夢(3)
いつもお世話になっております。
次話で序章は完結となります。重い展開が続いて申し訳ないです。
後一話、お付き合い頂けると嬉しいです。
数分後、光希が一階に戻ってきた。その表情はいつもの見慣れている光希のもので、俺も少し冷静に戻る。いつまでもそわそわしているわけにはいかない。
「姉は着替えたら来るそうです!」
「そっか。熱は大丈夫そうなのか?」
「はい!今日の朝にはもう熱はなかったので大丈夫です!」
「良かった。心配だったから安心したよ」
少し沈黙が流れた。何か話そうと思ったが、先ほど見た遺影がフラッシュバックする。こういう時に限って思考をコントロールできない。頭を抱えていると (実際はそんなことしてないが)、光希が口火を切った。
「あの仏壇、母のなんです」
「そう……なのか……」
想像の斜め上の話題で言葉が思うように出ない。この話題は決して彼女の好む話題ではないのに、わざわざ話すのはきっと彼女なりの優しさだ。俺が気になっていても聞けないことを知っているのだ。やはり光希は俺なんかよりよっぽど強く、優しい人間だ。
光希は遺影の方へ目をやり、続けた。
「私が小学六年の時に亡くなったので、もう四年になります」
「それは……辛かったよな」
こういう時にこんな薄っぺらい言葉しかかけてあげられない自分が嫌いだ。
「どうですかね……辛かったのは私よりも姉の方だったかもしれません」
「そうなのか?」
「はい。母が亡くなってから姉は全ての家事をやってくれました。さっき、私ほとんど姉と二人暮らしって言ったじゃないですか?」
「ああ。言ってたな」
「父は海外と取引の多い仕事をしてて、あまり家にいないんですよね。だから、私と姉の二人で生きないといけなかったんです。それでテニスで忙しい私の代わりに、姉は家事を全てやることになったんです」
「そういうことか。それはお姉さんは大変だっただろうな……」
正直なところ、中学一年で勉強以外の義務に追われるのは想像しきれなかった。俺は勉強とテニスに打ち込んでいたし、他の同年代の学生も似たような感じだろう。それ故に、光星さんはその頃から俺や他の人と違ったのだ。
「ですね。だから、私は姉には感謝してもしきれないんです。星合高校も、姉が行っていなかったら絶対行かなかったと思います」.
光希はいつもより真剣に、そしてしっかりと言葉を紡いだ。
「そうか……」
また沈黙が流れた。もう少し俺が他人の心を理解出来たら、彼女に対して正しい言葉をかけてあげられてたのだろうか――いや、そんなことを考えても良い次元にすら俺はいない。自惚れるな。
リビングのドアがカチャッと音を立て開いた。その音に反応し目を向けると、遺影と似た目と鼻をした女の子が立っていた。長い髪をゴムでポニーテールにしていて、どこかいつもとは違う印象を受ける。
「佐々木君。わざわざ来てくれてありがとう」
彼女はそう言うと深くお辞儀した。その姿は熱によるものなのか、か弱く見えた。
「あ、えっと、いや……俺こそ急に押しかけてごめん。体調は大丈夫そう?」
「うん。もう熱は殆どないから、明日は学校行けると思う」
「そっか……それは良かった」
会話が途切れた。彼女とはなかなか会話が続かない。キャッチボールをしていて、ボールを俺から投げることはあっても、彼女からは決してボールは投げてくれない感じだ。俺がもう少し話やすい話題にすれば話は続くのかもしれない。
「光希と俺が知り合いだったって話は聞いた?」
「うん。光希から先週聞いた」
「そっか……」
また会話が途切れた。話題の問題ではなさそうだ。光希はそれを静かに眺めていた。俺はその時、西先生との約束を思い出した。
『彼女と外部を繋ぐ役割を果たしてほしい』
じっくり話せる機会はあまりないし、その真意を今聞くべきだと思った。それに、光希のような信頼できる人間がいる方が心を開いてくれるだろう。
「川勝さん。いや、光星さんは、外の世界に興味があるの?」
少し直接的すぎる気もしたが、これでいいはずだ。きっと表面上の言葉は彼女には届かない。まわりくどい会話の真意をくみ取ることは、内向的人間の得意とすることではないのだ。
「うん。興味はある。ただ、その為にどうしたらいいか分からない」
「そっか……」
「なんの話をしてるの?」
光希は不思議そうに俺と光星さんを見た。それもそのはずだ。話があまりにも抽象的すぎる。
