第9話:龍皇の粛清、次なる凶牙
西の空が、不吉な紅に染まっていた。
龍皇城の謁見の間。
そこには、先ほどまでの傲慢さを微塵も感じさせない、無惨な姿を晒す黒龍将ガルドスがいた。
「……申し、訳ございませぬ……。龍皇様……」
ガルドスの声は、ひどく掠れていた。
誇り高き漆黒の龍鱗は至る所で砕け、自慢の右腕は原型を留めぬほどにひしゃげている。
巨鬼の一撃に、龍の生命力をもってしても再生が追いついていない。
玉座に鎮座する龍皇は、頬杖をついたまま、冷え切った眼差しを眼下の敗者に向けた。
「一万の軍勢に続き、四天王の一角である貴様までもが、たった一人の不純物に敗北して戻ってきたか」
「あ、あれは……ただのオーガではありませぬ……! 背後に、底知れぬ『何者か』の意志を感じました……。その力が、奴を……」
「言い訳は不要だ」
龍皇が短く断じた。
刹那、謁見の間を埋め尽くす魔圧が急上昇し、石造りの床が自重で軋み始める。
「余が求めているのは結果のみ。失敗に価値を見出すほど、余は慈悲深くはない」
「ひっ……!? お、お待ちください! 龍皇様! 次こそは、次こそは必ずや――」
ガルドスが懇願の声を上げようとした瞬間だった。
龍皇が指先を僅かに動かす。
それだけで、ガルドスの足元から漆黒の炎が噴き上がった。
「ぎあぁぁぁぁぁぁっ!?」
絶叫は長くは続かない。
それは「燃える」というよりも「存在が消去される」に近い現象だった。
龍皇の炎は、対象の魔力も、肉体も、魂の記憶すらも燃料に変えて焼き尽くす。
数秒後、そこには煤一つ残っていなかった。
西の大地で最強の一角と謳われた四天王が、ゴミを掃くように処理されたのだ。
「……さて」
龍皇の視線が、誰もいないはずの玉座の影へと向けられた。
「隠れて見ておるつもりか。貴様の番だ。『冥龍将』ハデス」
影が蠢き、そこから一人の男が染み出すように現れた。
ガルドスのような荒々しさはない。
だが、纏っている空気の毒々しさは比較にならなかった。生と死の境界を彷徨うような、昏い魔力を帯びた龍人だ。
「……ガルドスは四天王の中でも、最も『力』に寄りすぎた愚か者。所詮は肉の壁に過ぎませぬ」
ハデスが恭しく跪く。
その声には、同僚を目の前で殺された恐怖も、悲しみもない。
あるのは、ただ強者への絶対的な服従だけだ。
「貴様には、北の連中が守ろうとしている『何か』を暴き、絶望を植え付けてくることを命ずる。……次、余の前に現れる時は、敵の首を携えているか、あるいは塵となっているかのどちらかだと思え」
「御意に……。北の甘い幻想、この冥府の術ですべて枯らしてご覧に入れましょう」
ハデスの姿が霧のように消え、謁見の間には再び不気味な静寂が訪れる。
龍皇は、遠く北の空を睨みつけた。
「……東の魔王が逃げ込み、一万の兵が消え、四天王すらも圧倒する。……あの雪に閉ざされた地に、一体何が潜んでいる」
龍皇の苛立ちは、すでに頂点に達しようとしていた。
その頃。
北のログハウスでは、そんな龍皇の殺意など露ほども感じさせない、賑やかな声が響いていた。
「お兄さん! シチューのおかわり!」
「はいはい、カイル。そんなに急いで食べなくても、逃げやしないよ」
アルドが優しく笑い、大鍋から具沢山のシチューを掬い上げる。
お守りを大事そうに懐に仕舞い、晴れやかな顔で食事を楽しむゴルド。
その隣で、ベラドンナが静かに首元のお守りを見つめていた。
「……次は、ワタシの番ね……」
ベラドンナが小さく呟いた言葉を、
アルドは「ん? どうしたの?」と聞き返したが、
彼女は「……なんでもないわ」と、僅かに頬を緩めて答えるのだった。
もし「面白い」「続きが気になる」と思っていただけましたら、ブックマークや評価、感想などをいただけると執筆の励みになります! よろしくお願いいたします




