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第六話:長き孤独


リーフは、荷造りをしているシオリの姿をじっと見つめていた。


……本当に、もう行っちゃうのか?

彼女がこの村を離れる――その事実が、どうしても受け入れられなかった。


シオリがクレインの村に来たのは、奇跡の花を見るためだった。

そしてその目的を果たした今、去る時が来たのだ。


リーフは何か言わなければと感じていた。けれど……何を言えばいい?


「行かないでくれ」?

そんなことを言えば、まるで泣き虫の子どもみたいだ。

きっと一生分の恥をかくことになる――そう思うだけで、喉が詰まる。


そんな葛藤の最中、シオリがふと声をかけてきた。


「……リーフ。ねえ、もう決めたの? どうするか」


唐突な問いに、リーフは目を丸くした。


えっ……? 急に何の話だ?


その意図を探ろうと、頭をフル回転させる。


何のことだ……? 一体、何を……?


いくつかの思考がよぎった後、ようやく口を開く。


「……アリーシャを助けるって決めたこと、かな?」


シオリは、静かにうなずいた。


「そう。その覚悟……本当にあるの?」


「……もちろんあるよ」

リーフは真っすぐな瞳でうなずいた。

「たとえ命を落とすことになっても、僕はやる」


「……そう」

シオリはやわらかな微笑みを浮かべた。


そして、荷物の中から何かを取り出し、リーフの手に差し出す。


「これを――あなたに」


「……これ、なに?」


「あなたが強くなるためのものよ」


それは小さな本、いや、どちらかといえば“マニュアル”のようだった。


リーフはそれを両手で受け取り、ページをめくってみる。


うおっ!? これって……剣士のための魔法!?


その内容に、思わず目を輝かせる。


「これは、戦闘で魔法を使うためのマニュアルよ」

シオリはそう説明した。

「もし剣を学ぶのなら、この知識はきっと役立つわ」


その言葉に、リーフの胸が高鳴った。

まるで――異世界に来たら誰もが夢見る“アレ”が現実になったようで。


「でも……こんなもの、僕が受け取っていいの?」


「気にしないで。使ったことは一度もないから」


リーフは、その贈り物を胸いっぱいの感謝とともに受け取った。

彼女は――ここまで助けてくれた上に、まだ自分のことを気にかけてくれている。


「ありがとう、シオリ。本当に……君には、感謝してもしきれないよ」


シオリは、どこか寂しげで、それでも優しい笑みを浮かべた。



---



村の皆が集まり、シオリを見送るために並んでいた。


「さようなら、偉大なる賢者シオリ・エターナム様。ご滞在、心より感謝いたします。」


「村の薬を手に入れる手助けをしてくれて、本当に感謝しています。」


「どうか、またいつかお越しください。」


「うん、また来たら……僕がどれだけ強くなったか、見せるよ!」


「素敵で優しい人と結婚できますように!」


村人たちの声は様々だった。感謝の言葉もあれば、別れを惜しむ声もある。

まるで、長年の家族を見送るかのように、あたたかく、そして名残惜しい空気が流れていた。


それはきっと、彼女がこの村に知恵と優しさを分け与えてくれたから。

リーフにしてくれたように、他の人々にも。


そっか……助けられたのは僕だけじゃなかったんだ。やっぱり、すごい人だな。


「では……そろそろ行かないと。ご親切に、感謝します。」


シオリは優雅に一礼し、振り返る直前、リーフに手を振って別れを告げた。


その姿を、リーフを含めた全員が、静かに見送った。

シオリは一度も振り返ることなく、村を後にした。


あんなふうに長く生きてきた人は……きっと、大きな孤独を抱えてるんだろうな。


リーフは彼女の背を見つめながら、そう思った。


きっともう二度と会えない。

彼はいつか命尽きるけれど、彼女はこれからも何百年と生き続けるのだ。


離れたくなかった。もっと彼女と一緒にいたかった。


「リーフ! 何してるの!」


思考よりも先に、体が動いた。気がつけば、彼女のもとへと駆け出していた。


「待って、お願い!」


シオリは立ち止まり、振り返って無表情のまま彼を見つめた。


「……一緒にいたいって思わないの?」


「私はこれでいいの。……人間の命は、あまりにも儚くて短いものだから」


その口調は淡々としていた。


「……もう、誰かを失って、悲しい思いをしたくないの」


シオリは小さな声でそう呟いた。


リーフは拳を握りしめ、彼女の目を真っ直ぐに見つめた。

その顔はいつも通り、無表情だったけれど――その瞳の奥には、確かな悲しみが宿っていた。


彼女のような存在を、完全に理解することはできない。

けれど一つだけ、分かることがある。


――彼女は、まだ“子供”なのだ。

そして、自分自身さえも隠してきたその想いは、確かに彼女の中にあった。


「シオリ……大切なのは、“どれだけ長く”じゃない。

 一緒に過ごした時間の中で、生まれた想いと、重ねた記憶なんだよ」


彼の言葉に、シオリは黙って耳を傾けていた。


「だから、自分の気持ちに嘘をつかないで。……それを教えてくれたのは、君自身だろ?」


リーフはこれまでの人生で学んだこと、そしてシオリから教わった全てを込めて話した。

彼女が手を差し伸べてくれたように――今度は、彼がその手を差し伸べる番だった。


シオリは胸に手を当て、そっと目を閉じた。


こぼれた涙はほんのわずかで、近づかなければ分からないほどだった。

けれど、それは確かに彼の言葉が届いた証だった。


「……じゃあ、どうすればいいの?」


シオリはすでに答えを知っているはずなのに、あえて尋ねた。


「僕と一緒に旅をしてよ。……それで、僕の言葉が本当かどうか、見てみてほしい」


「……」


二人の間に、しばしの沈黙が流れる。


「……それなら……“契約”を結びましょう」


その提案に、リーフは驚いたように目を見開いた。


「契約?」


「ええ。約束を――形にするの」


「……」


「私が、あなたの妹を救う手助けをする。

 その代わり、あなたは……私に“新たな目的”を見つけさせて」


「……うん」

リーフは力強くうなずいた。

「でも、もう少し強くなるまで待ってて」


シオリはその言葉を受け入れ、再び歩き出す。


「その時が来たら……南の“金属都市”の泉で待ってるわ」


遠い場所だが、距離など気にならなかった。

気になったのは――


「どうやって、その時が来たって分かるの?」


「分かるわ。……私の“勘”を信じて」


彼女の言葉に、リーフは不思議と安心できた。


「それまで……」


シオリは背を向けたまま、歩みを止めることなく去っていった。


リーフはその背を、じっと見送った。

村人たちが近寄ってきて、口々に尋ねてくる。


「何があったの? 預言でもされたの?」


「弟子にしてもらったの?」


「まさか……プロポーズしたんじゃ……?」


色々と聞かれたが、リーフは何一つ答えなかった。


ただ静かに、遠ざかっていく彼女の背を見つめ続けていた。


そっと胸に手を当てながら――

交わしたあの約束を、心に刻んでいた。


リーフとシオリは、長い別れを迎えることとなった。

だがその約束だけは、決して忘れられることはなかった――





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