第1話「不思議な力」
「暇だ。」
紅坂蓮〈コウサカ レン〉は現在二十歳の大学生。普段なら必須科目の講義を受けている時間だが、今日はたまたまその講義が1つもなく、暇を持て余していた。
唯一仲のいい友人はジムへ行ってしまったし、ソシャゲや据え置きゲームも一通り遊んでしまって、開く気にもならない。
なんとなくスマホを取り出して画面を見ると、SNSアプリに目がいった。
「あんま乗り気じゃないけど……これでも見るか」
しかしここで、急に鼻がムズムズしてきた。急いで汚い飛沫が飛び散らぬようティッシュを取り出して口元を覆う。
「ックシュン!」
『ボゥ!』
くしゃみとともに、火を吹き上げるような音が聞こえ、一瞬だけ強烈な熱を口や鼻に感じた。恐る恐る目を開けると、ティッシュが焦げて真っ黒。
「え?……え、え!?」
おもわず絶句。もうSNSどころではない。自分が今、何をしたのか。何が起こったのかを確かめたくなった。
――それから蓮は、暇さえあればもう一度あの現象が起こるよう毎日試行錯誤するようになった。紙縒りを使ってあの時みたいにくしゃみしてみたり、アニメ漫画みたいな『手のひらを上にしてエネルギー玉とかだしてそうなポーズ』をとりながら意識を集中してみたり……傍から見るとふざけているようにしか見えないが、本人はいたって真剣である。しかし特に進展はなかった。
日に日に諦めそうになりながら、はや四日目……ついに変化が現れる。
「うわ、手が……熱い!」
いつものように意識を集中すると、異常なまでに手が熱くなる。このやり方で間違いないと確信を得た蓮は、そのまま集中し続けた。
「……この熱っぽい感じ……昔寝込んでた時を思い出すな……」
小さい頃の思い出がふと頭によぎり、手の熱が少し引いてしまったので慌てて仕切り直す。
すると、突っかかりがとれたような感覚を手に覚えるとともに、100円ライターレベルの小さな火が手のひらに灯った。
「あ!――ッしゃあ!」
突然の成功に気分が舞い上がり、おもわず両手でガッツポーズ。
天井に向かって手を突き出した瞬間、握りこぶしから爆炎が放たれた。
「ええぅえ!?喜びすぎた!?」
手を確認したがすでに火は完全に消えていた。備え付けの火災報知機も一瞬だったからか反応していなかったので、ホッと息をついた。
――五日目は息をするように、簡単に出せた。なぜ突然不思議な力を得たのか考えながら、ハンドスピナーを回す感覚でただひたすら手のひらで火をつけ消し。
ただし、あまりにもいい加減だと爆発みたいになってしまうので、決して注意は怠らない。アパート暮らしなので火事だけは避けたかった。
気がつけば時計の針が正午を知らせている。ちょうど腹の虫も鳴ったところで、いいことを思いついた。
「『これ』つかって昼飯作れんじゃね!?」
頭に浮かんだ疑問をいったん払拭し、キッチンへ向かった。
手にフライパンを乗せ、少し温めた後に卵を投入。いい音をリビングに響かせながら、卵がきれいに焼きあがった。
「マジでできた!便利~」
これでもうコンロいらずだな、と蓮は上機嫌だったが再び冷蔵庫を開いて中全体を見渡し、気分が奈落へ。
「え、卵以外なんもねえ!」
そう、この4日間手が空いてる時間はずーっと火を出そうとしていたので、買い物に行っておらず食料が尽きてしまったのである。さすがに卵だけで今日を凌ぐのは無理がある。
過去の俺ふざけんなよ、などと思いながら財布をポケットに忍ばせ、行きつけのスーパーへ向かうことにした。
◇
自宅を出て数分、ふと横に目をやると駐在所が見えた。その敷地内では真面目そうな『警護隊員』がおばあさんに道案内をしている。
その光景を目の当たりにした蓮の心に、羨望と嫉妬が沸きあがった。
――現在、日本では『GPO』という国家組織が犯罪の取り締まりや治安維持を行っており、全国に防犯のための『警護隊員』と事件が起こった際に対処する『機動隊員』を配置している。
身を呈して国民を守る彼らは、みんなにとっての頼れる『ヒーロー』のようなものだろう。
そして幼き日の蓮が希望した職業で、将来の夢だった。
「……あ~あ、俺もなりたかったな。」
だんだん自分が惨めに思えてきたので、早々に立ち去ろうとしたその時だった。
「きゃあー!誰かー!」
突然悲鳴が響き渡る。声のするほうを向くと女性が叫んでいた。その少し向こうでは、怪しい恰好で小脇にバックを抱えた人が猛ダッシュ。明らかにひったくりとわかる風貌だ。
後ろのほうから駐在所にいた警護隊員がすごい勢いで走り抜けていった。さすが厳しい試験を乗り越えて選出されただけのことはある、とついつい関心。
