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後方腕組み師匠面(ししょうづら)しているだけの俺が、実は世界最強の剣聖だった件  作者: 街角のコータロー
2章 北限の聖域

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第2話:黒鋼の意思、人見知りの魔剣

アルドの作るシチューは、どんな高級宮廷料理よりも体に染み渡る。


 アイゼンベルク辺境伯令嬢として日々贅を尽くしているはずのミラも、この食卓では一人の幸福な女性として、静かにスプーンを運んでいた。


 ふと、勇者カイルが傍らに立てかけていた一振りの剣を、複雑な表情で見つめた。


 それは、鞘から柄に至るまで、光を吸い込むような漆黒の鋼で造られた無骨な剣――「黒曜」。


「……やっぱり、まだ機嫌が悪いみたいなんだ。こいつ」


 カイルが苦笑いしながら呟く。


 この「黒曜」は、かつてミラがアルドに預けたものだった。


宝物庫の中からアルド自らが選んだ魔剣である。


ドワーフの名工 ガモン が自らの生涯をかけて打った、「聖剣『星凪ほしなぎ』」が手元に来た時にアルドが返そうとすると、ミラは頬を染めながら「持っていてください」と固辞したものである。


 結果、世界を滅ぼしかねない魔剣「黒曜」は、アルドの手によって「ちょうどいい置き場所だから」という理由で、ログハウスのリビングの壁に、魔除けの飾りか何かのように吊るされていたのだ。


 それをひと目で気に入ったカイルが、「お兄さん、この剣を俺に預けさせてくれないか」と願い出て、今、彼の腰にある。


「初代領主様とアルドお兄さん以外に使い手がいなかったって話、本当なんだね。俺が勇者の力を使おうとしても、全然応えてくれないんだ。重くて、冷たくて、まるでお前にはまだ早いって拒絶されてるみたいだよ」


 勇者として覚醒したはずのカイルですら、その剣の意思を御しきれずにいた。


 そんな弟の悩みを聞き、アルドはシチューの皿を置いて穏やかに笑った。


「そうか。カイル、ちょっと貸してごらん」


 アルドは無造作に、まるで使い慣れた薪割り斧を手に取るような軽やかさで「黒曜」を受け取った。


 アルドがその漆黒の刀身を、愛おしむように優しく撫でる。


「……怖がらなくていいんだ。こいつも、お前と同じで少し人見知りなだけだよ。優しく語りかけてみな。そうすれば、きっと答えてくれるから」


 その瞬間だった。


 静まり返っていた黒鋼の刀身が、アルドの指先に触れた途端、歓喜の産声を上げるかのように震えた。


 次の瞬間、リビング全体が昼間のような眩さに包まれる。黒い刀身から放たれたのは、闇を払う純白の閃光。


あまりの高潔な輝きに、カイルもリナも思わず腕で目を覆った。


「う、わあぁっ! すげぇ……!!」


 カイルは驚愕のあまり椅子から立ち上がった。


 自分がどれだけ魔力を注いでも沈黙していた剣が、アルドがただ撫でただけで、これほどまでの霊光を放つ。


「さ、さすがお兄さんだ……! 伝説の剣が、まるで甘えるみたいに光るなんて……。俺には、まだ全然届かないや」


 アルドは「ほら」と、光を収めた剣をカイルに返した。


 不思議なことに、カイルの手に戻った「黒曜」は、先ほどまでの頑なな重さが消え、ほんのりと温かさを帯びていた。


 その様子を隣で見ていた聖女リナが、クスクスと意地悪そうに笑う。


「ふふ、本当ね。カイル、早く『黒曜』の声が聞けるといいわね? お兄さんに甘えてばっかりじゃなくて、ちゃんと剣に認めてもらえるように笑」


「わ、わかってるよリナ! お兄さん、ありがとう。俺、もっと精進するよ」


 ミラは、茶を飲みながらその光景を眺めていた。


 (……当然ですわね。初代魔王に並ぶ、あるいはそれ以上の魂を持つアルド様にとって、魔剣のプライドなど、飼い主を待つ仔犬のようなもの。ですが、それをさらりとやってのける姿に、また惚れ直してしまいますわ)


 窓の外では、西から迫る龍皇の軍勢がじわじわと北の空を汚し始めている。


 しかし、この温かな食卓と、兄から弟へ託された光がある限り、この「聖域」は決して揺るがない。


「さて、デザートのリンゴも剥こうか」


 アルドの日常は、今日も穏やかに過ぎていく。



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