第3話「本物」
連れられた場所は選手用の控室。3人ほどの隊員がすでに待っており、蓮が部屋に入ると出入り口の前に立った。逃がさないという意思をひしひしと感じる。
「ちょ、ちょっと……俺が何をしたっていうんですか」
「何をしたのか、は今調べているところだ。普通だったら……」
蒲田は蓮の腕をグイっと引っ張りつつ、軽く握った。
「この筋肉量であの記録は出せないからな。二種目だけ一般男性レベルなのも、そんな服なのも、なにもかも怪しい!」
確かに疑われるのも仕方がない。しかし蓮は『爆発はちゃんと加減してたから周りからはよく見えなかっただろうし、煤とかも残ってないし……まあ大丈夫だろ』などと思っており、余裕そうであった。
「蒲田さん、ダメです……場内に証拠となるようなものは……」
「なにぃ!?」
「服装検査も異常なし、彼が利用したロッカーの中にも100円しかありませんでした!」
「くッ……もっと隅々まで調べろ!」
隊員の報告が届くたびに蓮はニヤニヤ、蒲田はイライラ……完全に勝ちを確信していた。
「――みんな、待たせた」
その時だった。いつの間にか出入り口に高身長でツンツン黒髪の男が立っており、一言で場の注目を一点に集めたのだ。
隊服の色は通常、警護隊員は緑で機動隊員は黒で統一されている。しかし、この男の隊服は澄んだ青色だった。
「!き、霧雨さん!ご苦労様です!」
「えっ、きりさめ……って、あの!?」
蓮はこの男をテレビで見たことがある。
フルネームは霧雨嵓波〈キリサメ クラハ〉。数々の功績を挙げ、隊員としての最高階級『ACE』に昇りつめた男。つまり、エリート中のエリートである。
一瞬目を疑ったが、彼の特注である服と胸辺りにつけた輝かしいバッジがそこに存在していることを強く証明していた。
憧れの存在の一人を間近で見たためか、蓮は思わず息をのむ。
「紅坂君、遠くから見せてもらったよ、君の励む姿……いやぁすごいトリックを使うものだ」
「……え?」
霧雨はそう言い放った。いや、言い切ったといった方が正しいのかもしれない。
「トリック……?霧雨さん、こいつが何したか分かってるんですか!?」
「ああ」
それを聞いて蓮は大焦り。しかし『なにをしたか』はハッキリ言っていないので、ハッタリであると踏んで鎌を掛けることにした。
「じ、じゃあどんなトリックなのか言ってみてくださいよ!」
一方、霧雨は余裕の表情で笑ってみせた。
「フフ……いや、それはやめておこう。こんな精巧なトリックをみんなにネタ晴らしするのは惜しい」
「な、なんだよそれ……」
返答は一切納得できない内容だった。
「ま、霧雨さんがこう言うんだからズルに違いないな。試験は無効だよインチキ君」
なぜかなにもしていない蒲田が得意げな顔で煽ってくる。
「いやズルじゃなくて……わかりましたよ!はっきり見せます!」
そういって蓮は手のひらを見せ、火を燃え上がらせてみせた。
「て、手からひ、ヒ、火!?」
「どうなってんだよこれ……」
「お前達落ち着け!かんたんな手品だ、袖の中に燃料を噴射する仕掛けを隠してだな……あれ、半袖だ……」
場はざわつき、誰もが手元に注目していた。
「仕掛けなんか無くてこれは――」
「そこまでだ!!」
霧雨による突然の一喝により、控室中に響いていた喧騒は瞬く間に消え去った。
そして隊員たちと蓮の様子を一人ずつ窺うと、息をついてから再び口を開いた。
「……いいだろう、紅坂君。君の思いは十分に伝わった。どうしてもというなら……」
霧雨が懐から竹刀を取り出した。
「新たに試験を受けてもらおう。――この私直々の、特別試験をな」
◇
指定した場所は会場の裏手にある、特に何もないただただひらけた場所であった。
整備もあまりされていないようで、雑草が生え放題である。
「ルールは簡単。私に一度でも触ることができたら合格、できなければ不合格。こちらはこの竹刀を使わせてもらうが、怪我させるような使い方はしないので安心してほしい」
説明を終えた霧雨は蒲田へストップウォッチを投げ渡した。
「制限時間は2分だ。蒲田隊員、スタートの合図を頼む」
「へ、へい!」
いきなりこんな状況になったが、蓮は通常の試験よりもやる気であった。憧れの存在とマンツーマンだからか、それとも今度こそ確実に入隊できる高揚感からか。
「あぁ、そうだ紅坂君」
「はい?」
「私は十分に手加減するが、君は私に怪我をさせるつもりで挑んでくれ。トリックも精一杯使ってくれ」
これを聞いて蓮はムッとした。余りにも下に見すぎではないか、と。まるで『触ることすら君には難しい』と言っているようではないか。
「……では、始めようか」
