表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/11

10話

聖具とは。

我々、信仰維持官に任務の時だけ慈悲深く貸与される、ありがたい武器のことだ。

エフィナのような上級の天使は常に携帯することが許されている。だが、我々のような塵芥が武器を一つ所有するためには、その都度、羊皮紙に書かれた古代呪文のように長ったらしい申請書を一字一句、完璧に書き写して提出しなければならない。

もしコンマ一つでも間違えようものなら、即座に書類は破棄され、また長蛇の列の最後尾に並び直す必要がある。

素晴らしいね。


おっと話が逸れた。まあ、逸らしたくもなる。

要するに聖具とは、使い捨ての兵隊に貸し与えられる使い捨てのレンタル武器である。


そして言うまでもなく、先ほどエフィナが信徒一人を塵に変えた青白い雷を放出するような上等な聖具は、我々には決して手の届かない雲の上の代物。

我々に貸し与えられるものなど高が知れている。


下位の者に与えられる聖具。

それは、その身を守るための武器であると同時に、使用者を確実に死へと導く巧妙な死刑執行具でもある。


え?矛盾してるって?いや、全くしてない。

この世界では、それは完璧な両立を果たすのだ。


だって……。


──引き金を引けば、銃口ではなく、しばしば持ち手の側から光線が発射される。

──エネルギー残量表示は常に満タンを示しているが、全く当てにならず肝心な時に沈黙する。

──そして最も有名な『仕様』として、高確率で暴発し、使用者の腕を肘から下を綺麗さっぱり吹き飛ばしてくれる。


下位のゴミ用の聖具には、常にこういった素敵なオプション機能が付いているのだ。

上手くいけば敵を殺せるが、運が悪ければ自分が爆死する。聖母システム様のデータベースには、どうやら『整備』などという下賤な単語は登録されていないらしい。

いや、わざとかな。


しかし。


原始的なトリガー式の光線銃以外にも選択肢がある。これもまた、慈悲深い聖母様のお心遣いかもしれない。


なんと、聖具は遠距離型(銃)と近接型(剣や槍)に分かれているのだ。


そして、少なくとも『暴発はしない』という、ただ一点の理由において近接型の聖具が我々死にたくない自殺志願者たちの間で圧倒的な人気を博しているのである。

最も一般的で人気のある近接聖具が、筒状の柄から光子の刃を形成する、いわゆるレーザーブレードだ。


まあ、爆発しないというだけで、もちろん使用者を死に誘うための致命的な不具合は、標準搭載されているのだが。

我々のような下位の者に支給される低出力のレーザーブレードは、肝心な時に刃が出ない。スイッチを押しても、ただうんともすんとも言わない金属の筒と化すのだ。

その中でも、最悪の不具合は刃の出力が絶望的に不安定なことだ。敵に勇猛果敢に斬りかかったインパクトの瞬間、計ったかのようにふっと刃が消えるのである。

せめて別のタイミングにしてくれればいいものを、必ず敵と相対した一番クリティカルな瞬間に発生するのは嫌がらせという名の悪意あるプログラムとしか思えない。


まあ、それでも。爆発四散自爆するよりは、マシな死に方だろうが。




♢   ♢   ♢



The Holy Mother's Tips: 聖具のエネルギー源


聖具のエネルギー源は、あなたの信仰心です。もし任務中に出力が不安定になったり、威力が低下したと感じたりした場合、それはあなたの聖母様への祈りが不足している証拠です。

その場で聖歌を斉唱し、信仰心を再充填しなさい。システムは常に完璧です。



♢   ♢   ♢




「うーん……これで、いいか……」?


人生で最も無意味な作業──聖具の申請書作成に没頭するホールで、僕の隣にいた『椅子くん』が唸るような声を上げた。

普段あまり難しいことを考えずに生きているのだろう。柄の悪い顔を生まれたての子鹿のように歪ませ、一枚の紙切れと必死に睨めっこしている。


僕はちらりと彼の申請書に目をやった。

そして、ほとんど無意識のうちに僕の口と指が勝手に動いていた。


「そこの申請理由の欄、動機が不純だと見なされますよ。あと、申請種別と日付のフォーマットも違います。ついでに責任者の欄に自分の名前を書くのは、自殺行為です。書類不備で信仰度を減点された挙句、丸腰のまま最前線に放り出されたいのであれば、そのまま提出すればいいと思いますが」


