第9話:いつもと変わらない一日から始まった…
洗練された雰囲気のある執務室に、威厳ある佇まいの男がいた。
彼はゆったりと紅茶を飲んでいたが、そこへ誰かが扉を開けて入ってきた。
「おはようございます、マイケル様。ご依頼通り、例のドワーフの少年を連れてまいりました。」
入ってきた若者は報告書を差し出す。
マイケルはそれを聞き、静かに頷いた。
「通せ。」
「かしこまりました。」
若者は頷き、扉の外で待っていた男たちに合図を送る。
彼らは鎖に繋がれた少年を連れて部屋に入ってきた。
少年は無理やりマイケルの前に跪かされる。
その距離からでも、拷問によって刻まれた傷跡がはっきりと見えた。
「ふん……さて、もう話す気になったか?」
「……」
問いかけに対し、少年はうつむいたまま沈黙している。
返事がないことに苛立ったマイケルは、さらに言葉を続けた。
「お前とお前の家族が引き起こしたこと、それでもまだ足りないのか?」
「……」
「大災害を起こし、多くの命が失われたというのに、まだ使命を果たそうとするのか。」
「……」
沈黙に苛立ちを募らせながら、マイケルは挑発を始める。
「やれやれ……やはりドワーフは冷血な種族だな。」
「……」
「クク……そうか、そうか。自分たちのことしか考えていないんだな。何人死のうが関係ないってわけだ。」
嘲笑を浮かべながら続ける。
「まさか、そのエルフのことなんて気にしてないよな?」
その言葉を聞いた瞬間、少年は驚きと恐怖の入り混じった目で顔を上げた。
「おや……驚いたか?当然だ。我々が君の行動や関係者を把握しているのは自然なことだろう?」
その言葉に反応し、少年は立ち上がろうとするが、両脇の男たちに押さえつけられる。
「お願いです、彼女には手を出さないでください!」
その必死な反応に、マイケルは満足そうに笑みを浮かべた。
「ほう……意外だな。ドワーフにも冷たくないやつがいたとはな。ハハハ。」
彼をからかうように言い放つマイケル。その隣で従者もにやりと笑う。
「その通りです、マイケル様。少年はそのエルフとかなり親しい関係のようです。その点を突くのは良策でした。」
少年は地面に膝をつき、涙ながらに懇願し始めた。
「お願いです……彼女を傷つけないでください……彼女は何も知らない……すべて、俺のせいなんです……。」
涙を流しながら必死に訴える彼を、マイケルは冷ややかに見下ろす。
「誇りはどこへ行った?」
膝をついたまま、少年は答えを待っている。
「本当に彼女が大切なら、なぜ巻き込んだ?」
少年は黙って俯いた。
「彼女に何が起こるか、わかっていただろうに……それでも連れてきた。哀れだな……だが……」
「……」
「石の秘密を教えてくれれば、命は助けてやろう。お前も彼女も、平穏に生きられるぞ。どうだ?」
少年は何も言わない。
両手を地につけ、目を閉じたまま考え込んでいるようだった。
「さあ、他に選択肢はないはずだ……それともドワーフとしての誇りが邪魔をしているのか?」
その言葉に、少年は憤怒の瞳で顔を上げる。
「くたばれ……!」
叫んだ瞬間、彼の足元に魔法陣が浮かび上がり——
「マイケル様、お下がりください!」
従者が飛びかかり、マイケルを押し倒した。
その直後、鋭利な金属の棘が床から四方八方に突き出した。
「なっ……何だこれは……?」
混乱しながら、マイケルはゆっくりと立ち上がり、部屋を見渡す。
「マイケル様、ご無事ですか?」
部屋全体が巨大な金属の棘で覆われている。そして、少年の姿はもうなかった。
警備の一人が串刺しになり、壁に磔にされている。
「エドワードッ!」
もう一人の男が、かろうじて逃れた体で仲間の元へ駆け寄った。
「この野郎……ドワーフめ!絶対に殺してやる!」
