第3話:北の牙、四天王
北の地に雪が降り積もる中、アイゼンベルク辺境伯邸の戦略会議室には、凍りつくような沈黙が流れていた。
「……東の大地に放った斥候、十名。魔力通信が完全に途絶しました」
ゼクスが冷徹な声で報告する。
バロールが率いてきた東の魔王軍の中でも、隠密と生存能力に長けた精鋭たちだった。
それが、西の龍皇が支配する占領地へ足を踏み入れた途端、一人の生還者も出さず、断末魔すら残さずに消えたのだ。
「これ以上の戦力浪費は無意味です。ミラ様、もはや我らが出るほかありません」
ミラの背後に控える四天王――ゼクス、ゴルド、シオン、ベラドンナ。
その四人の空気が一変した。
それまで隠されていた凄まじい魔圧が、会議室の石壁をピキリと震わせる。
だが、その決断に待ったをかけたのはバロールだった。
「待たれよ! 危険すぎる! ミラ様、その四人は確かに精鋭に相応しい気配を放っているが……龍皇の軍勢は次元が違う! 龍人族の親衛隊を相手にすれば、四天王クラスといえど良くて相打ち、下手をすれば死にに行くだけだ!」
バロールの声には、同盟を結んだばかりの仲間を失いたくないという必死さがあった。
かつて一国の魔王であった自分すら敗れた相手なのだ。
その恐怖は、容易に拭えるものではない。
「……バロール師団長。あなたの忠告には感謝しますわ」
ミラが椅子から立ち上がり、冷たい笑みを浮かべた。
「ですが、ワタクシの四天王を、あなたの知る『四天王』という枠組みで測らないことね。……行きなさい。北を汚す不純物を、その目で確かめてくるのです」
ミラの命が下ると同時に、四人が動いた。
「バロール殿。私の解析を『死にに行く』などという非論理的な言葉で否定されるのは、少々心外ですね」
ゼクスが眼鏡の縁をなぞる。
その瞳に宿る魔力の奔流は、バロールが知るいかなる魔導師をも凌駕していた。
「ガッハッハ! おい、オッサン。俺様がその『トカゲ野郎』どもをどれだけ細切れにするか、ここからよく見てろよ!」
ゴルドが肩に担いだ斧を床に下ろすと、邸宅全体を揺らすような地響きが鳴った。
ただそこにいるだけで空間が歪むほどの武威。
「……某の刃。龍の鱗を断てるか、試すには良い機会よ」
シオンが鯉口を切る。
音も無く放たれた殺気は、バロールの喉元を切り裂いたかのような錯覚を抱かせるほど鋭い。
「クスクス。ワタシの毒で、龍の誇りとやらをドロドロに溶かしてあげましょうか」
ベラドンナの周囲に漂う紫煙が、意志を持つ蛇のように蠢く。
その毒気だけで、凡百の魔族なら即座に命を落とすだろう。
バロールは言葉を失い、立ち尽くした。
(……な、なんだ、このプレッシャーは……。以前吾輩が見た時とは別人ではないか!彼らはこれほどの力を隠していたというのか!? 一人一人が、最盛期の吾輩を凌駕している。いや、彼らの力は……もはや個の武力を超えて、天災の領域だ……!)
バロールは震える手で自身の胸を押さえた。
かつて東を統べ、絶対の自信を持っていた己が、これほどまでに小さく感じる。
北の魔王軍、そしてそれを率いるミラの底知れなさに、彼は改めて戦慄した。
「四天王を派遣したこと、アルド様には伏せておきなさい。……『友人』の邸の近所を、少し掃除させると伝えてありますから」
ミラの言葉は、どこまでも優雅だった。
その頃、アルドは庭で手刀を使って、一振りで十本の薪を完璧に両断していた。
「お、今日の空気は少しピリついているな。……まあ、ミラさんの家の使用人さんたちが頑張っているんだろう。俺も夕飯の支度を頑張るか」
アルドが空を見上げた瞬間、遥か東の空から、四つの巨大な魔力の彗星が駆け抜けていった。
世界を焼く龍皇と、北の聖域を守る最強の四天王。
真の激突が、今始まろうとしていた。
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