第2話「デビュー?」
――翌日。しっかり眠った蓮の体は絶好調、時計のアラームが不快に感じないほど気持ちよく目覚めた。
「うーん、快☆眠」
気分に任せて、背伸びをしながらくだらないことを口走った。
――今日は隣の地区にあるジム付き陸上競技場でGPO主催の体力試験が行われている。費用を払えばだれでも参加することができ、高得点を出せれば隊員にスカウトされることがある。蓮はそれを狙っていた。
まだまだ能力の使い方を模索したいところだったが、試験は半年に一度しか行われない。もう半年待つ余裕はなかった。それに、能力を使いこなせるようになったのが試験の前日であったことに運命的なものを感じており、『今回はいける』と確信を得ていた。
「ご自慢のくせ毛を軽く整えまして……っと」
鏡で自分の髪を見ながら手櫛で整えようとした。
「……あ~、もうこんなもんでいいや。よーし、それじゃいってきま――」
その時、胃袋から『グゥ~』と空腹を知らせる音が放たれた。前日に目玉焼き1つしか食べていないことを思い出し、倒れてしまってもおかしくはないと危惧した。
玄関前で立ち止まり、時計を確認。受け付け開始まで2時間もある。
「今のうちに済ませておくかぁ」
◇
空腹を満たし、ついでに新しい靴と服も買っておいた。準備は万端、意気揚々と扉を開けた。
「いらっしゃいませッ!!トレーニングルームをご利用の際はこちらに記入をッ!!」
「い、いや試験を受けに……」
元気が良すぎる受付のお姉さんに一瞬気圧されるも心構えを立て直し、着々と手続きを進めていった。
「――では15分後に開始なのでッ!!それまでにトイレや水分補給等を済ませ、指定の場所へ集合をッ!!あと、今首にかけてもらった緑のタグは無くさないようお願いしますッ!!」
手続きが終わると、蓮は持ち物をしまっておくためロッカールームへ向かって歩いた。しかし、扉の前で確認してみると荷物はポケットに入ったお釣りの100円玉2枚のみ。
「これのためだけに借りるのもなあ」
しかも100円ロッカーなので、100円を使って100円を保管するという、意味の分からない状態が完成してしまう。
邪魔にならなそうだからこのままでいいかな、などと考えていると通路の向こうから一人の男が近づいてきた。
その男は隊服を着ており、首からは青いタグを首にかけている。
「――む?……」
怪訝そうに蓮をジロジロ見てきたが、特に何をするわけでもなくそのまま通り過ぎて行った。
「あれ?どっかで見たことあるような……」
通りすがりに記憶した顔をしばらく頭に浮かべる。
「真面目そうな、あの顔……真面目そうと言えば!」
ついに昨日見た隊員であることを思い出す。次に、なぜここにいるのかを考えてみた。
「え、なんだろ、審査員とか?だったらやだなぁあの人見てると――」
なんとなく劣等感のようなものを感じる、と口に出しそうになったところで口を紡いだ。
「いや……俺は今日をもって隊員デビューするんだ!『劣っている』なんて思わねぇ!」
そう言って心を奮い立たると、蓮はまだ数分あるにもかかわらず会場へ向かっていった。
◇
会場にはすでに多くの受験者が集まっていた。今回の参加者は約300人だが、スカウトされるのはたった2、3人のみ。参加者のほとんどは『自分こそが』と殺気立っている状態だ。
しかし、ついさっきまで奮起していた男は少し違うようだった。
「あー……そうか……」
蓮はあたりを見渡した。どこを見てもジャージやらユニフォームやら、運動着姿の人だけが視界に映る。
「完全に忘れてたよ、服のこと……」
蓮が今日着てきたのは白地に向日葵がプリントされたTシャツ。真ん中に大輪を咲かせており、そのすぐ下には『the only flower in the world』と書かれている。そして、下は薄茶色っぽい膝上ハーフパンツだ。
少なくとも本気の運動に適した服装ではないだろう。