仲間の死に涙を流すその姿を見ながら、マイケルは浮かび上がった棘を魅入るように眺めた。
「素晴らしい……一瞬のうちにやってのけた。実に見事だ。」
「これからどうしましょうか、マイケル様?」
従者が尋ねる。
「ドワーフを探せ。生け捕りにしろ。」
「はっ?!」
仇を討てず苛立ちを隠せない警備が反応する。
「落ち着け。情報を吐かせた後なら、好きにして構わん。」
「……感謝します、マイケル様……!」
そして従者が続けて問う。
「エルフの娘はどういたしましょう?」
マイケルは数秒思案し、室内を指差した。
「これを見ろ。あれほど寛大な提案をしてやったのに、彼女のことなどどうでもよかったらしい。」
「つまり……殺しますか?」
「そうだ。見つけ出せ。殺せ。そして、石を持ってこい。」
従者は満足げに頷き、その場を離れた。
「間違った選択をしたな、小僧……」
マイケルは静かに呟いた。
「石は私のものとなり、お前たちは皆、私の足元にひれ伏すことになる。」
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ゆっくりと目を開けると、枕を持ったシオリが俺の上に乗っていた。
「…何してるんだ?」
「…起こそうとしてたの」
「その枕は何だよ…まさか俺を窒息させるつもりか?」
「……」
彼女は無言で枕を抱きしめながら、俺の上から降りた。
「お腹すいた…朝ごはん作ってくれる?」
「…ああ、もちろん…その前にシャワー浴びさせてくれ」
俺はベッドから起き上がり、バスルームへ向かう。
シオリと俺が契約を交わしてから、もう二ヶ月が経った。
だが旅立つには、まず旅費を稼がなければならなかった。
だから、俺たちはメタルシティで冒険者として働いて、必要なお金を貯めていたんだ。
「卵のオムレツが食べたい」
「はいはい…」
シャワーを終えると、さっそく朝食の準備に取りかかる。
卵、塩、胡椒を探す。…他に何が必要だっけ?
「リーフ、今日も仕事あるんだから、急いでね」
「わかってるよ」
よし、気合い入れていこう。今日は長くなりそうだ。
朝食を食べ終えると、すぐに冒険者ギルドへ向かう。
俺たちの日常は、基本的にこんな感じだ。
まずギルドに行き、依頼を選ぶ。時間がかかりすぎないものを選ぶのがポイントだ。
今のランクはB。無理に上を目指すつもりはない。危険な依頼が増えるからな。
依頼を選んだら、すぐに出発だ。
ちなみに今日の依頼は、「高価な首飾りを飲み込んだ魔物から、それを取り戻すこと」。
…どうやって首飾りだけ食われて本人は無事だったんだ?落としたのか、それとも囮にしたのか…。
「リーフ…足疲れた。おんぶして」
「マジかよ…まあいい、乗れ」
俺はしゃがんで、シオリを背負わせる。
彼女はそっと俺の首に腕を回し、俺はしっかりと支える。
「準備はいいか?」
彼女はこくんと頷く。さあ、二時間の徒歩旅だ。
長い道のりの末、目的の魔物を発見した。
この辺りじゃ珍しい種だったから、見分けるのは簡単だった。
黒い体に緑の縞模様がある、肥満気味のトカゲのような生き物。「ラーゲ」と呼ばれているが、正直読み方はよくわからない。
「よし、今のうちに仕留めよう。油断してる」
シオリを背中から降ろし、いつもの作戦を開始する。
彼女が軽く攻撃して麻痺させ、俺がとどめを刺す。シンプルだけど、確実だ。
「頼んだぞ、シオリ」
合図を送ると、シオリは淡々と詠唱を始めた。
「雷の王よ、その一撃で我を照らし、我が敵を灰に変えよ――《サンダースマッシュ》」
無感情に唱えると、彼女の手から雷が放たれ、魔物に直撃した。
「ギシャァァアッ!」
魔物は苦痛の声を上げ、予想通り麻痺状態になった。
「じゃあ、俺の番だ…はあっ!」
