第16話:聖女の予感、南の賢者が語る真実
龍皇の圧倒的な威圧感に晒された翌日。
アイゼンベルク辺境伯邸の会議室には、重苦しい空気が流れていた。
「……あんな化け物、どうやって倒せばいいんだよ」
カイルが悔しそうに拳を握る。
シオンは指一本で止められた己の未熟さに唇を噛み、
ゼクスは龍皇の魔力演算が「既存の龍族の理論値」を遥かに逸脱していたことに困惑していた。
その沈黙を破ったのは、ミラだった。
「……南へ行きましょう。霊樹皇セレナなら、古の記録から西の王の系譜を知っているはずよ。奴のことを知らなければ、北の地は守りきれない」
「南の魔王、セレナですか? 彼女は中立を貫く平和主義者のはず。我らのような者に協力するでしょうか」
ゼクスの問いに、ミラは窓の外を見つめたまま答える。
「……あの男は、ただ強いだけじゃない。どこか『不自然』だった。西の大地を統べる王が、あそこまで盲目的に破壊を求めるなど……。何かが彼を変えてしまったのではないか、という嫌な予感がするの」
ミラの決断に、一人の少女が強い意志を持って名乗りを上げた。
「ミラさん! 私も連れて行ってください!」
リナだった。
兄のカイルが止めるのも聞かず、リナは必死に訴える。
「……龍皇さんから、真っ黒で、どろどろした気配がしたんです。あれは、普通の生き物の魔力じゃありません。聖女として、その正体を確かめる手伝いをさせてください!」
ミラの瞳に、リナの覚悟が映る。
この「違和感」の正体を探るには、リナの聖なる感性が必要だと判断し、一行は南の樹海へと飛んだ。
白亜の王座で彼女たちを迎えたのは、琥珀色の瞳に無限の慈愛と憂いを湛えたハイエルフ、セレナだった。
「……驚いたわ。北を血で染めている赤氷の魔王が、私を頼るなんて」
「嫌味は後にして。セレナ、教えて。……あの龍皇という男、一体何者なの? 私たちは奴の軍を散々打ち倒してきたけれど、本人の放つ気配は、まるで別の世界の悍ましさが混ざっていたわ」
セレナはミラ達の背後に控えるリナを見た瞬間、その琥珀色の瞳を大きく見開いた。
「……お待ちなさい。その子は?」
「私の家族よ。名はリナ。……聖女の資質を持っているわ」
セレナは玉座から降り、リナの元へ歩み寄ると、その魂の輝きを食い入るように見つめた。
「……驚いたわ。この汚れきった時代に、これほど純粋な慈愛の根源を持つ子がいたなんて。まるで神代の奇跡のようだわ」
セレナはリナの頬にそっと触れ、そしてミラたちへ向き直る。
その表情は、かつてないほど険しいものだった。
「……貴女たちが北で対峙した『龍皇』について聞きに来たのでしょう? 覚悟して聞きなさい。あれは、もはや私たちが知る『王』ではないわ」
セレナは手元の水鏡に、かつての西の情景を映し出した。
「数百年前まで、西には調和を重んじる理知的な『賢王』がいた。けれど、ある日を境に彼の魂の裏側には、邪悪な神――『邪神』の影が癒着してしまったのよ」
「邪神……。それが、今の龍皇の正体だと?」
ゼクスが絶句する。
セレナは静かに頷いた。
「今の彼は、その強大な肉体を邪神に依代として明け渡しているに過ぎない。彼が進軍を止められないのは、本人の意志ではなく、彼を食い破った邪神が『世界の破壊』を望んでいるからよ」
「……やっぱり、そうだったんだ」
リナが、祈るように胸元に手を当てて呟いた。
「龍皇さんの目、ずっと泣いているみたいに見えたんです。心の奥で『誰か止めて』って叫んでいるような……。やっぱり、悪いものに操られていたんですね」
「……気づいていたのね、幼き聖女よ」
セレナはリナの感性に感銘を受け、その手を優しく握った。
「貴女は稀有で、尊い存在よ。……貴女さえ良ければ、いずれ我が南の国の王太子の元へ迎え入れたいほどに。彼もまた、貴女のような光を必要としているのだから」
「えっ……婚約ですか!?」
リナが赤くなって狼狽するが、セレナは真剣な眼差しでミラの胸元にある「アルドのお守り」を凝視した。
「……ミラ、貴女たちの後ろにいる『何者か』が作ったそのお守り……。そこには、邪神の因果すら断ち切るほどの清廉な力が宿っているわ。物理的な破壊では龍皇を救えない。邪神の呪縛だけを切り離し、浄化する『至高の一撃』……それを持つ者が、貴女たちの味方にいることを祈るわ」
ミラは確信した。
正体は分かった。
あとは、帰って「彼」に伝えるだけだ。
「……礼を言うわ、セレナ。これで戦い方が決まったわ」
一行は、決戦の待つ北の大地へと再び翼を広げた。
リナの祈りとアルドの力が重なる、最終決戦の予感を抱きながら。
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