外向的人間と内向的人間
初連載、記念すべき1話目です!字数は少し多めなので悪しからず。
プロローグ(第0話)をまだご覧になっていない方は、そちらを読んで頂けるとより楽しめると思います。
驚くべきことに、結構な数の方に読んで頂いてるみたいで恐縮です。
何話かストックがあるので、納得いく出来になりましたら投稿していきます。
今回は導入部分ですが、心理学要素多めでお届けします。
「誰かの為に生きてこそ、人生に価値はある」――天才物理学者アルバート・アインシュタインの言葉。これが正しいか間違っているかなんて俺には分からない。ただ――もしそうだとするなら――俺はいったい誰の為に生きるのだろうか。
***
家から駅へ、一年間ほとんど毎日通っている道を今日も歩く。四月の心地良い風が前髪を揺らし、シャツの柔軟剤のにおいがふわっと鼻を掠める。空の底抜けのない明るさに、自然と心も軽やかになる。いつもよりどこかふわふわしているのは、きっと新学期のせいだ。
***
駅から学校の最寄り駅までは大体三十分。わざわざ離れた神戸の学校に通っていることもあり、同級生でこの駅を利用してるいるのは俺とあと一人だけだ。
「っはー……よ!!」
「うおっ!」
電車を待っていると、後ろから勢いよく肩を掴まれた。振り返ると、ミディアムボブの髪型の女の子が満面の笑みでこちらを見つめていた。そう、こいつがこの駅を利用しているもう一人の同級生、神崎美和。彼女とは小学校からの付き合いで、最も気の知れた友人だ。
「珍しいね、この時間にいるの。今日は部活ないの?」
「そ。今日は始業式だから朝練禁止だってさ」
「なるほどね。どうせ朝練行っても優輝しかいないんだから、行かなくても良さそうなのに」
「まあ、好きでやってることだからいいんだよ」
「くそ真面目でつまんないのー」
「うっせえ」
美和には気を使わなくていいから楽だ。こうして話せる友人は少ないが、いるかいないかでは大きな差がある。感謝しないといけない。
「てか、そういやあんたまた告られたんだって?」
唐突に美和が切り出した。
「なんで美和がそれ知ってんの?ストーキングでもしてたのか?」
「何馬鹿なこと言ってんの?あんたに告白する前に本人から確認されたのよ」
「何を確認?」
「優輝と私が付き合ってないか……だよ。睨まれたりして怖かったんだからね……」
急に甘い声と上目遣いしてきたけど、こいつ何企んでやがる。とりあえず怖いからリスク回避に努めよう。
「それは悪いことしたな。けどこの前俺も知らないやつに同じ質問されたから、これで貸し借りなしってことで」
「チッ」
「え?今舌打ちした?したよね??」
「気のせいよ。私がそんなことするわけないでしょ?」
「美少女の仮面を被ってるお前ならそうかもな」
「何私のこと知った風なこと言ってるの?普通にキモイよ?」
「そういうとこを言ってるんだけどなあ……」
こんな会話をしていると、列車の接近メロディーが鳴った。
***
学校の最寄り駅から学校までは十分ほど坂道を歩く。神戸は坂の多い街として有名だ。最初こそそこに風情を感じていたが、今ではただ俺を苦しめるものでしかない。
俺たちは息を少し切らし、学校に着いた。ここは神戸市立星合高等学校。普通科と特進科があり、特進科の方は神戸市民でなくても通える。
校門前にはクラス替えの張り紙があった。人だかりの中、じっと紙を見つめる。俺と美和は今年も同じクラス (二年一組)だった。とは言っても俺らは特進クラスだから、二つしかクラスはない。だから実際は1/2の確率で同じだったのだ。
「とりあえずクラス行こうぜ」
俺はなぜかキョロキョロしている美和のブレザーの袖を掴み言った。
「うん!なんかちょっと緊張するかも……」
そういうことか。こいつがこういう反応するのは珍しいな。
