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華桜舞と小倉秋菜(前編)


 華桜 舞(はなざくら まい)は桜のマークが描かれた戦闘機「レイカ」を浮遊する島に作られた基地の滑走路に着陸させるため、脚を機体の下部から両側に開くように出すとドン、ドン、と僅かに跳ねながらも無事に着陸した。滑走路の脇で待機していた整備士達がプロペラが完全に止まるや、すぐに機体に取り付き数人掛かりで機体を押しながら滑走路の脇にある駐機場まで移動させていく。


 舞はキャノピーを後ろに引いて座席から立ち上がりと、跳ぶようにひょいひょいと機上を降りてその様子を眺めていた。風通りの良い開けた滑走路に吹く風が舞の熱が籠った身体をひんやりと冷やす感覚にしばらく身を任せる。自身の愛機が格納庫まで運ばれるのを待とうとして、


 ―――またアイツだけ


 ―――死神かよ


 自身について話す声に気付き、舞は気付かれない程に振り向き確かめた。そして複数人の懐疑的な視線に晒されていること、そして彼らのつなぎに描かれた番号に気づきその場に居づらくなった。彼らは、担当する機が還らず手空きになった整備士達だった。


 彼らは舞が聞いていることに気付かず、お構いなしに陰口を叩く。内に溜まった鬱屈としたものを晴らすように段々とその内容は舞への誹謗中傷へエスカレートしていく、だが、彼らの横から怒鳴り声が響いたことで中断される。老練な様相のツナギをきた男が、ひと睨み効かせると彼らは慌ててその場を立ち去っていった。

 あとには舞と強面の男だけが残った。眉間にしわを寄せ、その男が舞に近づき睨むように見る。明らかに機嫌が悪いといった雰囲気を醸し出す男に強ばる舞、つい目を逸らすように俯いた。


 ゆっくりと舞に向けて伸びる陰、男の腕、それが近づいた瞬間、ポフン、とゴツゴツとした大きな手が触れると強く撫でた。


「わっ!?」

「あんま、気にするなよ」


 舞は恐る恐る顔を上げて強面の男を見た。怒られる、そう思っていた舞は、強面なのに反したアンバランスな下手くそな、無理に作り出したような、笑い顔をした表情に思わず拍子抜けしてしまった。どうして、と彼らのように怒鳴られるそう思っていた舞は先ほどまでと一変した男、この基地の整備士の長である古塚の態度に戸惑う。


「機体はしっかり整備しとく、だからさっさと報告に行ってきな」


 そう言うと古塚は背を向けて、戸惑う舞をそのままに格納庫へと運ばれていくレイカまで歩いていった。






 舞は立派な敷物が敷かれた廊下を歩き、執務室と書かれたプレートの飾られた扉の前に立ち止まると、その扉をノックした。


「入って良いよ」


 執務室の中からの返事を聞き、扉を開けて中に入る。そして背筋を伸ばし、肘を曲げ、目の前の人物に敬礼をした。その人物、小倉 秋菜(おぐら あきな)は舞の姿を見てあまりに似合わないその姿に苦笑しつつも敬礼を返す。小倉秋菜は舞の親友であり同年代の中でも容姿端麗な美少女で、才女。舞の部隊の指揮官でこの部屋の主でもある。


「そう堅苦しくしなくて良いよ、いまは舞と私以外はいないから......それにそのボサボサの頭でされてもねえ」

「え、?」


 何を言われているのか一瞬分からず困惑する舞、しかしすぐ、秋菜が指先でちょんちょん、と頭を指したことで、自分の状態に気付いた。慌てて手で頭を触り確認すると、飛び出るように髪の毛が飛び出し、複雑に絡みついたボサボサの髪と化していた。先ほど古塚が撫でた時に崩れてそうなったのだろう。それに気づき、舞は恥ずかしくなり顔を真っ赤にしながら手ぐしでどうにか整えようとした。


 秋菜はそれを見てため息をつくと書類の置かれた執務机の引き出しから化粧箱を取り出す、


「もう、舞それじゃ無理でしょ、ほらこっち来て。整えてあげる」


 執務室の右側にある、ソファーに座って隣のスペースを叩いて、隣に座るように言う。舞はしぶしぶといった感じで言われるがまま、秋菜の隣に前を向いたまま座る。前を向いたまま座ったのは舞の最低限の意地だった。

 背を向けようとしない親友に呆れながらも秋菜は無理矢理に背中を向けさせて、座るときに持ってきた化粧箱から木製の質の良い櫛を取り出すと、毛先からゆっくりと髪をとかしていく。器用に手慣れた手つきで飛び出た毛先を整え、絡んだものを解いていった。


「こうやって舞の髪をとかすのも久しぶりだなあ、結構伸びてるし、というかちゃんと手入れしてないでしょう。ダメでしょ女の子ならちゃんと綺麗にしないと男なんか寄ってこないよ」

「別に、どうでも良い、適当で十分」


 むくれた子供のような顔をしながら答える舞に、秋菜は頬をピクリとさせ手を止める。


「秋菜?」

 

 とかす動きが止まったのに不思議に思い振り返った舞、するとお互いの鼻が触れる程近く接近した秋菜の顔に全身が固まる。まるで石化したようになった親友をじっくりなめ回すように、しばらく赤色の双眸が見つめ、ふっ、と離れていった。


「もしかしてそういう性的趣向をお持ちだったりするのかな」

「......なっ、ち、ちがう、から!?」

「あはっはは~、冗談冗談......でも発言には気をつけようね、食われちゃうから」

「う~~」


 頬を赤くし照れる舞に満足しながら、ほら前向いて、と再び髪をとかし始める。先ほどとはうって変わって静寂が室内を包む。す、す、と櫛でとかす音だけがしばらく続き、差し込む日差しが変わり僅かに暗くなる。


「......出撃したのは、16機、未帰還15、1帰還」

「...」

「爆撃機攻撃中に待ち伏せを受けての乱戦のなかで生き残っただけ舞は十分よくやったと思うよ」

「......うん」

「舞が気にすることないよ、彼らが空の上で死んだのは、彼らの自己責任。舞が、自分を責める必要はないんだから」


 秋菜は最後に自身の手ぐしでそっと撫でたあと化粧箱に櫛を戻した。


 さて、と空気を切り替えるように秋菜は一拍いれる。


「明日はせっかくの休みだし、街に行って買い物でも行こうか」

「えっと、面倒くさい、から、良い」

「ダメでーす、これは決定事項だし、せっかく入った危険手当を一回も使わないのは勿体ないよ」

「欲しいもの、は無い、から」

「そう言って普段の給金にも手をつけてないし、下着に服に化粧品、女の子らしいもの、そういうのをほとんど持ってないのは知ってるからね」

「べつに、外には、出ないし、いらない......というか、何で下着、知って」

「最初に言ったように決定事項だから」

「いや、でも」

「決・定・事・項」


 秋菜の押しには勝てず、最終的に、舞は買い物に行くことを頷くしかなかった。



 

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