努力/才能(2)
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今回は前回の続きのお話になります。新キャラ登場です。
では、お楽しみください!
俺が今見ている女の子は、間違いなく光希だ。見間違うはずがない。ただ、腑に落ちていない点がある。いったいなぜ彼女はこの学校にいる?
「お前あの子と知り合いなのか?」
俺の呆気にとられた顔を見た山崎が興味津々に尋ねた。
「そうだな……県大会で何度も彼女とは会ってる。それに話したこともあるよ」
「へー!やっぱ上位層にはそういう繋がりもあるもんなんだな!」
「あるっちゃあるかもだけど、あれは別格だぞ。ただ上手いなんて次元で括ってはいけない程にな。正直なところ、この学校にいる理由が分からない」
俺がこんなに驚嘆するのにも理由があった。彼女は俺の知る限り県では負けなし、全国でもトップクラスのテニスプレーヤーだ。故に、各方面から将来を期待されていた選手で、てっきりテニスを専門とする高校に行くものだと思っていた。
コート外が妙に騒がしかったからか、彼女がふとこちらに目を向けた。そして次の瞬間、その顔は驚きに満ちた表情に変わった。
「もしかして……優輝君ですか?」
「おー!久しぶりだな、光希」
「やっぱりそうですよね!お久しぶりです!色々話したいことあったのに、急に大会で会えなくなって寂しかったんですよ?」
「それに関しては申し訳なかった。色々あってな」
やはり俺の勘違いではなかったらしい。こうして話すのも二年ぶりなので、彼女が驚くのも無理はない。
彼女とフェンス越しに会話していると、女子テニス部の部長から知り合いなら打っていかないかと誘われた。思いがけない提案に少しうろたえたが、せっかくなのでその提案に乗ることにした。
「もちろん、お邪魔じゃないなら是非」
そう告げると俺はラケットを持ち、コート内へ入った。周りの男子どもは俺も打ちたいとか騒いでいたが、今回指名されたのは俺だ。すまんな。
「やった~!優輝君と打つの二年ぶりですね!」
「そうだな。色々聞きたいことはあるけど、とりあえず打つか」
「はいっ!」
彼女は左手で敬礼を、右手にはラケットを持ち小走りでコートの奥へ向かった。そしてお互いベースライン上に立ち、ラリーを始めた。
彼女が一球打ち返してきた瞬間、俺は全身に鳥肌が立つのを感じた。たった一球で、彼女がどれだけテニスに情熱を傾けていたかを感じ取れたからだ。ボールの打点に入るフットワーク、構え、フォロースルー、ボールの質、そのどれもが洗練されていた。女子でこのボールを打てる選手は日本でもそうはいないだろう。才能とは、きっと彼女のような人間の為にある。
同時にまた疑問に思った。この実力を持ちながら、なぜこの学校に入ったのだろうか。お世辞にもこの高校はテニスが強いとは言えない。そんなことを考えながら、十分程度ラリーを続けた。
「相変わらず優輝君は上手いですね~!」
彼女はラリーが終わると開口一番で嬉しそうに言った。
「それはこっちのセリフだよ。普通に男子と打ち合えるとか相変わらず凄い技術だ」
「本当ですか~!嬉しいです~」
「色々聞きたいことあるんだけど、部活終わった後時間あるか?」
「もちろんです!」
「そっか。じゃあ校門前で待ってるよ。また後でな」
「はい!」
彼女は再び笑顔で敬礼した。その無邪気な表情は、今日入学した高校一年生の初々しいものだった。この笑顔は絶対にうちの変態部員から守らないといけない。俺はそう固く決意し、女子テニス部の部長の方へと身体を向けた。
「ごめんね、邪魔しちゃって。あいつら連れてすぐ帰るよ」
俺は軽く謝った。実際練習の邪魔しちゃって申し訳ない。
「気にしないで!むしろ彼女の実力が分かって助かったよ。ありがとう」
「そうか。なら良かった」
俺をわざわざ誘ったのはそういうことね。確かにそれが一番確実で手っ取り早い。
光希に軽く手を振って天国から地獄 (男子の下) へ向かった。嫌がる彼らを連れコートへ戻ったが、結局その後の練習は全く捗らなかった。光希についての質問が絶えなかったからだ。ほんとにさっきの集中力はなんだったの……。
***
春の夜は少し肌寒い。ましてや、シーブリーズのような制汗剤を使用する運動部にとっては。だが、このひんやりとした感じは嫌いじゃない。俺は暑いよりかは寒い方が好きだ。
俺は学校のランドマークとなりつつあった、校門近くの大きなメタセコイヤの木の下のベンチに座っていた。控えめなライトで照らされた学校にはあまり生徒が残っておらず、どこか幻想的な雰囲気をまとっていた。この学校の姿を知らないのは勿体ない。部活に所属している人間の特権だな。
そんなことを考えていると、校舎の方から小走りで女の子がこちらへ向かってきた。ショートカットの、引き締まった身体をしている可愛らしい女の子。今度はうちの学校の制服を着ており、彼女は本当にこの学校に入学したのだと感じた。
「ごめんなさい!遅くなりました!」
彼女は少し息を乱しながら言った。
「気にしないでいいよ。俺が勝手に待ってただけだから」
「優輝君は相変わらず優しいですね」
「そんなことないよ。電車通学で合ってた?」
「はい!芦屋なので!」
「じゃあ駅までは一緒だな。とりあえず歩きながら話そっか」
「分かりました!」
彼女はまた敬礼した。それ流行ってるの?と聞きたくなったが、とりあえず可愛いのは間違いないので、言わないことにした。
学校を出て、登校時とは逆に長い下り坂を歩き始めた。下りは下りでしんどい。足が自分の命令に反して勝手に動いていく。
