第4章:生命の奇跡、そして紡がれる絆。初めての収穫と心温まるスープ
季節は巡り、エリアーナがルミエール村に来てから数カ月が経った。
彼女の泥まみれの日々は続いていたが、その表情には以前のような疲労感よりも、確かな充実感が宿っていた。堆肥を何度も鋤き込み、水路を整備し、石を取り除き、ようやく耕せるようになった土地に、エリアーナは厳選した種を蒔いた。それは、王都でひそかに取り寄せたものや、村の奥で密かに生育していた野草の中から、前世の知識を頼りに選び出した、この地でも育ちそうな品種だった。
そして、その努力は、ついに報われる時を迎えた。
ある朝、エリアーナが畑に出ると、そこには信じられない光景が広がっていた。土から伸びた小さな茎の先に、見慣れないが瑞々しい葉をつけた植物が、あちこちで顔を出し始めていたのだ。それは、前世でよく見ていた、色鮮やかな野菜の苗だった。
「ああ……! 芽吹いた……!」
感動で、エリアーナは思わず膝から崩れ落ちた。土の匂い、新しい命の息吹。それは、何よりも尊く、エリアーナの心を震わせた。この痩せた土地では決して育たないと言われていた野菜が、彼女の懸命な努力によって、確かにその命を育んでいる。
それからというもの、エリアーナは毎日、目を輝かせながら畑の手入れに没頭した。水やり、雑草抜き、病害虫のチェック。大切に大切に育てられた作物は、見る見るうちに大きく育ち、やがて収穫の時を迎えた。
初めて収穫したての野菜を手に取ったエリアーナは、そのずっしりとした重みと、鮮やかな色合いに胸がいっぱいになった。人参、カブ、レタス……この世界では珍しいものばかりだ。
「これを……料理にするのね」
収穫したばかりの野菜を廃屋の台所へ運び込む。質素な台所には、わずかな調理器具しかない。しかし、エリアーナの心は喜びで満たされていた。
彼女はまず、収穫したての鮮やかな人参やカブ、そしてこの世界で見つけた食用となる香草を丁寧に洗い、一口大に切った。王宮で培った料理の知識と、前世で学んだ調理法を融合させる。シンプルだが、野菜本来の旨味を引き出す調理法。エリアーナは大きな鍋にそれらを入れ、少量の塩とハーブで味付けし、丁寧に煮込んでいった。
立ち上る、優しい香ばしい香り。
廃屋から漂うその香りは、いつしか村のあちこちへ届き始めていた。
夕暮れ時、湯気の立つ温かいスープを大皿に盛り、エリアーナは恐る恐る廃屋の前に座った。
「あの……もしよろしければ、皆さん、召し上がっていただけませんか?」
控えめに声をかけると、最初は警戒していた村人たちが、遠巻きに集まってきた。特に、カインやミリア婆さん、そしてリリーの姿もあった。
「こんなところで、何をしているんだ、公爵令嬢殿」
カインが鋭い視線を向ける。ミリア婆さんは腕を組み、疑いの目をエリアーナに注いでいる。
「これは、私が、この畑で育てた野菜でございます。少しばかりですが、皆様に召し上がっていただきたくて……」
そう言って、エリアーナはミリア婆さんに、温かいスープを差し出した。
ミリア婆さんは、警戒しながらもスプーンを手に取った。ゆっくりと口元に運び、一口、スープを飲む。
その瞬間、ミリア婆さんの顔に、驚きと戸惑いが混じった表情が浮かんだ。
「こ……これは……!」
スープの温かさ、野菜の優しい甘み、そして、今まで味わったことのないような深い旨味が、ミリア婆さんの口いっぱいに広がったのだ。彼女はもう一口、もう一口と、まるで魔法にかかったかのようにスープを飲み続けた。
続いて、リリーが恐る恐る近寄ってきた。エリアーナが差し出すスープを小さな手で受け取ると、目を輝かせて飲んだ。
「お、美味しい……! こんなの、初めて食べた!」
リリーの純粋な言葉が、硬く閉ざされていた村人たちの心に、少しずつ亀裂を入れていく。
カインもまた、エリアーナから無言でスープを受け取った。警戒しながら一口飲むと、その武骨な顔に、はっきりと驚きの色が浮かんだ。
「……これは、この土地で採れたものだと、本当に言うのか?」
「はい……私が、大切に育てたものでございます」
エリアーナが答えると、カインは何も言わず、スープを飲み続けた。だが、その瞳の奥には、エリアーナに対する、わずかながらも明確な変化が見て取れた。
冷たかった村人たちの表情が、温かいスープの香りのように、少しずつ溶けていく。一人、また一人と、皆がスープを口にし、その度に驚きと感動の表情を浮かべた。
「こんな野菜、見たことないよ!」
「本当に美味しいね……なんだか、体が温まるようだ」
口々に上がる称賛の声。
その光景に、エリアーナの胸は、じんわりと温かくなった。ああ、これで、少しは、村の人たちとの距離が縮まったかもしれない。そう思うと、これまでの泥まみれの努力が、全て報われた気がした。
この小さな一歩が、エリアーナとルミエール村の未来を、大きく変えていくことになるだろう。
美味しい料理は、人々の心を解き放つ。エリアーナは、その力を、初めて実感したのだった。