何せ美和は学校で最もなの知れた人物と言っても過言ではない。整った顔立ち、手入れの行き届いたさらさらな髪、誰とでも分け隔てなく話せるコミュニケーション能力。男子からの人気は絶大で、しょっちゅう告白されてる。だからこいつが挙動不審になってるのは、久々に見た。
「特進はクラス二つしかないんだから、ほぼ全員知ってるだろ?」
「それもそうか……」
それを聞いて安心したのか、今度は俺の腕を掴み、校舎の方へ駆け出した。
「はやくいこっ!」
「だからそう言ってたじゃん……」
***
二階の教室の前に着くと、なんだか俺も少し緊張してきた。知ってる人ばかりとはいっても、環境が変わると何かが違う気がする。先ほどの美和の気持ちが少し分かった。だが、ドアの前で立ち止まるのはあまりにも不自然すぎるので、静かにドアを開けた。
教室に入ると、馴染みの顔が窓際で話していた。心配はどうやら杞憂に代わりそうだ。
「おー!やっと来た!うぃっすー優輝!」
「おせーよ優輝」
元気で小柄な方が緒方涼太、それで落ち着いてるイケメンが山中拓海だ。二人とは去年もクラスが一緒で、簡単に言ってしまえばイツメンというやつだ。
「てか美和もいるじゃん!一緒に来るとかやっぱお前ら付き合ってんの!?」
窓際へ歩みを始めた瞬間、大きな声で涼太が叫んだ。
「いきなり大声で誤解生む発言すんな!」
いや、本当にいらんこと言うな?教室入る時に見えたけど、この前告白してきた子同じクラスにいるんだよ?俺、その子に告白されたって話したよね?
「もう涼太ってば~!後でちょっと二人で話そうか……?」
「あれ……美和さん怒ってます?」
うん。美和の今の顔からすると涼太死んだかもな。少なくとも骨は一本いかれる。自業自得だ。存分に痛めつけられるといい。
「涼太に悪気はないから程ほどにな、美和」
すかさず拓海がフォローする。拓海は優しいなーって思ったけど、よく考えたら程々ならいいのね……。
「しょうがないなー。拓海に免じて腕一本で許してあげる」
やっぱり折るつもりなのか……。
物騒な話をしていると前のドアが開いた。二年一組の担任がゆっくりと教室に入ってきた。
「はいはーい!席ついてー」
彼女は去年も俺の担任だった西先生。現代文の先生で、女子テニス部顧問。多分三十歳行かない位の年だと予想している。彼女は生徒からよく相談を受けていて、非常に人気のある先生だ。あと、話が長い。
「今年皆さんを1年間担当する西です。高校二年は最も悩むことが多い年の一つだと思います。実際、私も高二だった時を思い出してみると、ずっと何かについて悩んでいました。進路のこと、家族のこと、友人のこと、恋愛のこと、部活のこと、その他諸々。きっと壁にぶつかることも多くなると思います。そんな時は遠慮せずに私を頼ってください。きっと助けになってあげられるはずです」
「西先生も恋愛で悩んだりしたんですかー??」
涼太が口を挟んだ。こういうことを臆せず聞けるのがこいつの良い所だ。
「そりゃ悩んだよ。高二なんて青春と呼称される時期の中心だしね。けどこれ以上話すると止まらなくなっちゃうから、これについてはまた今度ね」
「はーい!」
「小学生みたいな返事だな」
俺がそんなことを口にすると、クラスメートがくすくすと笑った。
「はい静かにー。今からちょっと大事なこと決めるから」
西先生はそう言いながら黒板に文字を書いた。
委員長:二人
「去年もそうだったから分かってると思うけど、この後すぐに身体測定です。その時全員の記録カードを回収してもらうので、先に委員長二人を決めます。カード集めやすいように出来れば男女一人ずつでお願いします。じゃあ早速、立候補いますか?」
沈黙が流れる。そりゃそうだ。実際内申点がちょっと上がるくらいだし、やりたい人がいなくても仕方がない。特進クラスはほとんど皆一般入試を受ける。
「いないかー……じゃあしょうがないから推薦でもオッケーにします!」
「はーい!優輝がいいと思いまーす!」
涼太が元気よく言う。
「俺も賛成」
拓海が追従した。
