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後方腕組み師匠面(ししょうづら)しているだけの俺が、実は世界最強の剣聖だった件  作者: 街角のコータロー
2章 北限の聖域

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第1話:北限に集う王と、不穏な空

北の大地に吹き荒れる地吹雪は、ときに世界の終わりを予感させるほどに鋭い。


 アイゼンベルク辺境伯邸の重厚な王の間。


そこには、普段アルドの前で見せる「可憐なお嬢様」の面影を微塵も感じさせない、冷徹な支配者の顔をしたミラがいた。


 赤氷の魔王――それが彼女の真の姿。


そして今、彼女の前で血を吐きながら膝を突いているのは、かつて東の地を統べた魔王、バロールだった。


「……顔を上げなさい、バロール」


 ミラの言葉に、ボロボロの鎧を纏った巨躯が震える。


「赤氷の魔王ミラ様……。突然の不調法、この首を以てお詫びいたします。……吾輩の負けだ。だが、どうか聞き届けていただきたい」


 バロールの背後には、彼が龍皇の炎から命懸けで守り抜いてきた、数千の傷ついた臣下たちがいた。


西の魔王、龍皇。


その圧倒的な侵攻の前に、東の王国と魔王軍が手を取り合ってなお、抗えなかった絶望的な戦。


バロールが北の国境を強行突破したのは、略奪のためではなく、民が生き延びるための最後の博打だった。


「吾輩の首ひとつで、どうか許して欲しい。 侵略の汚名はすべて吾輩が背負う。願わくば臣下たち……彼らだけは、この凍てつく北の地で生きることを許してはもらえないだろうか!」


 床に額を擦りつけ、嗚咽を漏らす東の王。


 その悲痛な叫びを、傍らに控えるミラ配下の「四天王」たちがそれぞれの表情で受け止める。


「……ミラ様の真意を測りかねますが。敗軍を飲み込むのは相応のリスクを伴います」と、冷静な口調で懸念を示すゼクス。


「ガッハッハ! 固いこと言うなよゼクス。東の魔王がこれほど震えてんだ、相手は相当な化け物だぜ」と、斧を担ぐゴルド。


「某も、この男の覚悟に嘘はないと見る」と、静かに太刀を構えるシオン。


 そして、影から妖艶に姿を現したベラドンナが、紫の煙を揺らしながら口を開いた。


「……クスクス。ワタシはいいと思うわよ。これほど美味しい絶望を抱えた男、殺してしまうのはもったいないもの。ねぇ、ミラ様?」


 ミラは扇を閉じ、バロールに問いかけた。


「……バロール。あなたをこれほどまでに追い詰めた『西の龍皇』とは、一体何者なのですか?」


 バロールは、思い出すだけでも魂が凍りつくかのように、声を震わせて語り始めた。


「……奴は、ただの魔王ではございませぬ。龍皇の吐息ブレスは山を溶かし、その軍勢は死を恐れぬ龍人族。何より恐ろしいのは、奴が掲げる『世界の再構築』にございます。龍皇は、龍の血を引かぬすべての種族を『不純物』として焼き払うつもりだ……。東の王国が誇る聖騎士団も、我が誇りの魔獣軍団も、奴の前では赤子同然。あれは……歩く災厄そのものにございます」


 執務室に沈黙が流れる。


 本来のミラであれば、他国の窮状など鼻で笑って切り捨てていただろう。


しかし、今の彼女の脳裏には、ある一人の青年の穏やかな笑顔が浮かんでいた。


(アルド様なら……。行き場を失った人々を見捨てれば、きっと悲しまれるわ。それに、その『災厄』とやらがこの地を汚すというのなら――)


「……バロール。あなたの覚悟、受け取りましたわ」


 ミラは立ち上がり、静かに宣言した。


「本日より、あなたの一団を『北の魔王軍』へと併合します。あなたはそのまま、一個師団を率いる師団長として、この地の防衛に当たりなさい。その首、生きて龍皇からこの地を守るために使いなさい」


「……ミラ様……ッ! この命、粉骨砕身、捧げる所存にございます!!」


 魔王たちの間で歴史的な同盟が結ばれたその頃。


 国境から少し離れた小さな村のログハウスでは、そんな世界の動乱とは無縁そうな、温かな湯気が立ち上っていた。


「お兄さん! ただいま!」


「アルドお兄さん、お腹すいちゃった」


 元気よく扉を開けて入ってきたのは、人類の希望である勇者カイルと聖女リナだった。


二人は世間では英雄だが、育ての親代わりであるアルドの前では、ただの甘えん坊な弟と妹に戻る。


「おかえり、カイル、リナ。今日は冷えただろう? 特製のシチューを作っておいたから、早く座りなさい」


 アルドは、自らが「世界最強の剣聖」であることを理解しつつも、それを自慢することはない。


彼にとっての幸せは、二人が無事に帰ってきて飯を食うこと。


それだけだった。


 だが、二人の表情にはどこか落ち着かない影がある。


「ねえ、お兄さん。最近、国境の様子が少し変なんだ。押し寄せてきたはずの兵士たちが、急に整列して……。まるで、誰かに守られているみたいに静かになったんだ」


「ええ。それに、西の空から嫌な気配がするの。今まで感じたこともないような、禍々しい力が……」


 二人の不安げな言葉に、アルドは鍋を混ぜながら、穏やかに笑った。


「そうか。まあ、寒いところに来てみんな疲れてるんだろう。お互い仲良くできるなら、それが一番じゃないか。……西の空か。確かに、少し空気が焦げ付いている気がするね。でも大丈夫さ、俺たちがここでしっかり暮らしていれば」


 アルドの言葉は、どこまでも純朴だった。


 しかし、彼が放つその圧倒的な肯定感こそが、この北の地を龍皇という巨悪から守る「聖域」にしていることに、まだ誰も気づいていない。


「さあ、冷めないうちに食べよう。ミラさんも、そろそろ来る頃だろうからね」


 ミラが「アイゼンベルク辺境伯令嬢」として、この温かな食卓に加わるまで、あと数分。


最強の剣聖と、正体を隠した魔王。


そして勇者と聖女。


奇妙で温かな家族の物語、第2章が静かに幕を開けた。



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