第4話:蹂躙の美学
東の大地を包むのは、生命の鼓動ではなく、絶望を燃料に燃え盛る黒煙だった。
かつて緑豊かだった平原は、西の龍皇が解き放った龍人族の軍勢によって蹂躙され、今や音を立てて崩れ落ちる灰の荒野と化している。
「……掃討開始まで、あと十秒」
灰色の空。
重力に背いて静止するゼクスが、無機質な瞳で眼鏡の奥を光らせた。
彼の背後には、虚空に刻まれた数百の幾何学的な魔方陣。
死者の王としての魔力が、精密な演算回路を通って収束していく。
地上では、龍皇の紋章を刻んだ重装歩兵が一万二千、獲物を求めて咆哮を上げていた。
だが、その最前列が爆ぜた。
「ガッハッハ! 掃除の時間だぜ、トカゲ野郎ども!」
咆哮と共に、岩塊のような巨躯が空から突き刺さった。
巨鬼のゴルドだ。
彼が肩に担いだ巨大斧を無造作に振り抜くと、大気が悲鳴を上げ、真空の刃が地平線までを薙ぎ払う。
「『爆震・焔魔割り』!!」
一撃。
龍鱗の鎧も、堅牢な盾も、ゴルドが放つ圧倒的な暴力の前では紙細工に等しい。
巻き起こる火柱が、一瞬にして千の命を「資源」へと還元した。
「……騒がしい。マスターの教えが、これでは台無しだ」
爆炎を割って現れたのは、小柄な少女。
青髪のポニーテールを揺らし、首を魔法で繋いだデュラハンの剣士、シオンだ。
彼女は走らない。
ただ、静かに歩む。
だが、彼女とすれ違う龍人族たちは、自らが斬られたことすら気づかぬまま、次々と糸の切れた人形のように崩れ落ちていく。
「『極意・無間一閃』。……案ずるな。痛みすら、某の刃は置き去りにする」
シオンが親指で鯉口をわずかに鳴らし、抜刀と納刀を同時に完遂する。
刹那、彼女の背後で数百の首が同時に宙を舞った。
「ウフフ、みんな元気ねぇ。でも、あんまり壊しすぎるとワタシの実験体がなくなっちゃうわ」
後方で指先を遊ばせるのは、紫のロングヘアをなびかせる夢魔、ベラドンナ。
彼女が唇に指を当て、甘い吐息を漏らすと、戦場を覆う煤煙が毒々しい紫色の霧へと変質した。
「『万毒葬送・紫煙の檻』」
霧に触れた兵士たちは、武器を落とし、恍惚とした表情のまま泥のように溶けていく。
再生能力を誇る龍の血すら、彼女の極毒には抗えない。
「な、何者だ貴様ら……! 龍皇様に仇なす者が、これほどまでの力を……!」
生き残った龍将軍が戦慄し、喉の奥から極大の火炎息を放とうとした。
だが、その喉が灼熱に染まる前に、天から無数の「理」が降り注いだ。
「――結論は出ました。貴方たちの存在は、この地の静寂にとって『不合理』です」
ゼクスが指を弾く。
空に展開されていた魔方陣から、収束された魔力の光条が一斉に放たれた。
「『神理執行・星墜』」
精密に制御された一万の光弾。
それは逃げ惑う龍人族をピンポイントで貫き、戦場から「軍勢」という概念そのものを消し去っていく。
わずか数分。
一万二千の脅威は、文字通り塵へと変わった。
静まり返った焦土の中、四天王たちは息一つ乱さず中央に集まる。
「……さて。これでミラ様から仰せつかった『掃除』は完了ね。さあ、アルド殿が待つ村に帰りましょう? 今日の夕飯は何かしら」
ベラドンナが、戦場にいたとは思えない家庭的な微笑みを浮かべた。
「某も、少し腹が減ったな。マスターに、今日の剣筋を報告せねば」
「ガッハッハ! 俺様は肉だ! アルド殿の焼くデカい肉が食いてえ!」
「……皆さん、帰還後のカモフラージュを忘れないでくださいね。あくまで『友人邸の近所を少し掃除しに行った』だけなのですから」
彼らが最強の武力を振るう理由。
それは世界の平和でも、龍皇への復讐でもない。
絶対的忠誠を誓った、赤氷の魔王 ミラ様と、あの穏やかな青年――アルドと過ごす、温かな食卓を守るため。
その頃、北の村では、アルドが手刀で割った薪を綺麗に積み上げていた。
「お、東の空が少し明るくなったな。ミラさんの家の用事も終わったのかな。……よし、今日は奮発してステーキにしようか」
龍皇の軍勢を消滅させた四人の化け物たちが、今、一人の青年が待つ聖域へと、いそいそと足を速めていた。
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