剣を抜き、一気に距離を詰める。
そして、一閃。細く鋭い斬撃で首を斬り落とした。
その頭が地面に転がり、魔物は絶命。
あっけなかったな。助かった。
「ナイス…じゃあ、お腹を切って、目的の物を探して」
「了解」
シオリの指示に頷き、できるだけ汚れないように腹を開けて首飾りを探す。
「…あった。これだな」
よし、任務完了。
水で軽く洗って、袋にしまう。
「じゃあ、帰ろうか」
シオリが俺の服の裾を引っ張る。
「ん?どうした?」
「疲れた…またおんぶ」
「またかよ…二千年も自力で歩いてきただろ」
「それがどうしたの?置いていくの?」
無表情な顔で、しかし懇願するような目で見上げてくる。
この目に、俺は逆らえない。
…こうして、またしてもシオリにやられるわけだ。俺は彼女に意志で勝てたことがない。
背負ったまま、街へ戻る。
そしてそのままギルドへ向かい、報酬を受け取る。
「こちらが報酬です!お疲れさまでした!」
受付嬢が笑顔で袋を手渡してくる。
可愛くて、しかも胸がめっちゃでかい。
「ふふ、寝てるときのシオリちゃん、かわいいですね」
ああ…シオリは俺の背中でスヤスヤ寝ている。全身で俺にしがみついてたくせに、まるで天使のような顔で。
「お二人、とってもお似合いですよ」
「そ、そうですかね…?」
「それで…ご結婚なさるって本当ですか?」
ニヤニヤしながら聞かれて、俺は思わず叫んだ。
「そ、そんなの全然違いますから!」
誰がそんなデマ流したんだ…広まってないといいけど。
受付嬢に問い詰めながらも、シオリは幸せそうに眠り続けていた。
――こんなふうに、俺たちの日常は今日も続いていく。
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白い肌に長い耳を持つ少女が、通りを歩いていた。 彼女の服は、わずかにその体のラインを露わにしていた。
エルフ族の彼女は、慎重に足を進めていた。
まるでいつ襲われてもおかしくないかのように、左右を警戒しながら。
《気をつけないと。ラクンに迷惑はかけられない。》
捕まることへの恐怖。そして、あの人と交わした約束を裏切るわけにはいかなかった。
「……ん?」
ふいに、誰かにつけられているような気配を感じた。
そして、後ろを振り返ると――
男が一人……いや、二人。彼女の後をつけていた。
彼らはじっと、彼女のことを見つめていた。 彼女の身体に引き寄せられた男たちかもしれない。 他の女性ほど豊満ではなかったが、それでも十分に魅力的だった。
しかし、今日に限っては、それが理由ではない気がした。
――バッグの中身を見れば、なおさら。
《簡単には捕まらないわよ。》
彼女は駆け出した。
男たちもすぐに追ってきたが、彼女のほうが速かった。
人混みの中をすり抜けながら、彼らを撒こうとする。
そして、隙を見て角を曲がった。
そのまま距離を取る。
「ふふっ、これでもう追いつけないでしょ。」
そう言って小さく笑った、その時だった。
道に気を取られず――
「きゃああっ!」
誰かとぶつかり、その上に倒れ込んだ。
「……えっ?」
「…………?」
ぶつかった彼女と少年は、しばらくの間、見つめ合っていた。
その間にも、追っていた男たちは道の向こう側の人混みの中にいた。
「いたぞ……行くぞ……」
もう一人がうなずく。
だがその直後、ぴたりと足を止めた。
エルフと少年のすぐ傍らに立つ、小さな少女の存在に気づいたのだ。
その少女は小柄だったが、遠くから鋭い視線を向けていた。
その視線に気圧されるように、男たちは一旦退くことにした。
「なんだ……体が動かなかった……」
「俺もだ……あのガキ……奇襲でいくぞ。他の奴らを呼べ。」
彼らは人混みに紛れ、それぞれ別の方向へと消えていった。