番外編1:騎士カインが秘めた想い。泥だらけの令嬢への愛
あの日、馬車から降りてきた公爵令嬢エリアーナを見た時、俺の心には何の感情も湧かなかった。ただ、厄介な荷物が来た、それだけだ。王族から追放されてきた貴族の娘。どうせすぐに音を上げて、王都へ戻りたいと泣き喚くのだろうと、そう思っていた。
最初に彼女を見たのは、廃屋の裏手で泥まみれになって畑を耕している時だった。鍬を振り下ろす手はまるで頼りなく、すぐに息を切らせていた。それでも、彼女は決して諦めなかった。毎日、毎日、日が暮れるまで、たった一人で土を耕し続けた。
最初は奇異に感じていた。貴族が、それも公爵令嬢が、なぜそこまでして土にまみれるのか理解できなかった。しかし、彼女の目に宿る、諦めない光を見るたび、俺の心の奥底に、小さな変化が生まれた。警戒心が薄れ、やがて、彼女に対する関心へと変わっていった。
彼女が作った最初のスープを口にした時、俺は言葉を失った。あれほど警戒していたはずの彼女の料理だったが、その一口で、俺の心は温かくなった。この村では決して味わえない、優しく、そして力強い味だった。それが、彼女がこの手で育てた作物から生まれたのだと知った時、俺は心底、驚愕した。
「エリアーナの台所」が開店し、村に活気が戻っていくのを見て、俺は彼女がこの村にもたらす変化の大きさを実感した。彼女は、ただ料理をするだけでなく、村人の心を繋ぎ、希望を与えることができる。その笑顔を見るたびに、俺の心は温かくなった。
病害や干ばつ、そして王都からの妨害。次々と襲いかかる困難に対し、彼女は一度も諦めなかった。知識と知恵を絞り、村人たちと共に立ち向かう。その強さと、常に村人のことを思いやる優しさに、俺はいつの間にか、深く惹かれていった。
俺は元騎士だ。故郷の村を何よりも大切に思っている。そんな俺にとって、このルミエール村を命懸けで守ろうとするエリアーナは、まさに、理想の女性だった。
彼女を脅かす王都からの魔の手を断ち切るため、俺は再び危険な道を選んだ。捕まっても、殺されても、構わない。エリアーナと、この村を守るためなら、俺は何も惜しくなかった。
法廷で、エリアーナが王都への復帰を断った時、俺の胸は喜びでいっぱいになった。彼女は、王都の地位や名声ではなく、この村と、村人たちとの絆、そして俺との関係を選んでくれた。
再審後、法廷を出るエリアーナの手を取った。
「お前が選んだ道ならば、俺はどこまでもついていく」
そう告げた時、彼女が俺の目をまっすぐに見つめ、優しく微笑んでくれた。あの瞬間の彼女の笑顔は、この世界で何よりも美しかった。
その夜、満月の下、エリアーナを連れ出し、星空の下で俺は跪いた。
「エリアーナ。俺は、お前を愛している。この先もずっと、お前と共に、このルミエール村で生きていきたい。どうか、俺の妻になってほしい」
彼女の目が、きらめく星の光を宿しているように見えた。
「カイン様……はい、喜んで!」
彼女の返事に、俺は心の底から安堵し、そして幸せを感じた。
泥まみれになりながらも懸命に生き、村に奇跡を起こしたこの美しい女性を、俺は一生かけて守り、愛し抜こう。
俺は、この人生で、何よりも大切なものを手に入れたのだ。