僕の流暢な指摘に椅子くんは目をぱちくりとさせ、僕の顔と自分の申請書を鳩が豆鉄砲を食らったような顔で何度も見比べた。

やがて僕が指摘した致命的な不備の数々にようやく気づいたのか、顔からサッと血の気が引き滝のような冷や汗を吹き出し始める。


「あ、あ、ありがとうごぜぇます!天使様!あやうく死ぬところでした!」

「別に」


どうでもいい男だ。放っておけばよかったのだ。

あのまま書類を提出させて無様にポイントを減点され、丸腰で戦場に出て真っ先に肉塊になる様を高みの見物といけばよかった。

だというのに、つい口に出してしまった。


(やれやれ。これじゃ僕もあまり長生きはできそうにないな)


こんな非合理的な優しさは、いつか僕の命取りになるに違いない。残機があるうちは大丈夫だろうが……。

というか、彼は今までどうやって聖具を申請していたのだろうか。もしかして聖具を借りる必要もないゴミみたいな任務だけ割り当てられてた超幸運な男なのか?

ありうるな。


「うーん……しかし、どうしましょうかね。遠距離にするか、近距離にするか」


遠距離か近距離か。

それは、この世界の信仰維持官たちにとっての永遠の課題だ。


僕の位階である『天使』に支給される遠距離聖具は、古めかしい銃の形をしている。

だがその仕組みは、火薬で弾丸を飛ばすなどという原始的なものではない。高出力のレーザーを照射し、着弾した対象の箇所を分子レベルで励起させ物理的に爆散させるという恐ろしい代物だ。

ああ、素晴らしきかな、超文明。

前世ではSF映画の中だけの存在だったレーザー兵器が、この世界では時代遅れの旧式兵器として僕らのような下っ端に払い下げられているのだから。


──ただし、もれなく自爆機能付きだ。


暴発と言った方が正しいか。

火薬も使っていないのに、なぜ爆発という古典的な不具合が発生するのか。そのメカニズムは不明だが、恐らくは内蔵されたエネルギーパック的なものが過剰な負荷で膨張・爆発するのだろう。

あるいは我らが慈悲深き聖母システム様によって、ありがたい自爆機能が最初から仕様として組み込まれているか。

まあ、十中八九後者だろう。


「うーん……近接型聖具にようかなぁ。いや、でも……」


僕は改めて自分自身の身体を見下ろす。

そこにあるのは、どこからどう見ても無垢で純真で愛らしい子供の肉体。

近接型の聖具などという代物は、己の身体能力に絶対の自信を持つバカが選ぶものだ。遠距離型のような派手な自爆こそないにしろ、真価を発揮するには敵の懐まで踏み込む必要があるわけで……。

僕のように、動きは鈍い、力はない、リーチは短いの三重苦を背負った子供が使ったところで、敵を斬り殺す前に撃ち抜かれてミンチになるのが関の山だ。


「よし、決めた。遠距離型聖具にしよう」


まあ、運悪く暴発したとしても、即死するとは限らない。仮に死んだとしてもまだ僕には【残機】がある。

というか近距離型を使いこなせる自信が、一ミリグラムも存在しないのだから、選択肢など最初から無かったようなものだ。


そうして僕が聖具申請書類に致命的な不備がないかを三度四度と確認し、ようやく聖具貸出窓口へと向かおうとした、その時だ。


「ねぇねぇ、キミィ……」

「?」


不意に、背後からねっとりとした声がかけられた。

ゆっくりと振り返ると、そこに立っていたのは……神議大聖堂で見た、天使位階の痩せぎすの女だった。


「……!?」


女の黒い髪は手入れという概念を知らないのか、油分を失ってパサパサになり、もつれたまま腰のあたりまでだらしなく伸びていた。

虫のように身体を絶えず意味もなく小刻みに動かしており、その様はひどく落ち着きがない。

そして、黒い髪の隙間から覗く双眸は爛々と見開かれていた。瞳孔が開ききっている。


「『お願い』があるんだけどぉ~……聞いてくれるぅ?」


彼女(多分)の人間離れした姿を見た瞬間、僕の前世の記憶が、とあるホラー映画のワンシーンを勝手に再生し始めた。

井戸から這い出てきたり、テレビから飛び出してきたりする、あの手の悪霊だ。


僕は無表情のまま、内心で一つの事実を再確認する。





こいつは関わってはいけない種類の本物の『ヤベー奴』だ──。




♢   ♢   ♢



■■の助言: 聖具の照準について


聖具の照準システムを信じるな。あれは飾りだ。確実に当てたいなら、相手の体に銃口を押し付けてから引き金を引け。

それでもたまに明後日の方向に光が飛んでいく。その時はお前の今日の運勢が悪かったと諦めろ。



♢   ♢   ♢

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