それに呼応するようにクラス全体がそれがいいという雰囲気になる。こいつら上手く逃げたな。こういう空気になるともうどうしようもない。
「じゃあ、俺やります」
「悪いな佐々木。でもなぜかこうなる気がしてたよ」
西先生が言った。
「いいですよ。その代わりいい成績下さいね?」
「どうせいい成績取るから関係ないでしょ?」
「何があるかわからないですから、保険です」
「どこまでもしたたかだね、君は……」
呆れたように彼女は言った。
「じゃああと一人、女子で誰かいないかな?」
「美和でいいじゃん!」
クラスの後ろの方からそんな声がした。そしてクラスの女子がそれに賛同する反応を示していた。俺と美和が仲の良いことは大体の特進の生徒は知っている。
しかし、まずいな。これで仮に美和になったらまた誤解が深まる。ただでさえ既にそういう噂があるくらいなんだ。俺は良いとして、美和にも迷惑をかけることになってしまう。それは出来れば避けたい。
頭の中でどうすべきか考えていると、美和がこんなことを提案した。
「優輝の成績は学年二位だからー、私は学年一位の川勝さんがいいと思うな!」
そう来たか。一応筋は通っている。川勝光星さんは入学して以来全ての定期テストで一位を取り続けている「天才」だ。彼女がいる限り俺は一位を取ることが出来ない。
「確かに!さっすが美和!」
すかさず涼太が反応した。さてはこいつ、美和を褒めてさっきの発言を許してもらうつもりだな?残念だったな。あいつは根に持つタイプだ。
ただ、どちらにしろこうなるとクラス内の空気は一変する。一気に美和が委員長をやる雰囲気は消えた。発言力があるやつが言うことはどこか説得力があるもんだ。
しかし、美和のやつ相変わらず空気を操るのが上手いな。周りの環境に対する洞察力が鋭すぎて、たまに怖くなるくらいだ。
「川勝はそれでも問題なさそう?」
「はい。私はそれでも問題ないです」
彼女は微笑んで承諾した。俺は何故かその表情に違和感を覚えた。
「じゃあ、佐々木と川勝はクラス委員長として励んでくださいね。さっそくですが記録用紙の配布と保健室までの先導及び点呼、よろしくお願いします。」
「了解でーす」
「はい。分かりました」
「川勝さん一年間よろしくね~!」
「こちらこそ、よろしく」
そう言うと、彼女はまた微笑んだ。それはどこまでも美しく――しかし感情の見えない笑みだった。
***
一階にある保健室に着くと、男女別々に検診を行った (別々とは言っても隣の部屋ではあるが)。始業式の前に身体測定を行うのはうちの学校の伝統らしいが、正直意味が分からない。星合高校の七不思議の一つだ。
自分の番になるのを待っていると後ろから声がした。
「なー優輝よ」
涼太が話しかけてきた。この口調の場合、恐らくはくだらない話だ。
「どうした?」
「川勝さんってさ、美人だよな」
「いきなりどうした。委員長変わって欲しいのか?」
「なわけあるか。ただ美和といい川勝さんといい、お前の周りに可愛い子が集まるのは解せん」
うん、予想通りくだらない話だった。涼太は期待を裏切らない。
「それに関しては俺も同感だ」
「おいおい、拓海までかよ……」
「だってずるいじゃん!どうせ隠れて美和のEカップのおっぱい揉んでるんだろ!!」
涼太がまた意味の分からないことを言い出した。
「声でかいわボケ!美和に聞かれてたらお前今度こそ死ぬぞ?」
「それは本当に勘弁してくれ……」
「川勝さんは……Cはありそうよな」
拓海が考える仕草をしながら言った。
「拓海がこいつに乗っかったら俺はもうどうしようもないぞ?」
「すまんすまん。たまにはこっち側に回って違う思考を体験してみたかった」
にしても拓海がツッコミに回ってくれないとこんなに苦労するのか……。
「まー優輝がおっぱい揉んでる話はいいとして」
「誤解生む発言辞めて!!」
振り返ると列になって並んでる男子から殺意のこもった目を向けられていた。俺も涼太のように殺されるのかもしれない。
