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HERO・HOPING  作者: 川野シャケ
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第4話「初遭遇」

 見慣れた天井、使い古したベッドの感触。蓮はいつの間にか帰宅していたらしい。


 枕元に置かれたスマホで日時を確認すると、すでに一夜を超えていたことが分かった。


 「……うーん」


 朝特有の日差しと空気……本来であれば気持ちの良い目覚めのはずだが、どうも気分が晴れない。


 それもそのはず。つい先日、自惚れた男は現実を突き付けられたのだ。それも、尊敬する人間に。


 能力を手に入れ『自分は強い』と信じ込んでいたところで、刺されるように言われたあの言葉が頭の中で木霊する……『未熟すぎる』。


 いまだ意気消沈のままで何の気力も起きないが、生理現象が消え去るわけではなかった。


 『グゥ~』

 「あ……。まあ、いい気晴らしになるかもな。もう少しで9時だしスーパーでも行くか」


 ◇


 「あー、これいいな……お、こっちもいいな……」


 スーパーには色とりどりの食べ物が売られており、あれこれ見ているうちに昨日の辛い出来事も頭から消え去っていた。


 もう20分もの間どれを買うか決めあぐねており、腕に掛けた買い物かごは寂しそうだ。


 ……と言っても、財布事情が厳しくなければすべて買い込むつもりだったようだが。


 結局総菜コーナーから選ぶのが無難だろうと考え、そちらへ視線を移した。


 「……ん?なんだあれ……」


『本日のおすすめ』と大々的にアピールされている商品棚に、ぽつんと置かれたものが見えた。早歩きで駆けよってみる。


 「こ、これは!」


 それは、パン市場において最も有名な製パン会社『イーグルベーグル』が期間限定で販売している菓子パン『コスタリカ産バナナサンド』であった。さすがに人気が高いのか、すでに一品しか残っていない。


 「ようし、今日はこれに決めだ!」


 テンションを上げながら手を伸ばした。その時――。


 『トントン』

 「えっ?」


 誰かに肩をたたかれた気がしたので後ろを振り返った。が、誰もいない。


 「……気のせいかな……あれっ!?」


 視線を棚に戻すと、たった数秒前にこの目で存在を確認したはずのパンが忽然と消え去ってしまった。


 目を離したすきにとられたかと思いあたりの様子を窺ってみたが、それらしい人物は一人も見当たらなかった。


 「消えた……?いやそんな馬鹿な!」


 蓮はあたりをくまなく探し回った。死角になっていた棚の裏や上、挙句にはパンが入らないくらい小さな隙間も……。


「ネズミが持ってったとかあるかもしれねーからな」


 隙間をジロジロ見続けたが、ネズミはおろか蟻んこ一匹すらいない。誰が持って行ったかは分からなかったが、蓮はもう諦めることにした。

 

「……ん?なにあれ?」


 目線を移そうとしたその時、さっきまで見ていた隙間から何かが伸びていた。それは――。


「――手?」


 1cmあるかないかの隙間から手が出て、商品を取ろうとしていたのだ。こちらに気づいたのかその手は何も取らずにスッと引っ込んでいった。


 初めて目にする光景を前に理解が及ばなかった。どう頑張ってもあんな狭いところに手を通すことはできないはずだ、と。


 足元からガサゴソと物音が聞こえる。このスーパーは古く、床のタイルがところどころ剥がれたり欠けたりしているので下の音が聞こえやすいのだろう。

 

 そして物音はどんどん移動していく。


「まさかさっきの……」


 蓮は音を追いかけた。ガサゴソカタカタとどんどん移動していき、行き着いた先は『関係者以外立入禁止』と書かれたスイングドア。


 周りをキョロキョロ、誰にも見られていないタイミングを見計らいサッと入る。

 

 バックヤードには何人かの店員がいたが、物音を追っているだけで自然と見つからなかった。まるで物音を立てている張本人が意思をもって店員を避けているようだ。


 「……行き止まりだな」


 最終的に行き着いたのは、すでに使われていなさそうなほこりっぽい物置部屋だった。


 『正体をこの目で見てやる』その一心で音の出所を目で追うと、物音は床から壁へと移動していた。左奥の壁にある小さな亀裂へ向かっているようだ。

 

 ついに見られる、とじっくり凝視していると――。


「みょーについてくる奴がいると思ったら……そんな物音が珍しかっただか?ゲヘへ」


 上下汚いジャージ姿で、ハゲが進行中の頭髪と無精髭が伸び放題の清潔感なしなしおやじがムリムリと亀裂から出てきた。

 

 その肉体はまるで粘土のようで、それを見た蓮は直感で気づいた。


「まさか俺と同じ……能力者!?」


 ◇


 蓮はその男に色々と話を聞いた。その男は自分を泥山〈ドロヤマ〉と名乗り、数年前から能力を駆使してずっとこのスーパーで暮らしているらしい。いままで怪しまれたことはあれどはっきりとバレたことはないと豪語している。


