第2章:荒れ果てた辺境の地へ。絶望の果てに見出した前世の記憶
砂混じりの風が吹き荒れる。
馬車の揺れに、もうどれくらいの時間耐えてきただろうか。王都から数週間。豪華な内装だったはずの馬車は、今は埃と煤で汚れて見る影もない。私の身に纏うドレスも、もう貴族の令嬢のものではなく、みすぼらしい雑巾のようだ。
そして、ようやくたどり着いた地。それが、このルミエール村だった。
馬車の窓から見えるのは、一面の痩せた土地。枯れ草が風に揺れ、荒れた大地は茶色く、命の気配が薄い。王都の煌びやかな景色とは、あまりにもかけ離れた現実が、私の視界を埋め尽くす。
「エリアーナ様、こちらでございます」
護衛役の兵士が、無感情な声で私を促した。彼らの背後に広がるのは、古びた木造の家屋が数軒、寂しく点在するばかりの集落。これが、私のこれからの住まいとなるルミエール村。そして、私が住むことになると告げられた屋敷は、村の端に立つ、まるで廃墟のような荒れ放題の建物だった。屋根には穴が開き、壁は傾ぎ、庭は雑草に埋もれて、まるで打ち捨てられた墓地のようだった。
「ひどい……」
思わず、声が漏れた。胸の奥から湧き上がってくるのは、抑えきれない絶望と、深い孤独感。こんな場所で、私、エリアーナ・フォン・ヴァレリアが、どうやって生きていけばいいというのだろう。
馬車を降り、砂ぼこりが舞う地面に足を踏み入れる。村人たちが、遠巻きに私を眺めていた。彼らの目には、同情の影などなく、ただ冷たい警戒と、わずかな嫌悪感が宿っているのが見て取れた。追放されてきた貴族の娘。彼らにとって私は、厄介な厄災以外の何物でもないのだろう。
「ようこそ、ルミエール村へ。公爵令嬢殿」
低い声が、背後から聞こえた。振り返ると、そこに立っていたのは、屈強な体つきの男性だった。身なりは質素だが、その立ち姿には確かな貫禄がある。彼の目は鋭く、私を品定めするように見つめていた。カイン・ルヴェル。この村の有力者であり、元騎士であると事前に聞かされていた人物だ。彼もまた、私を歓迎しているわけではなさそうだった。
「私がお世話役を務めることになったカインだ。しばらくはこの廃屋で暮らしてもらう。食料や水は最低限提供するが、それ以上を望むなら、自分でどうにかするんだな」
冷たく言い放ち、彼は踵を返した。村人たちも蜘蛛の子を散らすように散っていく。本当に、私一人になった。
がらんとした廃屋の中に入る。腐った木材の匂い、土埃。窓からは、痩せた大地が広がって見えた。
「これが……私の、これから……」
膝から崩れ落ち、座り込んでしまった。王都での華やかな生活、貴族としての誇り、家族の温かさ。全てが夢のようだ。手のひらに残る、土の感触。それは、私が植物を育てることに没頭していた頃の、小さな喜びの記憶。
だが、どれだけ嘆いても、現実は変わらない。私に残されたのは、荒れ果てた土地と、冷たい村人たちの視線、そして、この貧弱な廃屋だけ。
このまま、なにもせずに朽ちていくのか?
いいや。そんなことは、絶対に、ごめんだ。
私は、ヴァレリア公爵令嬢エリアーナだ。そして、私は――。
ふと、脳裏に、鮮明な映像がフラッシュバックした。それは、遠い昔の記憶。
『この土はね、こうやって耕して、堆肥を混ぜてやると、栄養が豊かになって、もっとたくさん野菜が育つんだよ』
『水はね、無駄なく使うために、こういう灌漑設備を作るといいんだ』
『病害虫には、この植物から作った薬を散布すれば……』
それは、私がこの世界に転生する前の、前世の記憶。現代日本に生きていた頃の、農業に関する知識だった。
そうだ。私は、料理も好きだったが、それ以上に、植物を育て、土に触れることが何よりも好きだった。図書館で農業雑誌を読み漁り、家庭菜園に夢中になっていたあの頃の記憶。
この、何もないように見える荒れた土地で、私の前世の記憶が、光を放った。
絶望の淵から、私はゆっくりと立ち上がった。体は鉛のように重い。でも、心臓の鼓動は、さっきまでとは違うリズムを刻んでいた。
確かに、ここはひどい場所だ。誰も私を助けようとしない。でも、私はこの知識を持っている。この知識を使えば、私は、ここからでも生きていけるかもしれない。いや、生きてみせる。
荒れた土地をもう一度見つめた。そこには、ただの荒野ではない、無限の可能性が広がっているように見えた。私の手で、この土地を、変えてみせる。誰かに頼るのではない。自分の力で、この荒れた大地を、豊穣の楽園に変えてやる。そう、決意した瞬間、私の心に、確かな希望の光が灯った。




