第6話:世界樹の守護、兄の祈り
アルドの家の庭先。
穏やかな陽光が降り注ぐ中、アルドはふと、ティーカップを置いてミラに問いかけた。
「ミラさん。……最近、使用人のみんなが忙しそうだね。ゼクスさんは朝からいないし、ゴルドさんも昨日はいなかった。ベラドンナさんも、シオンさんも日替わりで出張しているみたいだけど、何かあったのかい?」
アルドの言葉に、ミラは一瞬だけ扇を持つ手を止めた。
実際には、西の龍皇への睨みを利かせるため、四天王が日替わりで国境付近へと派遣されているのだが、それをアルドに伝えるわけにはいかない。
「……流石はアルド様、よく見ていらっしゃいますのね。実は、お隣の領地が少しばかり……我がアイゼンベルク家の利権を狙って不穏な動きを見せておりますの。みんなには、その調査と牽制をお願いしているのですわ」
ミラは嘘は吐いていない。
ただ、「隣の領地」というのが「西の魔王軍」であることを濁しただけだ。
「そうか。ミラさんも大変だね……。俺にできることがあれば、何でも言ってくれ。力になりたいんだ」
アルドが真っ直ぐな瞳でそう告げた瞬間、ミラの心臓は大きく跳ねた。
全種族の頂点に立つ『剣聖』が力を貸すと言っている。
だが、ミラは優雅に首を振った。
「お気持ちだけで十分ですわ、アルド様。あなたにそのような泥臭い争いでお手を煩わせるような真似は、ワタクシが許しませんもの。アルド様は、ここでいつも通り美味しいお料理を作って待っていてくださるだけで良いのです」
アルドを戦火に巻き込みたくない。
その平穏を守ることこそが、今のミラの生きる理由だった。
アルドは「そうかい?」と少し残念そうに頬をかいたが、
すぐに何かを思い出したように、懐から四つの小さな木彫りのお守りを取り出した。
「それなら、これを持って行ってくれないかな。ゼクスさんたち四人に渡してほしいんだ」
それは、どこにでもある素朴な木片を削り出したものに見えた。
だが、ミラがそれを受け取った瞬間、全身の魔力が震えた。
(……な、なんですの、この密度は!? まるで生命の根源が凝縮されているような……!)
「これ、実は裏山の奥にあった大きな木の枝を削って作ったんだ。持ち主に危機が迫ると、あそこのリビングにある『木彫りの熊』が光を放って、俺に知らせてくれるようになっていてね」
アルドがリビングの棚を指差すと、そこには彼が以前趣味で彫った、これまた無骨な熊の置物が鎮座していた。
「えっ……お兄さん、あのお守り、そんな効果があったの!? 俺たちのにも!?」
「私もずっと持ってるけど、ただの魔除けだと思ってた……」
狩りから戻ってきたカイルとリナが、驚愕の声を上げる。
彼らの首にも、同じ素材で作られたお守りが下がっていた。
アルドは少し照れくさそうに笑う。
「二人とも、最近は遠出の仕事も増えただろう? 心配で、ついね。……あ、でも、ミラさん。ゼクスさんたちには『ただの幸運のお守りだ』と言って渡してくれ。あんまり心配しすぎると、仕事の邪魔になっちゃうからね」
ミラは、手の中にある四つの「お守り」を見つめた。
アルドは大きな木と言っていたが、清廉な魔力の質から見ておそらく世界樹の木だ。
その聖樹を使い、持ち主の危機を遠隔で知らせる。
魔導具の常識を超えた、神話級のアーティファクト。
それを「つい心配で」という理由だけで作り上げ、家族や親しい者に持たせる男。
「……必ず、四人に渡しますわ。アルド様、あなたの優しさは、何よりも力強い盾になりますわね」
ミラの瞳に、温かな涙が滲む。
アルドにとっては、ささやかな気遣い。
だが、これを受け取る四天王――執事、門番、侍従長、そして若手騎士の少女は、後に知ることになる。
アルドの祈りが込められたその木片が、絶体絶命の窮地を脱することになることを。
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