第8話:契約で結ばれた魂たち
メタルという街は、国中で最も重要な鍛冶と工芸の中心地として広く知られている。
ずっと昔―― 戦争が起きたとき、王国は大量の武器を必要としていた。 そのため、ありとあらゆる鍛冶職人をかき集めて生産を進めたのだが……それでも、数はまるで足りなかった。
そこで頼りにされたのが、ドワーフ族だった。
この世界では、魔法はそれぞれの種族によって異なる性質を持っている。 ドワーフたちは独自の魔法――「錬金術」、通称「ドワーフ魔法」を創り上げ、それを極めていった。 この魔法は、さまざまな化学元素を合成することができるというものだ。
水を作ったり、鉱石や火、土、風……さらには木材や他の素材までも、必要な元素を組み合わせて生み出すことができる。
発動には、口頭による詠唱、もしくは魔法陣を用いる。
だが、それを自在に扱うには、まるで念動力のようにマナの流れを操る必要があるらしい。
――らしい、というのも、正直なところ、僕にはその仕組みがよくわからない。
ともかく。
ドワーフたちの魔法のおかげで、戦争に必要な武器は十二分に生産されるようになった。
この偉業によって、戦後、この街は鍛冶と工芸の中心として大きく発展することになる。
その後、しばらくしてから―― 人間たちもこの魔法を学び、習得することに成功した。
そして今。 メタルは無数の工場や工房が立ち並ぶ、国の産業を支える重要な都市となっている。
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今、俺はここにいる。シオリと約束した通りに——
すごい人の数だ。それに商人もたくさんいるし、建物もバカでかい。
まるで東京を思い出すな。この都市のスケールの大きさを実感する。村とはまるで別世界だ。
んー……シオリはどこにいるんだ?
この場所、広すぎる。すぐに迷子になっちまいそうだ。
まぁ、歩き回るしかないな。きっと、彼女を見ればすぐに分かるはずだ。
そういえば、まだ一人もドワーフ族を見てない。もしかして、彼らには専用の地区があるのか?
人混みをかき分けながら、街の中を歩き続ける。
……でも、いくら探しても彼女の姿は見つからなかった。
早く見つけないと、もう日が暮れかけてる。もし——もし彼女がここにいなかったら?
いや、シオリの知恵を疑うわけじゃない。でも……俺の持ち金じゃ、あと三日分の食事と宿代が限界だ。
頼むよ、シオリ……どこにいるんだ? このままじゃ、この街で浮浪者になっちまう。
気づけば夕焼け空が広がっていた。でも、やっぱりシオリは見つからなかった。
「……マズいな……」
俺は広場の階段に腰を下ろし、沈む夕日をぼんやりと眺める。
——俺はバカだ。
「子供の言葉を信じるなんて……俺って、本当にバカだ!」
自分に怒りながら叫ぶと、周囲の人々はそっと距離を取っていった。
そのときだった。ふと前方の噴水に目をやると、そこに人影が見えた。
俺は立ち上がり、ゆっくりと噴水に近づく。
……まさか。
ぐるりと回り込んで、その人物の姿がはっきりと見えた。
小柄な体に、紫色の髪。青いスカート付きの魔導士のような衣装を着ていた。
相変わらず、美しくて、どこか謎めいている。
最後に会ったときから、まるで時間が止まっているみたいに変わっていなかった。
彼女はただ、水面をじっと見つめていた。なんて不思議な時間の使い方だろう。
そして、俺の気配に気づいたのか、彼女はゆっくりと振り返った——まるで時間がスローモーションのように。
その瞳が俺を捉えた瞬間、小さく、けれど魅力的な笑みを浮かべた。
「久しぶりね」
先に口を開いたのは俺だった。
「……たったの、八年くらいよ」
「君にとっては、それぐらいの年月なんて大したことじゃないんだろうな」
心臓がバクバクする。再会の喜びに、胸がいっぱいだった。
こんなに可愛くなって……まるで抱きしめたくなるほどだ。まるで人形みたいに。
「——準備はいい?」
そう言われて、俺は自然と片膝をつき、右手を差し出した。
「ああ」
彼女は小さくうなずいて、俺の手をそっと取った。
手を繋いだまま、彼女は呟き始める。
「私はシオリ・エテルヌム。あなたの“賢者”として旅に同行し、その代わりに新たな使命を授けてもらう」
契約の言葉だ。俺も何か言わなきゃな。
「俺はリーフ。クレインの村出身。君を“賢者”として受け入れ、旅の中で新たな使命を一緒に探していく。だから——俺の使命が終わるその時まで、そばにいてくれ」
ちょっと拙かったかもしれないけど、シオリの言葉もそんなに堅苦しくなかった。
彼女は微笑んで、続きを口にした。
「この言葉をもって、我らの魂は一つとなり、契約は成される——」
その瞬間、俺たちの腕に奇妙な紋様が浮かび上がった。
服の袖の上からでも、それははっきりと見えた。
続いて、俺の頭の中に見知らぬ映像が流れ込んできた。
——笑い声。悲鳴。痛み。喪失。
これって……シオリの記憶、なのか?
やがて儀式が終わると、シオリはそっと手を離し、目を閉じたまま黙っていた。
「……」
俺は自分の掌を見た。そこには、壊れたハートのような印が刻まれていた。
……契約の紋章にしては、ちょっとセンスないな。
しばらくの沈黙のあと、彼女はいつもの無表情な顔で俺を見つめて言った。
「契約は完了したわ。ちゃんと……私のこと、大事にしてね」
俺は真っ直ぐ彼女を見て、強くうなずいた。
「必ず……妹を救い出す」
彼女はまた、控えめな笑みを浮かべた。
「うわ、気持ち悪。あの男、あの子にプロポーズしてたんじゃない?」
「うん……ずっと上から下まで舐めるように見てたし」
近くから女性たちのヒソヒソ声が聞こえてきた。
……くそっ、完全に誤解されてる。このままじゃ、変な噂が広まりそうだな……
——こうして、俺たちの契約は交わされた。
そして、冒険が始まったのだった。