霧雨は構えもせず竹刀を下に向けたままだったが、準備ができているようだ。
蓮もすでに靴を脱いでおり準備万端といった様子。
「い、いいですか?……それじゃいきますよ、よーい……スタート」
ストップウォッチからかすかに鳴った『ピッ』という音とほぼ同時に、蓮は足から全力の爆発を生み出し勢いよく霧雨に飛びかかった。
しかし霧雨は驚いた様子もなく、ひらりと身をかわした。
「――はやっ!あいつあんな速く動けんのかよ!」
「霧雨さんもよく涼しい顔したまま避けるな……」
息つく間もなく蓮は右手左手と伸ばしたが、ことごとく竹刀ではじかれてしまった。
「いや、こんな単純じゃさすがにダメか……」
依然として霧雨は涼しい顔のまま。
続いて蓮は翻弄作戦に出た。爆発を利用した超スピードのステップを駆使し、後ろへ回ったり横へ出たり。上から見たら五芒星が描かれていそうな動きである。
5ステップあたりから、見物人たちにはすでに動きが追えていないようであった。その間、霧雨はピクリとも動いていない。
『これならいける!』そう確信し、背後から奇襲を仕掛けた。しかし――。
「ッ!?」
こちらを向くこともなく簡単に躱されてしまった。まるで初めから見切っていたかのようだ。
蓮は勢いがつきすぎてしまったようで、吹き飛ぶようにすっ転んでしまった。
「いてて……クソ、これでもダメかー」
尻もち状態のまま擦りむいた箇所をさすりながら次の作戦を考えようとしていると――。
「……蓮君はなぜ、そこまでして入隊したいんだい?」
霧雨から思いがけない質問が飛んできた。
「え?なぜって……夢があるんですよ」
スクっと立ち上がり、服に着いた汚れをはたきながら答えた。
「――ヒーローになりたいって言う、立派な夢が」
◇
「ヒー……ロー……?」
とたんに場が沈黙した。誰もが真顔のまま、ただただ口を噤んでいた。
「……プッ」
それを一番に割いたのは――蒲田であった。そして他の者もつられるように口を開けていった。
「ハハハハハ!ヒ、ヒーローって!ガキじゃあるめーしよぉ!」
見物している隊員たちによる、バカにしたような大笑い。しかし、蓮は恥じたりはしなかった。
「笑うことないでしょ……ねえ、霧雨さん?」
一方、霧雨の表情に変化は見られない。
「……ヒーロー、か」
物思いにふけるように、手に握る竹刀を見つめた。
「私も市民によく言われるよ、ヒーローだとか、希望の光だとか……そのたびにつくづく思う。『ヒーロー』というものの定義はあやふやだってな」
竹刀を握りなおすと、先端を蓮へ向けた。
「ただこれだけは言える。君は……ヒーローと呼ばれるには『未熟すぎる』」
「えっ……!?」
神経を逆なでするような言い方ではあったが、その目は真剣であり煽るつもりなどではないことがすぐに分かった。
「はは……うそでしょ、だって俺昨日――」
「そのトリックを身に着けて自分をすごい人間だと錯覚しているようだが、それが未熟だと言っているんだ」
尊敬する人物に正面切って言われた言葉は、蓮の精神を確実に削り取った。
『正規の隊員より活躍できた自分は十二分の適性がある』そう思い込んでいた蓮は今にも膝から崩れ落ちそうであった。
「だ……だったら見せてやる……俺の本気を!」
なんとか体制を立て直すと、今までにないレベルの人ひとりを覆うことができるほどの大きな爆炎を霧雨に向けて放った。
力加減を全く考えずに全力を込めることで放つことができる、現時点最高の大技だ。
「うおお、すげぇ!?」
これには観客もおもわず驚愕。
「……ほう」
しかし霧雨が竹刀で薙ぎ払うと突風が生み出され、炎は消え去ってしまった。
「ただの竹刀ですっげぇ風!さすが霧雨さんだぜ!」
「いや……まだ……!」
蓮は諦めずるもんかと意気込んだが、大技を簡単にあしらわれたことで『何も通じない』という固定観念に囚われてしまい、策を練る能はなくなってしまっていた。
何度も何度も霧雨に突撃したが、さっきと同じように避けられたり無慈悲にも一生懸命伸ばした手をたたき落されるだけだった。
まるで、辛い現実を叩きつけているようである。
そして、ついに終了を告げるアラーム音が鳴る。霧雨は一瞥もせず、無言でその場を去っていった。
力量差をこれでもかと叩きつけられ、茫然と固まった状態の蓮は心で強く思った。
――これが本物か、と。
蓮が住んでいるのは東谷町〈アズヤマチ〉という郊外で、試験会場があるのは北都市〈ホクトシ〉という都会。他にも治安が悪い南吹市〈ミナブキシ〉や東谷町ほど住みやすくなく北都市ほど利便性もない中途半端な西空市〈ニシゾラシ〉などがあります。いつになったら舞台として出せるんだろう……




