったら、俺が助けに行きます。でも今は、あの子の『勇気』を信じたいんだ」
アルドは敢えて動かなかった。
それが、成長しようとする「弟」への一番の信頼だと知っているからだ。
龍皇――否、彼に憑依した邪神が焦燥に駆られる。
「小癪なァ! 人間ごときがァッ!!」
放たれた極大の闇のブレス。
だが、カイルは逃げなかった。
「みんなが守ってきたこの場所を、俺が汚させないッ!! 喰らえ!!」
オーラソードが巨大な光の柱と化し、闇を真っ二つに裂いた。
光の軌跡が龍皇の胸部へと突き刺さる。
カイルの全身全霊を込めた突きが、ついに龍皇の腹部を貫通した。
「……がはっ……ぁ……」
龍皇の動きが止まる。
瘴気が霧散し、勝利は決した――。
誰もが、そう確信した。
だが、カイルの剣が貫いたその傷口から、血ではない「どす黒い何か」が、噴水のように溢れ出した。
「カイル、離れてッ!!」
アルドの鋭い声が飛ぶ。
龍皇の肉体が泥のように崩れ始め、その背後から、山の如き巨大な、実体を持った『邪神』が姿を現し始めたのだ。
「……クク、ハハハハ……!! 器(龍皇)が壊れるならば、この地を直接喰らうまでよ……!!」
物語は、勇者の勝利という幕引きを拒絶し、真の絶望へと変貌を遂げようとしていた。
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