【前編】叛逆の“P” 〜沢田視点〜
なんというか、僕、沢田アキヒコの上司は史上稀に見るほどの変人だ。
一人称は「ワシ」だし、耳はなぜか緑だし、みんなと同じように精霊を宿しているようにも見えないし、独自の言語で書いてんのかってくらいコードは雑で見にくいし、仕事はとにかくサボるし...
その人はセラさんっていうんだけど、この国じゃあんまり聞かない名前をしてる。他所の国から亡命でもしてきたのかな?けれど、あの人の隣にいるとどこか心地よくって、今こうして一人、自宅でコードを書いているのが物寂しい。でも、やっぱり迷惑かけられるのは大変だし、もうしばらく家にいよう。なぜオフィスに出て仕事してないのかというと、今流行りの在宅ワークが導入されたからだ。先週晴れて退院となった僕を神原課長が気遣ってくれたのもあるけれど、実は最近この国で猛威を奮っている“P”を懸念してのことだそうだ。
Pーそれは、未知の何か。概念なのか、物質なのか、現象なのか、それは誰にもわからない。
どこにもないけどどこにでもある、それがPというものらしい。精霊と契約して進化した僕たちには、なんとなくわかる。「この世界にPがきた」と。
「きゅいーっ」
僕の感情を読み取ってか、契約精霊のキュルが顔をのぞいてきた。ハムスターの外見をしており、なんとも愛らしい精霊だ。能力は・・・残念ながらまだわからない。この子はとても人見知りで、セラさんの前に姿を現したことはないほどだ。1度くらいは披露した気がするが、とうの昔に忘れ去られていることだろう。
「どうした?Pが怖いのか?」
喉元を撫でると心地良さそうに頭をクネクネさせる。仕事の息抜きに雇うと追加請求がきそうなレベルで可愛い。
「気持ちいいか?よーしよしよし」
グルグルグルグルグルグルグルグル・・・ピクッ。
キュルの動きが止まった、と思いきや、今度は部屋が揺れ動き出した。
ガタガタガタガタ・・・!!!
「な、なんだ!?」
地震のようだけどそうじゃない。地震速報は鳴らないし、家具が落下する様子もない・・・あれ?
どうやら、揺れているのは僕らしかった。いや、僕じゃない。僕の手のひらに乗ったキュルが、高速で縦揺れしているのだ!!!
ズガガガガガガガガ!!!!!
「お”お”お”お”い”い”い”い”い”い”い”キ”ュ”ル”ち”ゃ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”」
振動のせいで舌を噛み切らないように喋るのが精一杯だった。
ピタッ。
またもやキュルが静止する。
やっと止まったぁ〜と安堵するや否や、キュルが急に姿を消し、
ドンドンドンッ!!
窓を思いっきり叩く音。
「今度はなんだ!?」
締め切っていたカーテンを開けるとそこには、セラさんがいた。
「なんじゃとはなんじゃ!人が折角見舞いに来てやったのに、失礼な後輩じゃ、まったく」
「来ていただいたのはうれしいですけど、玄関があるでしょ玄関が。・・・って、ここ3階ですよ?どうやって上がってきたんですか!?」
「そんなもの、気合いじゃ」
「2LポカリとPC持って登るなんて、花山薫でも無理ですよ!!(たぶん)」
精霊とすら未契約のこの人に、一体何ができるのだろう。
「知らん、そんなこと。それよりじゃ!儂渾身のAIがさっき完成したんじゃ!出来立てほやほや、みたいじゃろ?」
どぉ〜れどぉ〜れ、と言わんばかりにノートPCを煽ってくる。
「なら見せてください。ゴミみたいなプログラムなら家から追い出しますよ?」
「かまわんかまわん」
渾身のAIとは、どんなものだろう。早速、プログラムが入っているであろうディレクトリにアクセス、環境を立ち上げてコードを読んでみる。・・・ん?
「セラさん、 1行目で import(導入) してるこの“reverseDPeath”ってどんなモジュール(ザックリ言うと設計図のこと)ですか?僕聞いたことないんですけど」
するとセラさんは困った顔を浮かべる。
「それなぁ、儂にもよぅわからんのじゃ。ねっとさーふぃんしとったら、たまたまあるサイトにそのモジュールが載っとっての。検索かけてみたんじゃが、どこにも見当たらんしそのサイトすら閲覧できんなっとった」
え、それ一発でわかる、怪しいやつじゃん。
「でもの、import してみたらあら不思議!儂の書いたデタラメコードがうまく作動しおったんじゃ!」
あら不思議、とか現実で言うやつ初めて見たわ。
「たしかに、デタラメですね。これでエラーなく動くのがむしろ謎・・・じゃあ、起動してみてもいいですか?」
「いいぞいいぞ!儂イチオシのAIちゃんと、存分に楽しい時間を過ごすが良いぞ!」
声高らかにグッドサイン。なんだか不安だ。
「あれ、そういえばピーコちゃんは一緒じゃないんですか?いつもセラさんにまとわりt、くっついてるのに」
「・・・ピーコちゃん・・・って誰じゃ?」
え?
(後編へ続くッ)