しかし相手の足も相当なもので、なかなか追いつけないでいる。
蓮は横目に被害者の女性を見た。不安と悲しみが入り混じった表情を見た途端助けてあげたい気持ちがこみ上げ、足が勝手に動きそうになった。
「えっ」
意思に反発した足に対して否定的な感情をこめて見下した。
「……いやいや、無理だろ。隊員が追いつけなくて、俺が追いつける道理はない。ほら、もうあんな遠くに――」
そう言いながら視線を戻すと、追いかけっこ中の二人が左に曲がっていく様子がみえた。
「あの道……またどこかで左折するならワンチャン……」
左の路地裏を見るとあまり邪魔になりそうな物が置いておらず、スムーズに通れそうだ。もしかしたらショートカットできるかもしれない。
蓮は可能性に賭け、路地裏へ身を投じた。
◇
路地裏を進み、また進み、道路に出たら車が来ないことを確認して横断、そしてまた路地裏へ。少しずつザワついた空気が伝わってくる。
あと5メートルほどで再び道路に出るというところで、人影が横切った。道路に出ると、左に走るひったくり犯の背中、右にバテた様子の警護隊員が見えた。ギリギリ挟み撃ちはできなかったようだ。近道したとはいえ蓮自身もかなり疲れており、このまま追いかけても無意味だと悟る。
「ハァ、ハァ……。クソ、やっぱり俺は『あの時』と同じで、何もできない凡野郎なのか――」
ここで蓮はあることに気づく。
「そうだ、今までの俺と違ってあの『不思議な力』がある!」
どうにか利用できないか、と必死に思考を巡らせる。こうしてる間にもひったくり犯はどんどん遠ざかっていく。
「はやく、なにか……あ!」
おもわず口に出るほどの強烈なひらめきを得て、靴を脱いだ。周囲の人の目が若干痛かったが、気にしてられない。
「あの時の感覚を思い出せ、手でいけたんなら足もいけるはず……」
足が急激に熱くなるのを感じると同時に、残る体力を振り絞って踏み込む。すると、足の裏からあの『爆発』が起こった。
「っよし!狙い通り!」
そのまま走ると、グングン加速していく。ひったくり犯との距離が、どんどん縮まっていく。体感速度は時速10km、20、30――。
「うわぁ!止まれねぇ!」
「いってぇ!」
勢いあまって激突してしまった。俺も相手も衝撃で倒れこむ。
「いてて……おい!お前いつの間に追いついてきやがった!」
そう言いながら、懐から『なにか』を取り出そうとしている。
「命が惜しかったらおとなしく――」
「うわ!」
『なにか』の金属光沢を見た瞬間、刃物だと察知した蓮は驚きながらも生存本能に従ってパンチを放った。しかも、爆発のおまけ付きで。
あまりの威力に、ひったくり犯が3メートルほど吹っ飛んでいく。恐る恐る様子を見に行くと気絶しているようだった。
「……こいつは警護隊員に任せよう」
小脇に抱えられたままのバッグを抜き取り、その場を後にした。
◇
体力はすでに限界付近に達しており、足取りがフラフラしているがなんとか犯行現場に戻ってこれた。被害者の女性は同じ場所でいまだ不安の表情を見せていたが、俺が持っているバッグを見るなりどんどん顔が晴れていった。
「ありがとうございます、ありがとうございます」
バッグを返すと、命の恩人のように感謝された。きっと中にあるのは、よっぽど大切なものなのだろう。
感謝されてご満悦の中さっきの駐屯地付近まで歩くと、さきほど道案内を受けていたおばあさんが話しかけてきた。
「ちょっとあんた、どうしたんだい!」
「えっなんすか」
「なんでそんなに服がボロボロなんだい!靴も履いてないじゃないか!」
言われて自分の身だしなみに気づいた。脱いだ靴を拾い忘れてるし、路地裏通ったり盛大に転んだりしたし、そういえば買い物もできてない。しかし、これ以上活動ができるほどの体力はもう残されていなかった。
「いや……大丈夫っす、じゃ」
あきらかに嘘とわかる返答をして、倒れそうになりながら自宅を目指した。
◇
自宅の玄関に着いたが、ここで一日を終わることはできない。とっくに倒れてもおかしくない状態だが、足が汚れたままベッドで寝たくないし、玄関で寝るのもいやなので、膝立ち歩きで風呂場へ向かった。
シャワーを浴びながらさっきまでの出来事を思い出す。
「俺は『力』を使ってあんなに速いひったくり犯に追いつけたし、無力化もできた……つまり隊員なみに活躍できた、ということになるな」
胸元当たりの高さまでゆっくり手を持ち上げる。そして、手のひらを見ながら1つの可能性が頭によぎった。
「俺もこの力使えば隊員なれんじゃね?」
2023/04/02 既に投稿したものですが、個人的に気に入らない名称や表現が一部あったので編集しました