「正直美和と川勝さんは、両対極にいるよな」
拓海は淡々と話を続けた。
こいつにはこういう所がある。最初は無口なやつだと感じていたが、親しくなるにつれて、常に何かを分析しているだけだということに気付いた。たまに何考えてるのか分からなくて、不安になることはあるが。
「確かに、ちょっと分かる気がする」
「そうかー?どっちも可愛いからむしろ似てるだろ!でも確かにおっぱいは違うか……」
「とりあえず涼太は一旦黙れ」
ナイスツッコミだ拓海。
「美和は誰とでも仲良くなるし、積極的に対人関係を築くタイプ。で、川勝さんは美和ほど積極的に誰かと話してるとこは見ない。こんな感じか?」
「さすが学年二位。しっかり言いたいことを分かってくれる。つまり美和が光だとしたら川勝さんは影ってことだ。ただ、どっちも男子人気があるのは間違いないな。もっとも、川勝さんの場合は隠れファンが多いみたいだが」
「そうなのか?」
確かに、彼女ほどの美人は学校ではあまり見かけない。そしてその落ち着いた性格と学年一位というステータスも相まって、近づきづらいということなのだろう。
「まーなんにせよ、優輝は一旦骨でも折られてこいってことだ」
「話の着地点おかしくない!?」
「おい、優輝呼ばれてるぞ」
涼太が小声で伝えてくれた。こういう時は小声なのね。
ありがとう、と返し医師の下へ向かう。
検診の間、どうしても彼女の微笑みが網膜に焼き付いて離れなかった。
***
教室に戻り、始業式、HR (ホームルーム)を終え、放課後になると俺は職員室の前にいた。西先生に呼び出されていたのだ。
「悪いね、部活前に。なんで呼び出されたか分かる?」
「全く見当がつかないですね。何かやらかしましたか?」
「君にも分からないことはあるんだね」
彼女は何故か嬉しそうに言った。
「俺を買い被り過ぎですよ。分かってることなんてほとんどないですよ」
「無知の知、だね。それだけでも君は十分この世界のことを分かってるよ。ここで長時間話すのもなんだし、教室に行こっか」
「分かりました」
そうして新学期でどこかせわしない職員室を出て、教室へ向かった。
***
教室はもぬけの殻だった。そこにあるはずのものがないようで、違和感と共にどこか寂しさを感じた。
西先生は教室に入り教卓に腰をあずけ、もたれるとこちらを向いた。
「私たち二人しかいないようだね。ドキドキしてる?」
「先生が後十歳若かったらそうかもしれないですね」
実際ちょっとドキッとしたが、そんなことが言えるはずもなかったので適当に流した。
「ん?先生がなんて?」
「いえ!なんでもありません!」
彼女は今朝の美和みたいな顔をしていた。年齢の話をしたのはまずかったな。
「まーいいでしょう。今日は君に頼みたいことがあって呼んだの」
「頼み……ですか?」
「そう。君にしか出来ない頼み」
先生からこのような話をされるのは初めてで、どこか胸騒ぎを覚えた。
「でもね、本題から入ると君はなんでこんなことを頼まれているかをきっと疑問に思う。だからまずは特別授業をしようと思う」
「――特別授業?」
その突拍子のない発案にたじろいだが、彼女はそんなことは意に介さず話を続ける。
「とにかくこの授業は強制ね。頼み云々にしても、君にはこの話をしておきたい」
「そういうことなら、まあ。それで、何についての授業ですか?」
「今日はね、ユングの心理学についての授業をします」
「現代文じゃなくて心理学ですか?先生は心理学についても詳しいんですか?」
「そうだね。心理学は意外にも教育と深く結びついてるんだよ。ヴィゴツキーとかピアジェとかは特に。だから、心理学を知っておくとより良い教師になれると個人的には感じてる」
「教師の鑑ですね」
「まあ、本当は元カレの浮気を見破る為に勉強したんだけどね」
「さっきの発言撤回します」
何さらっと怖いこと言ってるんだこの人。彼氏さん大丈夫だったのかな?
