第16話:支配の瞳、傀儡の王太子
翌日。
アルドがカイルとリナの訓練用具を調達しに街へ出ている隙を突き、王太子エドワードは再びミラの前に現れた。
昨夜の騎士団の不手際に激昂した彼は、もはやなりふり構わず、大勢の近衛兵を引き連れてミラの滞在先を包囲していた。
「辺境伯令嬢ミラよ! 昨夜の不敬、本来なら死罪だが……今この場で私の足元に跪き、忠誠を誓うなら許してやろう。あの忌々しい平民の男も、貴様の口添え次第で命だけは助けてやるぞ?」
エドワードが下卑た笑みを浮かべ、ミラの顎に手を伸ばそうとした。
だが、その指が彼女に触れるより先に、周囲の体感温度が氷点下まで急降下した。
「……汚らわしいですわね。その手を引っ込めなさい、羽虫」
ミラの声は静かだったが、そこには抗いようのない「絶対的な王」の威厳が宿っていた。
彼女がゆっくりと扇を閉じ、伏せていた瞳を上げた瞬間、その双眸が真紅の深淵へと染まる。
魔王の権能――『支配の魔眼』。
「なっ……が、あ……ぁ……」
エドワードの瞳から光が消え、人形のように虚空を見つめた。近衛兵たちも、その場に縫い付けられたように動けなくなる。
ミラの背後では、四天王たちがそれぞれの表情でこの惨劇を見守っていた。
「クク……。愚かな。ミラ様の逆鱗……いえ、アルド殿を侮辱した報い、その魂に刻むがいい」
ゼクスが冷徹に告げ、眼鏡の奥で知的な光を宿す。
「某、この男を斬る価値すらないと思っていたが、ミラ様が引導を渡されるなら異論はござらぬ」
シオンが腕を組み、冷ややかな視線を王太子へ向ける。
「ガハハ! おい見ろよ、王太子の野郎、マヌケな顔をしてやがるぜ!」
ゴルドが嘲笑し、圧倒的な力の差に鼻を鳴らす。
「ワタシ、この男の悲鳴を薬の材料にしようかしら? ……あら、ミラ様、そんなに怖がらせては可哀想ですよ。……ふふ、嘘ですけれど」
ベラドンナが扇を揺らし、妖艶な殺気を楽しげに漂わせた。
ミラは、跪くエドワードの耳元で、死の宣告に似た甘い囁きを残した。
「命じますわ。金輪際、ワタクシたち……アルド様、カイル、リナ、そしてワタクシに関わることは許しません。貴方はただの操り人形として、一生を怯えて過ごしなさい」
ミラの言葉が、王太子の精神に絶対的な楔として打ち込まれた。
これでエドワードは、アルドたちの姿を見るだけで恐怖のあまり失禁し、思考停止する抜け殻となった。
数刻後。
用事を終えて帰ってきたアルドは、どこか魂の抜けた様子で立ち去っていく王太子一行を不思議そうに見送った。
「あれ? 王太子さん、なんだか元気がないみたいでしたけど……。ミラさん、また何か言われたんですか?」
アルドが心配そうに駆け寄ると、ミラは先ほどの冷酷さを微塵も感じさせない、花が綻ぶような笑顔で彼を迎えた。
「いいえ、アルド様。お話し合いをしましたら、あの方は自分に非があったと深く反省されたようですわ。もう二度と、ワタクシたちの前には現れないでしょう」
「そうですか。……でも、ミラさん。もしまたあの人が、あるいは他の誰かがミラさんにちょっかいを出してきたら、すぐに俺に言ってください。俺が全力で、ミラさんを守りますから」
アルドの真っ直ぐな言葉に、ミラの心は再びキュンと跳ねる。
魔王の力で解決した後であっても、やはり彼に「守る」と言われることが、今のミラにとって最大の至福だった。
「……ええ。その時は、甘えさせていただきますわ。……頼りにしておりますわね、アルド様♪」
アルドの逞しい腕に、ミラがそっと自分の手を添える。
王都の腐敗を「支配」で一掃し、平穏を取り戻した一行。
だが、カイルとリナの「勇者と聖女」としての本格的な活動は、ここから始まろうとしていた。
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