「いろんな食品がじゃんじゃか仕入れられるもんで、食べるもんには困らねーんだ」

「ふーん……」


 泥山のポケットを見ると菓子パンの袋が突っ込まれており、目を凝らすとイーグルベーグルのロゴ。


 それを見てから、さっきまで忘れていた空腹感と、それによるイライラがふつふつと湧き出てきた。


「よーし、じゃあぶっとばすか」

「いや急!?万引き繰り返してるって聞いて正義の心に目覚めただか!?」

「いーや、そんなんじゃない……これは食べ物の恨みだ!その菓子パンのな!」


 蓮に袋を指さされて、やっと原因に気づいたようだ。


「あ~これかぁ、いやいや美味かっただよ。どれだけ美味かったか教えてあげたいとこだけども――」


 泥山が素早く亀裂に飛び込んだ。


「ぶっとばすなんて言われちまったら逃げるが勝ちだーよ」

「待て!」


 すかさず蹴りを入れたがすでに全身入り込んでおり、結果として固い壁に足をぶつけることとなった。


「いってぇ!ちくしょう、出てくるまで粘着してやるからな!」


 泥山はガサゴソと移動をはじめ、部屋を出て行ったようだ。

 

「逃がすか!」


 物置部屋を出て耳を澄ますと、床下からの音が左右に分かれているように聞こえた。床下で何をしているかはわからないが、おそらく片方はダミーだ。


「う~ん、右!勘!」


 右の音はまっすぐと進んでいき、その先にははずれかけのタイル。


「チェックメイトってやつだぜ!」


 タイルを外してのぞき込むとそこには――。





「チュウ?」

「あ、かわいい。ってネズミじゃねーか!!」


 タイルをそっと戻して大急ぎで正解の音の方へ。


 音を辿ると今度は在庫保管室に着いた。大小さまざまなダンボール箱が棚や地面など、いたるところに置かれている。


「さぁ、どっから出てくる……?」


 音が聞こえない。バレないようにゆっくり動いているんだろうか。


 ただひたすら視覚と聴覚に集中し、あそこかここかといたるところを歩きまわりながら凝視した。


「――そこだ!」


 壁の継ぎ目からちらっと見えた泥山に向かって全力パンチ。しかしデジャブを感じるほどすがすがしく壁を殴った。


「――ッゥ~!」


 声にならないほどの激痛。悶えてうずくまっていると、ヌッと泥山が顔を出した。


「……おらが言えた口じゃないけども、単純だなあ」


 次に肩、胴、足とどんどん出てくる。


「あと、能力者って言ってた割に能力全然使わないし……変わってるねアンタ」

「お、俺のは屋内向きじゃないんだよ!」


 フフン、と得意げそうな顔で蓮に向かって歩き始めた。


「おらの……知り合いが言ってただよ。能力者として大切なのは――」


 突然、泥山がガクンとバランスを崩した。どうやら壁から続いている床の継ぎ目に足が入り込んでしまったようだ。


 足の変形の仕方を見た感じだと、重力にしたがって落ちたというよりは吸い込まれたような感じだ。


「っとと、ウッカリ……」


 グイっと足を引っ張り上げ、話を続けた。


「……大切なのは『応用』することと『弱点』を知ることだって」


 蓮が何か思いついたようにニヤリと笑った。


 「……なるほど、『応用』と『弱点』ね……」

 

 はじめて能力を使えるようになった日から、活用してきたのは爆発ばかりだった。しかし思い返せば、自分は普通の火も使えることを思い出したのだ。


 蓮は手全体を覆うほどの火を生み出した。


「ほほう、それがアンタの能力だか。でもいまさら遅いんでねーか?」

「それはどうか……なッ!」


 手をパーにして突き出しながら泥山へ猛ダッシュ。しかし簡単に避けられる。


「やっぱ単純……何してるだか?」


 蓮は行き当たった継ぎ目に手を数秒間押し付けてから、再び泥山へ走り出した。


 また同じように避けられる。


「ゲヘへ、そんなんじゃあ一生捕まえらんないだーよ。ほなさいなら……」


 別れの言葉を告げた泥山は壁の継ぎ目へ向かっていった。そして体を押し付け入ろうとする。


「ンあっづぅ!?」


 しかし蓮によってアツアツにされたことで入れなかったようだ。


「これが『応用』!そして――」


 近くのダンボールから大きめのタッパーを取り出し、ふたを少し開けて泥山へ押し付けた。


「これが『弱点』!」

「お……お……」


 タッパーの中に泥山の体がどんどん入り込んでいく。


「おおおおおお!?」


 なんとか外に出ようと足掻いているが、すかさず入り切っていない泥山の身体に手の火を近づけた。


「おらおら、早く入んねーと焼けちまうぞ!」

「あぢぢ!?」

 

 そしてついにタッパーへ完全収納され、パチンとふたを閉め密封に成功した。


「な、なんでこうなっただ……?」

「お前自身がヒントをくれたんだよ。床の隙間に、『ウッカリ』入った……能力のONOFFができないんだろ、お前。勝手に入っちまうんだよあ?」


 タッパーをダンボールに戻し、開け口をガムテープでガッチリ固めた。


「出してくれよぉ~おらが悪かっただよ~」

「ふん、ダメだね。そこで反省してろ……なんなら店員に見つかって、通報されちまえばいいさ」


 泣き言で喚き続ける泥山を無視して、蓮はその場を後にした。


「……てかこの能力持ってんの俺だけじゃなかったんだな、ちょっとガッカリ。まあいいや、買い物の続きっと!」

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