「そんなことは終わったことだし、どうでもいいの。早速始めましょう」
終わったって彼氏さん殺されてないよね?ちょっと心配。
俺は彼女の前を離れて、教卓の目の前の席に腰かけた。座ったのを確認すると、西先生はいつもの授業ように話を始めた。
「じゃあまず質問です。この世の人間を二つに分類するとしたら君ならどう分ける?」
「いきなりですね……男女とかじゃなくてですか?」
「人間を一つの全体、まとまりとして捉えて欲しいかな。だから、性差はなしで考えてみて」
なかなか難しい質問だと感じた。人間なんて皆違うし、それを二つに分類するなんて言うのは傲慢だと思った。だが、問われている以上、答える義務がある。
「才能のある人間と才能のない人間ですかね」
これは俺がいつも感じていることだ。この世には何か特別な「才能」を持っているやつは少なからずいる。
「あはははははは。さすが佐々木だね。その答えは全く予想してなかったよ。君らしくていいね。ふふっ」
彼女は涙目になりながら笑っていた。なんか凄い恥ずかしいんだけど。
彼女は大きく息を吐き気を取り直した。
「君の答えも間違いではないよ。そもそも、どんな答えだって間違いとは言えないんだ。人間を二つに分類するなんて抽象的な問題に正解はあってはいけない。ただ、ユングの場合は外向的人間と内向的人間に区別した」
「外向的人間と内向的人間ですか?」
「そう。外向的人間とはつまり自分ではなく外側の世界に意識が向いている状態の人間、内向的人間は反対に自分の世界に意識が向いている状態の人間のこと」
なるほど。ユングはそういうタイプに分けて考えたのか。面白い分類だし、理解も出来る。
「君はどちらの人間が優れていると思う?」
「優れている……ですか?どちらも等しく人間であるし、あくまでそれは個性の話なわけで優劣はないと思いますけど……」
「君ならそう言ってくれると信じてたよ。君の言う通り、二つのタイプに本来優劣はない。だが、この世界、もしくは社会と言った方がいいだろうか、では外向的人間が好まれる傾向にある。理由は分かる?」
「意識が自分以外に向いてるってことは、他人のことを尊重出来る。だからでしょうか?」
「そんな感じだね。社交的で交友関係が広く、多くのことに興味を持つ。適応能力が高いということだよ、要するに。内向的人間は対して自分の世界の中で物事が展開されていく。だから、自己中心的、変人とかのレッテルが貼られやすい」
教育に結び付いてるってのはあながち嘘じゃないようだ。俺は教師が恐らく内向的と呼ばれる生徒に対して、無理に何かを強いている場面を何度も見た。
「ここで、内向的人間は絶対に自身にしか興味がないというわけではないこと、そして必ずしも一人でいることを好むわけではないということは理解して欲しい。彼らは深く物事を考えられる傾向にあるから、外向的人間が考えつかないようなことを思いついたりする。が、それを発揮するのは親しい関係の人の前だけだ。アインシュタインのような天才は、間違いなくこっち側の人間だね」
理解はできるが、どこか腑に落ちない点があった。俺はそれを尋ねた。
「確かに二つに分類したらそうなのかもしれません。でも全員がどっちかに当てはまることはないと思いますけど」
「いい所に気が付いたね。確かに、どちらの要素も持っている人間は多くいる。けどユングは、日々の生活で必ず少しはどちらかの傾向が現れるとしている。実際、内向的人間でも集団に属する人がほとんどだね。その方が生きて行くのが楽に見えるから。ただ、そういう自分のタイプと異なることをすると疲労が大きくなると彼は言った」
「なるほど。少なからずどっちかに分類される、というのは間違いとは言えなさそうですね」