「みんなジロジロ見るから、俺のひまちゃんTシャツに惹かれてるのかと思ってた……逆だわ、引かれてたわ」
この服で来てしまった原因としては先ほど服屋に訪れた際この素敵なシャツが50%OFFで売られており、舞い上がってしまったことが最有力だろう。
「おいあいつ見てみろよ」
背中越しに感じる視線で、その言葉が自分に向けられていると分かった。
「え、ジョギング感覚?w」
「コンビニついでに寄ってきたんか?ww」
「今回の倍率はちょっと緩いかもなwww」
――などと、散々な言われようである。
「……バカにしやがって、見てろよ」
少し萎えかけていた蓮だったが、好き勝手野次を飛ばす者たちによって再び熱を取り戻した。
◇
「これより、800m走を開始します。20走目の方は整列してください」
受験者たちがぞろぞろとラインに沿って並ぶあいだ、まだ蓮に対する鋭い視線が突き刺さり続けていた。……特に足元に。
それもそのはず、開始直前に「素足で良いですか?」と担当者に聞いて靴を脱いだのはこの男だけである。
一応『最も身体能力を引き出せる状態で記録が出せるよう、どんな格好でも容認する』とのことでOKではあった。
しかし、能力について知らない蓮以外の人間は誰一人として納得していないであろう。
スタート係はスターターピストルを取り出し、笛を吹いて開始直前であることを知らせた。
「お、ついにか……よし」
目を瞑り、足に意識を集中させる。
「位置について」
昨日と同じように熱を感じるとともに目を開き、じっと前を見て――。
「パァン!」
合図とともに勢いよく床を蹴りつつ、小さな爆発を起こした。
「えぇっ!?」
皆が一足踏み込んだ時点ですでにぶっちぎり一位。周りの冷ややかだった目が、あざ笑っていた口が、すべて驚きに変わった。
そんな中、蓮はわき目も降らずコースに沿ってただひたすらに走り続けた。
「ハァ、ハァ――」
他の受験者より倍ほどもある走行速度と加速度合、キープどころかどんどん後続を突き放していく。
「ハァ……あれ?」
前方に人が見えたが、それが最後尾だとすぐ理解した。自分との速度差が違いすぎるからである。
何人も追い越し再び先頭へ。度肝を抜かれたような顔を横目に見た蓮は、正直なところ気分が良かった。
悦に浸っていると、目の前に係の人が出てきて『止まれ』とジェスチャーをしていた。ゴールのラインをすでに踏み越えていたらしい。
電光掲示板には1:30と表示されている。いつの間にか審査員?らしき人も顔を出してきて、目を丸くしていた。
そのメンツの中にはあの真面目隊員が混じっていた。そして、蓮はその隊員に熱い視線を送る。
「まってろよ、俺の華々しい人生!」
◇
「ふーっ……」
すべての試験科目を終えた蓮は休憩室で一息ついていた。安堵だけではない、己に対する呆れも混じったものである。
「……なーんでもっと考えなかったかな」
800m走の後に行った上体起こし、反復横跳び、立ち幅跳びは爆発によって記録を出すことができた。しかし、数秒キープしないといけない握力と長座体前屈は成人男性の平均レベルになってしまった。
長座体前屈は背中から爆発を生み出せればよかったかもしれないが手足以外のやり方がわからず、下手したら体がへし折れてしまうかもしれないリスクも考え素のまま挑んだ。
両極端な記録だが総合点は60点中55点……スカウト候補としては十分すぎるほどだ。
知らせをウキウキしながら待っていると、休憩室のドアが開き、見覚えのある男が顔を見せた。
「あぁ、いたいた!」
「……ん?あ、お前!」
それは先ほど蓮に野次を飛ばしてきた男の一人であった。
「いったい何の用――」
「ここにいやしたぜ蒲田さァん!」
外に向かってそう呼びかけると、隊服姿の巨漢がドアの向こうに見えた。よく焼けた肌といかつい顔つきが特徴のその男は蒲田という名らしい。
「……紅坂蓮。君に不正の容疑がかかっている。一緒に来てもらおう」
「……え?」




