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とある神使の調査録

『知られぬように~』があんまり辛気臭いので口直しのオマケです。

オマケと言いつつ時代も地域もかなり隔たりがありまして、ずっと古代のメソポタミア的な風土の国の話(出典は『金枝を折りて』)

というか単にご当地ネタなのであれこれ考えずに軽く読んで笑って頂ければ幸いです。

*一枚目


 輝かしき彩紀の世において偉大なるワシュアールの大王にして世界の王たる六彩の御君シェイダール様より命を賜り、臣ファルナーフが畏み記す。御代に栄えあれ。


 王国東南部ディリド湖周辺にて『神使(しんし)』なるものを擁する神殿ありとの風聞につき、実態を調査した。当地において最も威勢ある神殿は天空神アシャを祀っており、祭殿の様式も、参拝あるいは儀式祭礼の数と種類についても、特筆すべきものは無し。

 『神使』とは神殿後背の山林より境内に出入りする獣

 ガジュンという名で山羊や馬の仲間とみられるが、

とりわけ大きな角をもつ一頭が祭殿前におり、これ

のようである。



*二枚目


 ガジュンは平時は全くおとなしく、人を襲うことはない。神殿により保護されてきたため人を恐れず、神殿境内のみならず周辺住民の居住地にも侵入し、■■■

るが、ガジュンを傷つけると罰金を課されるため■■が■■■■

殺した場合にはさらに重罪となるため、運悪く死骸が■■■■■

という実態があるとのこと。




「なんだこれは。肝心のところが読めないじゃないか」

 報告書を受け取ったシェイダールは、顔をしかめて唸った。各地を巡察する『王の耳目』の一人が帰着したとのしらせを受け、すぐ報告をと促せば、差し出されたのは途中で破れたり文字が滲んだりしている紙が数枚。

 御前に罷り越したファルナーフは神妙に頭を垂れて答えた。

「はい。『神使』にやられました」

「やられた?」

「食い破られましてございます」

「食われた!? 紙を!? ……ああそうか、草木紙……」

 素っ頓狂な声を上げてから気付き、シェイダールは紙の端をつまんで汚れた下端を嫌そうに眺めた。つまり滲んでいるのは獣の涎のせいか。

 ファルナーフが眉間に無念を刻んで重々しく答えた。

「現地にて見聞きした事柄を一通りしたため、最後に神殿へ行って協力的な神官に内容を確認させていましたら、『神使』がいつの間にやら忍び寄って背後から……三枚目は全部やつの腹に消えてしまい申した」

「人が手に持っているのを餌だと思ったのか? 神の使いのくせに意地汚いやつだな」

「何をしても人間から脅されることがないからでしょう。帰途、どこかで新しい紙を買って清書することも考えましたが、それよりは先を急いで御君に口頭でお伝えするほうが間違いも少なく、また書記に正しく書き留めてもらえるだろうと判断いたしました」

 経緯を説明したファルナーフが壁際に控える数人の書記を見やると、お任せあれというような目礼を返される。

 シェイダールは破れた紙を横に置き、改めて報告者に向き合った。

「そうだな。で、どうだった?」

「結論としましては、大王様が懸念しておいでだった事柄について、大規模かつ強硬な対処は不要なれども、いささかの介入は必要かと存じます。まず『神使』を理由にして独自の祭礼を催し金品の奉献を要求している事実は、調べた限りにおいては、ございません。また地域住民に対して『神使』のための賦課を強いている様子も確認できず」

「露骨に金を要求してはいないわけか。だがこの罰金というのが曲者だな」

「いかにもご賢察、畏れ入ります。祭殿前にいるひときわ立派な雄が象徴として特に大切に扱われているものの、そこらをうろつくガジュンもすべて『神使』であるという教えであるため、店先の野菜や果物を食われても、ひっぱたくことすら許されません。その現場を見られて神殿に密告されたら、野菜などよりはるかに高い罰金を支払うはめになります。また運悪く自宅の前で死んでいるのが見付かれば、事実おのれは何の関係もなかろうと、『神使』を死なせた罰に贖いと弔いをせねばならず、これもかなりの負担になる模様。住民は互いに密告を警戒しており、このあたりの事情については話を聞き出すのが難しゅうございました。よそ者がふらりと訪れただけでは見えぬ闇でございますな」

「なるほど、そこは改めさせよう。獣を『神使』として扱うこと自体は……まぁやめろと言っても無理だろうしな。俺が乗り込んでその立派な雄を殺すか追い払うかすれば、一時的に効果はあるかもしれないが」

