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後方腕組み師匠面(ししょうづら)しているだけの俺が、実は世界最強の剣聖だった件  作者: 街角のコータロー
2章 北限の聖域

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第12話:極北の一閃、武人の矜持

北の聖域を分かつ氷壁の上。


吹き荒れる地吹雪を切り裂いて、一筋の閃光が走った。


「――ほう。この『絶技』を受け止めるか、小娘」


 深紅の甲冑を纏った男、天龍将ヴァルガスが静かに呟く。


彼が手にする大刀は、一振りで氷山をも両断する質量を誇る。


対するは、青髪のポニーテールを夜風になびかせた小柄な少女、シオン。


「小娘、ではない。それがしの名はシオン。マスターの平穏を護る、一振りの刃なり」


 シオンの瞳は、普段の幼い表情からは想像もつかないほど冷徹な剣士の輝きを宿していた。


 二人の間には、もはや魔力などの不純物は存在しない。


あるのは、ただ純粋な「武」の練度のみ。


「行くぞ」


 ヴァルガスの姿が消えた。


 否、あまりの踏み込みの速さに、雪原がクレーター状に爆ぜたのだ。


上段から振り下ろされる大刀は、龍の膂力が込められた物理的絶望。


 シオンはそれを、力で受け流すことはしない。


「『薪割りの理』、其の一。……抵抗あらがわず、流す」


 シオンは紙一重で刀身を逸らし、大刀の重圧をそのまま氷壁へと逃がした。


轟音と共に氷壁が崩落するが、その隙をシオンは見逃さない。


 神速の抜刀。


『極意・無間一閃』。


 刹那、ヴァルガスの首筋を狙って放たれた一撃は、しかし、彼が左手で繰り出した龍鱗の籠手によって弾かれた。


「……面白い。その理、ただの古流剣術ではあるまい」


「マスターから授かった真理。貴殿のような破壊の徒には、理解できぬ境地よ」


 ここから、常人には不可視の剣戟の嵐が始まった。


 一秒間に数百の交差。


 金属音は重なり合って一つの鳴動となり、散る火花は吹雪さえも蒸発させる。


ヴァルガスの剛剣が空間を削り、シオンの細剣がその隙間を縫うように死角を突く。


 ヴァルガスは驚愕していた。


 西の大地を平らげた己の武が、自分よりも遥かに小柄な、子供のような少女に押し留められている。


それだけではない。


彼女の剣には、迷いがない。


(……何だ、この少女の根源にあるものは。死を恐れぬデュラハンの特性か? いや、違う。これは……揺るぎなき『愛』か!)


 ハデスが敗れた理由を、ヴァルガスは今、肌で理解した。


 シオンの胸元で揺れる、不恰好だが温かみのある木彫りのお守り。


そこから溢れ出す、世界の根源に触れるような魔力が、彼女の「武」を神域へと昇華させている。


「……龍皇の威光、受けてみよ! 『天龍・獄断絶』!!」


 ヴァルガスが咆哮し、大刀が漆黒の炎を纏って巨大化する。


避けられぬ範囲、逃げ場のない破壊。


 だが、シオンは逃げなかった。


彼女はそっと、首元のお守りに触れる。


(……マスター。某、今こそ教えを体現いたします)


 彼女は刀を正眼に構え、深く息を吐く。


 アルドがいつも、庭先で薪を割る時に見せる、あの自然体。


「『極流・聖域の門』」


 放たれたヴァルガスの絶技。


 それを、シオンはただ一筋の、極めて静かな横一閃で迎撃した。


 激突の瞬間、音は消えた。


 爆ぜた氷塊が舞い散る中、天龍将ヴァルガスの大刀は中ほどから無惨に折れ、シオンの切っ先が彼の喉元を正確に捉えていた。


「……勝負あったな。貴殿の武は、破壊のためだけのもの。それがしの武は、マスターの元へ帰るためのもの。……届かぬのは、当然なり」


 シオンの静かな宣告。


ヴァルガスは折れた刀を見つめ、長く、重い溜息を吐いた。


敗北の屈辱よりも、自分が見た「武の完成形」への畏敬が勝っていた。


「……見事だ。北の地に、これほどの『怪物』を従える主がいるとはな。……このヴァルガス、潔く首を差し出そう」


「……いや。首は取らぬ。マスターは、無益な殺生を嫌われるのでな」


 シオンが刀を引き、背を向けようとしたその時だった。


「待て、小娘」


 ヴァルガスの声に、地を這うような重圧が宿る。


彼は折れた刀を雪原に突き立て、真っ直ぐにシオンを見据えた。


「我は龍皇軍四天王、天龍将ヴァルガス。敗軍の将として生き恥を晒し、龍皇様へ報告に戻るなど、我が『武』が許さぬ。……某よ、貴殿を対等の武人と認め、頼みがある」


 シオンは足を止め、振り返った。


その瞳が、ヴァルガスの覚悟を瞬時に悟る。


「……介錯かいしゃくを、と申すか」


「いかにも。……背中の傷は武人の恥。我が人生、最後の一撃は、貴殿のような真なる武人の手によって幕を引きたい」


 ヴァルガスは膝を突き、深紅の甲冑を僅かに緩めて背筋を伸ばした。


そこには数多の戦場を潜り抜けた傷跡があるが、ヴァルガスの言う通り、背中には一太刀の傷も刻まれていない。


 シオンは黙したまま、首元にあるアルドの「お守り」にそっと触れた。


 アルドなら、彼を許し、生かしただろう。


だが、シオンはアルドの弟子であると同時に、一人の「誇り高き剣士」でもあった。


敵の命を奪うことではなく、敵の誇りを守ること。


それもまた、彼女が考える「武士もののふ」の誠であった。


「……承知した。貴殿の最期、某がしかと見届けよう」


 シオンが再び刀を抜き放つ。


 青いポニーテールが夜風にたなびき、静謐せいひつな殺気が辺り一帯を凍てつかせた。


「マスター……無益な殺生を、どうかお許しくだされ。……これは、某なりのことわりにございます」


 シオンが正眼に構える。


 ヴァルガスは満足げに目を閉じ、静かに首を差し出した。


「さらばだ、北の剣鬼よ。……その『マスター』とやらによろしく伝えよ。西にはまだ、余よりも強き龍が眠っているとな……」


「いざ。――『極流・永劫一閃』」


 音すらも置き去りにする、光の一条。


 シオンの刃が空を割り、ヴァルガスの首筋を撫でた。


「――見事なり!!」


 最期に響いたのは、ヴァルガスの感嘆の声だった。


 一切の苦痛も、淀みもない。ただ美しく、澄み渡るような一閃。


 ヴァルガスの巨躯が静かに雪原に沈み、その魂は龍皇の呪縛から解き放たれ、北の風へと消えていった。


 シオンは血を払う動作もなく、静かに刀を鞘に収める。


 その背筋は凛と伸びていたが、お守りを握る手は微かに震えていた。


「……早く帰らねば。マスターの焼いたパンが、冷めてしまう」


 彼女は一度だけ、深く頭を下げてから、家族が待つ聖域へと歩き出した。


 西の最強がその命を賭して、北の「日常」の正しさを証明した夜だった。



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