おやすみ
「ねえ、まだ起きてる?」
暗い部屋の中で誰かの声が聞こえた。私は閉じていた目を開ける。窓のある方を見ると隣で横になっていたほたるが体を起こして私の方を向いているのがうっすらと見える。
「起きてるよ」
私は答える。
「起こした?」
ほたるは少し心配そうな声で私に問いかける。
「いや、私も寝てなかった」
夜はたまに寝れないことがある。目を瞑り静かな空間の中で漠然とした不安と恐怖に苛まれるのだ。今日はその日だった。
「なんか眠るのが怖くて」
ほたるがそう言う。ほたるも私と同じ気持ちだったようだ。暗闇で表情はよく分からないがほたるの体が僅かに震えているのを感じた。
「少し話しでもしようか。」
私はほたるに言う。
「うん」
ほたるは小さな声で答える。
「ねえ、私たちが初めて会った時のこと覚えてる?」
ほたるに質問をする。
「うん、君がいきなり話しかけてきたよね。名前は?部活は?何が好きなの?とか質問攻めされた。」
ほたるはそう言ってクスッと笑った。
「そうだったね、それでほたるは下を向いて黙っちゃってなんかその日は変な感じで終わったんだよね」
私も少し笑いながら言う。
「その後も君のこと少し怖かったんだけど、毎日毎日しつこく話しかけてきて、いつの間にか仲良くなってた」
「しつこいとは失礼だな」
2人は声を出して笑った。
「それでもそうやって話しかけてくれなかったら、あの日君が告白してくれたことも、こうやって一緒にいることもなかったんだろうね。」
ほたるは落ち着いた声でそう言った。
「そうだね」
私も静かにそう答える。
ふとほたるがベットのそばにある窓のカーテンを開ける。すると綺麗な満月が見えた。その光が体を起こしているほたるの顔に当たりその表情がはっきりと見えるようになった。月明かりに照らされた表情はとても美しく少し寂しそうな顔をしていた。ほたるはこれから私にさまざまな「ほたる」を見せてくれるだろう。もちろん私以外にも。でも、今この目に映る「ほたる」だけは誰にも見せたくない。そう心の中で強く思った。
「なんか落ち着いてきた」
そう言ったほたるの体は確かにもう震えてはいない。月明かりに照らされた顔もいつのまにかいつもの穏やかな笑顔に戻っている。
「そろそろ寝よっか」
私がそう言うと
「そうだね」
と言ってほたるは布団の中に入る。そして2人で存在を確かめるかのように体を出来るだけ寄せ合う。体温、呼吸、鼓動までもがうっすらと感じ取れるような気がする。安心感からかすぐに眠くなってきたので私は再び目を閉じる。そして小さな声でほたるに言った。
「おやすみ」