彼女に聞きたいことはいくつかあったが、駅までは十分位だし、とりあえず一番気になることを聞いてみた。
「光希はなんでこの学校に入ったんだ?もっとテニスの強い学校あっただろ?」
「あははは……やっぱりそれ気になりますよねー……」
彼女は苦笑いを浮かべた。もしかしたらあまり触れない方が良かった話題なのかもしれない。確かにわざわざ芦屋から離れた神戸の学校を選んでいるわけだし、何らかの理由があるのは明らかだった。それも、きっと良くない理由なはずだ。もう少し考えればそんなことは分かっただろうに。
「すまん。無理に答えなくていい。ちょっとデリカシーがなさすぎた」
「いや、気にしないでください!大したことじゃないので……」
「そうか……なら良かった……」
間違いなく良くはないけどな。だが発言というものは一回してしまったら取り消せない。よく政治家が発言を撤回しているが、そんなことが可能ならもっといい世の中になっているはずだ。
彼女は再び軽く笑みを浮かべ、少しずつ話し始めた。
「理由はいくつかあるんですけど、一番大きな理由は期待だったと思います」
「期待……か」
「はい。期待から逃げたくなっちゃったんです」
そういうことか。むしろ、そうじゃなきゃこの学校に来る理由は殆どないだろう。
にしても期待ーか。彼女は実際メディアから普通じゃない取り上げ方をされていた。テニスの実力は疑いようもなく本物だが、メディアというのは往々にしてプラスアルファの情報を求めるものだ。彼女の場合はルックスにその要素があった。その為、次世代の美少女アスリートとして度々取り上げられ、その注目度はテニスファンだけではとどまらなかった。
「中三の夏の県大会決勝で、急に身体が言うことを利かなくなったんです。今までそんなことはなかったんですけど、突然。その時は何が起こったのか分からなかったんです。でも、後々考えてみると、私プレッシャーに負けたんだなって……。その場にいる全ての人が私の勝利を確信していたし、私もそう思っていました。でもその試合は負けました。今まで一回も県で負けたことはなかったのに、負けたんです」
「なるほど。そうだったんだな」
彼女はまだ若干十五歳の高校生だ。中三の頃なんて十三か十四歳位のはずだ。きっとそんな子が、そんな大人にまだなりきれてない子が、耐えられる重圧じゃなかったのだ。世の中にはこのように、予期せぬ形で潰れてしまう才能もある。
「けど、テニスは好きなんです。だから、私の名前があまり知られていないテニス部で競技は続けようと思ったんです。それが一つ目の理由です」
「そうか。それなら確かにこの学校はうってつけだな」
思わず大変だったな、と言いかけたが止めた。彼女はそんな同情を求めて話しているわけではない。
「そうなんです!テニス部の先輩方、ほんとに誰も私のこと知らなくて逆にちょっとびっくりしましたけど」
彼女はバツが悪そうに笑った。
「うちは本当に弱小校だからな。無理もない」
俺がそう返すと、いつのまにか駅のロータリーまで来ていた。もうすぐお別れだ。
「あともう一つの理由は、姉がこの学校に通っているからです!」
彼女は続けた。先ほどまでの不安げな表情から一変して、いつもの明るい顔に戻っていた。
「そうなのか?」
「はい!年は二つほど離れてるんですけど、学年は一個上です」
「へー!じゃあ俺と同い年か」
「先輩何組ですか?」
「一組だな」
「えー!特進ですか!?頭いいんですね!」
「お前も特進だろ?」
「あ、そうでした!へへへ」
こういう隙を見せるところもまた可愛い。美和がこの前言っていたが、こういう天然系の女子は男子から人気があるらしい。どこかふわふわしていて守ってあげたくなるから、とか言ってたな。うん、その通りだ。絶対にチャラついたやつには渡したくない。
「どうしたんですか?そんなに見つめられるとさすがに照れます……」
どうやら無意識で彼女のことを直視し続けていたみたいだ。無意識って怖い……。気持ち悪いって思われたらどうしよう……。
「いや、すまん。ちょっと考え事してた」
冷静を全力で装い言った。動揺がバレてなきゃいいけど……。
「そうだったんですね!でも優輝君ならいつでも見つめてもらって大丈夫です!えへへっ」
「光希、それは男子を勘違いさせる言葉ランキング上位に入る言葉だ。だから絶対に男子に言ってはいけません」
「なるほど……。優輝君はやっぱり優しいですね!」
「だからそんなことないって……」
なんか光希といると調子が狂うな。自分の世界を持ってるって意味ではどこかあの子に似てる。
「てか、なんの話してたっけ?」
「あ、そうでしたね!姉の話をしようとしてたんでした!」
「そうだったな。確か同じ学年って話をしてた」
「はい!あと、姉は先輩と同じ一組なんですよ!」
「え、そうなの……?」
ん?ちょっと待て。こいつのことずっと名前でしか呼んだことなかったけど、そういや苗字って……?
「川勝光星って名前です!不思議な巡り合わせってあるもんですね!」
そう告げると彼女は定期を改札機にかざし、駅構内へ入っていった。
「じゃあここでお別れですね!また月曜日ですかね?」
「ああ……気をつけてな」
「はい!またです!」
彼女は敬礼し、階段を下りてホームへと向かった、はずだ。
俺の頭はどうやら一日に許容できる情報の量を超えてしまったようだ。その為、光希を呆然と見つめたが、俺の目にはただ彼女という実体が映っているだけで、この世界に何も意味的な繋がりを感じ取れなくなっていた。
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