 余計に面倒になるだけだ、と言いたげにシェイダールは肩を竦めた。ファルナーフも頷いて同意する。

「元は野の獣とはいえ、もはや人の生活に溶け込んでおりますから。神の使いであって家畜ではないという理由で、餌を与えることは禁じられておりましたが、それでも人の手にあるものを平気で食べてしまうありさまです。今さらガジュンはただ迷惑な獣にすぎないから追い払え、と言っても、獣のほうは人間の都合が変わったからと理解し従ってはくれませぬ。下手なことをして、今はどうにか彼らを寄せ付けないよう距離を保っている畑や果樹園のほうに群れが移動しでもすれば……」

「まったくだ、目も当てられない。後で具体的な是正内容をまとめて正式な王命を出すから、それを持ってもう一度行ってきてくれ。その時は念のために兵をつけよう」

 シェイダールはやれやれとため息をついてから、書記のほうを振り返った。

「今の話の要点を整理してまとめたら、記録を書庫に納めてくれ。この破れた紙も証拠として一緒に」

 そら、と自ら立って書記のところへ報告書の残骸を持って行く。いつまで経ってもこういうところは王様らしくならない彼に、書記のほうもすっかり慣れて、速記の手をちょっと止めただけで、座ったまま会釈とともに紙片を受け取って預かるというありさまだ。

 ともあれ手渡した時にふと気付き、シェイダールは首を傾げた。

「餌をやるのは禁止されていたのなら、そいつはどうしてこれが植物から作られていて食べられるものだと気付いたんだ?」

 途端に、ずっと無言でそばに控えていた近侍のリッダーシュが吹き出した。シェイダールが胡乱げにそちらを振り返ると、ファルナーフまでが愉しげな気配を隠しきれない顔で咳払いする。

「推測ではございますが」と前置きしていわく「おそらく最初は、粗忽な神官が取り落とすか置き忘れるなどして、ガジュンの前に紙を与えたのでしょう。そしてたまたま、好奇心の強いものが……」

「なるほど。警戒もせず珍しがって食ってみた、と。俺みたいに」

 自分で言って渋面をしたシェイダールに、ファルナーフは急いで言い添える。

「大王様と引き比べるなどあまりにも畏れ多うございます。大王様におかれましては、新奇なもの得体の知れぬものに対して怖じることなく挑まれる勇気のみならず、慎重に相対すべき賢明さを」

「ああ、よせ。前にこいつにも言われたから、わかってる」

 シェイダールは苦笑いになり、笑いを堪えている親友を軽く小突いた。それから気を取り直し、ファルナーフに歩み寄ってぽんと肩を叩く。

「ご苦労だった。次の出発までしばらく骨休めしてくれ」

「もったいない労いのお言葉、身に余る光栄にございます。それではご厚情に甘えて」

 言葉は仰々しいながらも親しみのこもった一礼を返してファルナーフが辞去すると、シェイダールはうんと伸びをした。

「やれやれ。記録文書の素材選びや保管場所についてはずっとあれこれ検討しているが、粘土板の利点がひとつ増えたな。とにかく食われる心配だけは無い」

「少なくともワシュアールにおいては、な。広い世界を探せば、粘土を好んで食す生き物が存在するやもしれぬぞ」

 悪戯っぽく応じたリッダーシュに、シェイダールは「冗談だろ」と言いたげな顔をしたが、次いで自分も面白そうな笑みを浮かべた。

「そうだな、神使とやらはともかく、世界にはきっと俺たちの想像を超える生き物がいるんだろう。そういうものを自由に探しに行けたら楽しいだろうな」

 夢を語る口調に込められているのは、おのれ一人の願望だけではない。

 誰であれ身軽に自由に、何の心配をすることもなく、未知のものを求めて探査行へと赴ける――それほどに世界が満ち足り平和で豊かであるならば、どんなにか。

 口をつぐんだ彼の胸中を思いやってか、リッダーシュが穏やかにささやいた。

「その時は、私も共に行こう」

「もちろん」

 シェイダールは愉快げに応じ、さて、と掌に拳を打ち当てた。

「そのためにも今は、面倒くさいことを片付けないとな。次のやつを呼んでくれ」

 ふたたび玉座に腰掛けて報告者を待つ彼の表情は明るい。頭の痛い厄介な報告ばかり持ち込まれる中に少しは楽しいものがあったことを、親友はもちろん居合わせた書記たちも、幸いに思って微笑んだのだった。



2022.9.15


奈良民あるある…


もちろんこの国にも鹿が生息する地域はありますし、鹿という名詞もありますが、ここではあえて現地固有の名前で記しました。



なおシェイダールの「前にこいつにも言われた」というのは番外編『呪われた土地買います』で、毒見をやめさせたい彼に対してリッダーシュが「おぬしは好奇心の赴くままに迂闊なものを口にしかねん」と言ったからです。犬かな?

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― 新着の感想 ―
[良い点] 人を襲うけものも怖いですが、人に慣れ過ぎたけものも怖いもの。 シェイさまが好奇心のエンジンでぶっ飛ばしていく様子は、各地の王の目にも伝わっているようで笑ってしまいました。色んなとこで見せて…
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