ここは俺が答えるべき場面だ。
「光星さんが変わりたいという話だよ」
光希はまだ納得していないようだったが、構わず俺は光星さんへ語りかけた。
「なんで……そう思ったの?」
「それは……私と母の夢の為に必要だと思ったから」
夢か。これは佐藤さんが言ってたな。
「その夢についてもう少し詳しく聞いてもいい?恥ずかしいとは思うんだけど……」
「……母の夢は私たちが多くの人に愛されること。そして私の夢は、医者になること」
「……なるほど」
なぜ俺には素直に教えてくれたのだろう。考えても分かることではないが、少し気になった。
どちらにしろ、これが彼女の学力を裏付ける理由であり、天才たる所以だ。
俺みたいな高校生で明確な夢を持つ、もしくは持ち続けることは難しいことだ。多くは次の進むべき道しか見えていない。だが彼女は、その先を見ている。それに加えて亡き母の意志。それらが彼女を突き動かす原動力になっている。
それは茨の道だと感じた。例えば何かでつまずいた時、彼女はいったい誰に頼ればいいのだろうか。普通は親友やら、両親に相談するはずだ。だが彼女にその存在はいない。いるのは顔をあまり見せない父親と、一つ下の面倒を見るべき妹だけだ。だから彼女は何があっても一人で進み続けるしかない。
それでも――この不憫すぎる状況を前にしても――合理的判断を下せるのが俺だ。最高に最低で身勝手な人間。だから俺は俺であり続けられるのだと思う。
だが本当にそれでいいのだろうか。なぜか俺の心には迷いが生じていた。
夢など、俺では抱えきれない案件であるかもしれない。ならば今引き返すのが正解ではないのか?今ならまだいつもの変わらない世界へ戻れる。
それでも俺が納得できない理由はなんだ。俺の思考が及ばない領域が、彼女に関わるべきとだと言っている。理屈など全くないが、少なくとも今はそう思っている。思考がまとまらないと俺は何も判断できないのか。
『その思考を補うものとして直観、感覚のどちらかが機能したときは、それに頼ってみるのもいいかもしれない』
なぜか西先生のそんな言葉が頭に浮かんだ。藁にも縋る思いで答えを探していた俺にとっては、彼女の言葉がまるで神のお告げのように聞こえてくる。あの人はどこまで知っているのだ?この状況になることを予測していたのだろうか?そんなはずないが、これだけは確かだ。彼女は生徒の為にならないことはしない。
ならば、俺ができることと言えば、その言葉を信じる以外にない。
「俺が、その夢を手伝ってもいいかな?」
彼女は俺の目を見た。本当の意味でようやく彼女に俺が認識された気がした。
「私は、佐々木君に何もあげられない。だから手伝ってもらうことは不公平だよ」
それは人に頼ることの慣れていない者の言葉だった。だが彼女がこの考えに至るのも無理はない。彼女は四年前からだれにも頼らず一人で生きてきたのだから。
しかし、ここで引くわけにはいかないと思った。心のどこかで、チャンスはこの一回しかない気がしていた。だから後悔しないように、出来るだけ素直に思っていることを伝えた。
「俺も直接光星さんに何かを与えられるわけではないよ。あくまでも手伝いでしかない。何かを掴みとるのはいつだって自分自身なんだ。でも……それでも、申し訳ないと思うなら、対価として君の考えていることを教えて欲しい」
「……私の考えていること?それは、佐々木君が私に与えてくれるものには見合わないと思う」
「そんなことないよ。だって俺も、光星さんと同じなんだよ。君が外の世界に興味があるように、俺も君に興味がある。向いているベクトルが違うだけで、同じだと思わない?」
これで断られたらもうできることはない。俺が思っていることを包み隠さず伝えたつもりだ。それはきっと普段はしないことで、でも彼女という人間と対話するには必要なことだ。
彼女は考え込んだ。今までよりも長く、深く考え込んだ。そして、やがてこう告げた。
「本当に佐々木君はそれでいいの?きっと沢山迷惑をかけることになる」
「いいんだ。これはお互いの為の契約なんだよ。だから負い目を感じる必要はない」
「……そっか。それならば、よろしくお願いします」
彼女はまた深々と頭を下げた。それを見た俺も椅子から立ち上がり、そして頭を下げた。
「こちらこそ、よろしくお願いします」
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