「普通に生きてたらこんなことは考えもしないだろうけどね。そういう理論を知っているか知っていないかは生活において案外大切だったりするよ」
「そうですね。自分もそう思います」
こういう授業ならもっと皆もっと真剣に聞くんじゃないのか、と思った。大学だけじゃなくて高校にも心理学の授業があればいいのに。
「君は、自分をどっちのタイプだと思う?」
「うーん……どちらかと言うと外向的人間に分類されると思います」
「私もそう思うよ。けど君は恐らく、このクラスで一番その中間に近い人間であるとも感じる。君は自分の考えをしっかり持っているように見えるからね。どうかな?」
「確かに……言われてみるとそうかもしれないです」
生徒によく相談されているとは聞いていたが、その理由が今分かった。この人は心理学を利用して相手のことをよく「理解」している。改めて凄い先生だと思った。
「ここでようやく本題。これは神崎や緒方のような外向的人間、山中のような内向的人間にはっきり分類されるような者には頼めない。君のような、どちらの要素を持っている人間にしか頼めないんだ」
さらっと俺の交友関係を理解してるあたりにも、その観察力が感じられる。
「はい」
唾をごくりと飲み込み、背筋を伸ばして身構えた。
「君は……川勝光星という人間についてどう思う?」
ここで川勝さんの話題と言うことは、彼女に関しての頼みということなんだろう。
「頭が良くて、底が知れない人だと感じました。もっとも、今日初めて話しましたけど」
あとは美人ということも。ここで言う必要はないと感じたから言わなかったが。
「そうだね。彼女は私も驚くほど頭がいい。そして同時に内向的人間でもある。ただ、特定の親しい友人がいるわけではない」
なるほど。大体話が読めたぞ。
「それはつまり、彼女と親しい友人になって欲しいということでしょうか?」
「ええ。それが一つ目のお願い。もう一つは、彼女を外部と繋ぐパイプ的な役割をして欲しい」
「一つ目は理解出来ますが、二つ目が分かりません。内向的人間を無理に外部と繋ぐのはあまりいい手だとは思えませんが……」
「そうだね。でも、これは彼女の為になっている。いずれ理解出来ると思うけど、私から詳しい理由は言えないんだ。フェアじゃなくて申し訳ない」
「そうですか……」
「彼女の思考はただ外部の世界に意識が向いている人間には理解出来ないかもしれないけど、内向的な要素を少なからず持ち、理解を示すことの出来る君なら助けになれるかもしれない。そして同時に、外部とのパイプを持つのは君だけだと感じる」
「なるほど」
「どうかな?もちろん無理は承知の上だから、断ってくれても構わない」
少し考えた。これはそもそも自分の手に負えることなだろうか。途中で投げ出すのは俺の流儀に反する。だから安易に答えは出すべきではない。
ただ、彼女に興味があったのは事実だった。どれだけ勉強を頑張っても追いつくことの出来ない彼女は、一体どのようなことを考えているのか。そして何よりあの微笑みを、まるで一眼レフで撮影した写真のように鮮明に記憶していた。その裏にある感情は何だったのだろうか。それを知りたいと感じている自分がいた。その労力と好奇心を天秤にかけた時、驚くべきことに好奇心が俺の中で優っていた。ならば、もう答えは決まっている。
「気になる点は多いですが、やってみます」
「ありがとう。君ならそう言ってくれると信じてたよ。困ったことがあったら、何でも相談してね」
「ありがとうございます。また心理学について教えて下さい。面白かったので」
「そう?こんなことでいいのならいつでもしてあげるよ」
彼女は優しい微笑みを浮かべた。川勝さんと違い、その微笑みからは安堵の感情を読み取ることが出来た。
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