第17話:四天王の窮地、木彫りの熊の警告
北と東の国境付近。
そこはかつて大戦の火種となった不毛の地だが、今、その場所は「世界の終焉」にも等しい魔圧に支配されていた。
空を裂いて現れたのは、漆黒の雷鳴を纏った龍皇。
その瞳は以前よりも深く濁り、背後に浮かぶ邪神の影が、北の聖域を食い尽くそうと顎を開いている。
「……来たわね」
辺境伯邸のテラスで、ミラはその不吉な胎動を誰よりも早く察知した。
彼女の背後には、すでに戦闘態勢を整えた四天王たちが揃っている。
「ゼクス、ゴルド、ベラドンナ、シオン。貴方たち四人に命じます。……龍皇を、全力で足止めなさい」
ミラはかつてないほど厳しい表情で、だが慈しむように彼らを見つめた。
「これは命令よ。……決して、死んではなりません。いいわね?」
「……御意。必ずや、主様の元へ帰還いたしますわ」
ベラドンナが妖艶に、そして不敵に微笑む。
ミラは頷くと、その強大な魔力で空間を歪めた。
『赤氷の法・次元転移』。
瞬間、四天王の姿は国境の最前線へと送り込まれた。
そしてミラ自身もまた、もう一つの座標――アルドの待つログハウスへと、光となって跳んだ。
「アルド様!」
リビングに飛び込んだミラの声に、暖炉で薪を焼べていたアルドが顔を上げた。
そこにはカイルとリナもおり、窓の外の異変に気づき、アルドの背中を信じて待っていた。
ミラは息を切らしながら、南の魔王セレナから聞いた「邪神」の真実、そして龍皇がその犠牲者であることを、一気にアルドへ伝えた。
話を聞き終えたアルドは、一瞬だけ、かつてないほど険しい顔を見せた。
それは恐怖ではない。
家族の平穏を脅かし、一人の王の魂を弄ぶ「邪悪」に対する、静かな怒りだった。
「……なるほど。じゃあ、その中に入っている悪いやつを抜けば、ミラさんたちは、その龍皇さんと仲良くできるんだよね?」
その言葉に、ミラは一瞬呆気に取られた。
龍皇との共存など、誰も想像すらしていなかったからだ。だが、アルドの瞳はどこまでも本気だった。
「……ええ。彼が正気に戻れば、これ以上の争いは必要なくなるでしょう」
「わかった。……俺で良ければ、お手伝いさせてもらうよ。悪い虫がついているなら、払ってあげなきゃ」
アルドが立ち上がると、その覚悟に呼応するように、カイルが腰の「黒曜」を強く握りしめた。
「お兄さん! 黒曜が……黒曜がブルブル震えてるんだ! 怖いんじゃない、こいつ、喜んでるんだよ。俺だって、お兄さんの隣で一緒に戦いたい!」
「私も!」
リナがアルドの服の裾をぎゅっと掴んだ。
「セレナさんが言ってたわ。私の祈りが、龍皇さんの心を救う鍵になるって。……私に何ができるか分からないけど、みんなと一緒に行きたい!」
アルドは二人の頭を優しく撫で、ミラを振り返った。
「決まりだね。……じゃあ、みんなで向かおう。」
アルドが玄関へ一歩踏み出した、その瞬間だった。
リビングの棚に置かれた、あの**『木彫りの熊』**が、爆発的な輝きを放ち、激しく明滅し始めた。
それは、ミラや四天王、そしてカイルやリナに渡された「世界樹のお守り」と深くリンクしている、聖域の警戒装置。
「……! お守りが熱い……! ゼクスさんたちの身に、何かが……!?」
リナが自分の胸元のお守りを押さえる。
木彫りの熊の明滅は、戦場へ向かった四天王たちが、今まさに龍皇(邪神)の圧倒的な力によって、死の淵に立たされていることをアルドたちに告げていた。
「みんなが危ない。……ミラさん、急ごう。」
アルドが玄関の扉を開けると、彼を中心に黄金の光が渦巻き、四人を包み込んだ。
北の聖域の主が、ついにその重い腰を上げる。
邪神の因果を叩き割るための、最後の戦いが始まろうとしていた。
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