EP64 生まれ変わったら
マルテスはセルエスの手を掴むと、部屋の中に引っ張り、すぐさま扉を閉めた。
「どうしてここが分かった?シルフに教えられたのか?」
「シルフが教えてくれたのは組織の存在と、それにアイツが加担したってことだけだ」
「じゃあどうやって?」
「どこかに専用の部屋があるはずだと踏んで壁を全て調べた。他にも怪しい箇所をいくつかな」
「壁って、この坑道中のか?」
マルテスが問うた。
「ああ。おかげで時間がかかったけどな」
トートとマルテスの視線はムルチナに注がれた。二人は目で「どうする?」と言っていた。
「協力者は大歓迎だ。それに君はさぞかし優秀と見える。活躍に期待するよ」
「ああ。任せろ。で、暴動はいつ起こすんだ?」
「そう慌てるなってセルエス。まずは座りたまえ」
三人はシルフの時と同じようにセルエスを囲むように座った。
「俺達が行っているのは暴動じゃない。平等を求める為の革命だ」
「いつ革命を起こすのかと聞いたな、セルエス」
ムルチナは口を開いた。
「ああ」
「一ヶ月後、王議会がこの星に視察団を派遣するらしいという情報が上がった。起こすなら、その日だ」
「一ヶ月後?」
「そうだ。確かに待ち遠しいと思うかもしれないが、これは今までの革命が繋いできた結果なんだ」
「この星でのストライキを警戒しての視察団派遣だからな」
「議会の連中はカルス石採掘の効率のために俺達秘密奴隷の存在を黙認してやがる。だから思い知らせてやるんだ。視察団の奴らの目の前でな」
「ということは、今までの革命は視察団を呼び込む為の餌か?」
「そういうことだ。だから革命の地には最大規模の坑道が広がるこの場所が選ばれた」
「その日まで、解放同盟は何をするんだ?」
「人を集めろ、セルエス。出来次第では、四つめの席を用意してやろう」
「分かった。きっと失望はさせない」
室内は再び三人のみになった。
「それにしてもあのセルエスとかいう奴、信用して大丈夫なのか?視察団の件は俺達しか知らない機密事項だろう?」
「そうだよ。もしも誰かに漏らして看守の耳にでも革命の話が入ってみろ、今までの全てが台無しになるぞ」
「マルテス、トート、落ち着け。奴なら大丈夫だろう」
「何故そう言い切れる?」
「今まで色々な人間を見てきたが、奴の目は異常者のそれだ。完全に自分の願いに支配されている。だがそういう人間こそ扱いやすい。その願いを利用すればいいだけだからな」
「まぁ、そうか。奴もどうせ使い捨てだしな」
カンカンカンカン
坑道中に終業の鐘の音が鳴り響いた。
全身真っ黒になったシルフはまず風呂に向かう。今日は週に一度の洗濯の日だった。
僕の服は一体誰が洗うのだろう。そう考えながら服を預けた。従わなければならないそういう規則なだけで、シルフだって毎日でも洗濯してほしいと思っている。
『シルフがそうして欲しいなら、私が毎日洗ってあげようか?』
本当に言われたかも覚えていない言葉が脳で反芻される。声の主はもちろん…。
シルフは相変わらず小さい固形石鹸を泡立てる。そしてその泡で全身を包んだ。こんな邪念も、汚れとともに洗い流してしまいたい。そう思いかけた瞬間、シルフはホースの水を止めた。
風呂の次は飯の時間である。食堂で受け取り列の最後尾に並んだ時、食事を受け取るセルエスの姿を見つけた。シルフは反射的に目を逸らした。セルエスに殴られたあの日から、二人は一度も口を聞いていない。いつもの丘にもセルエスは来なくなった。
今日は肉の日でもあった。毎日無愛想な給仕係から肉の皿を追加で受け取る。
『はい、ちょっとだけ量増やしておいたからね。皆には内緒だよ』
いつだか、そんなことを言われた気がした。だがそんなことを言ってくれる人はもう…。
「…はぁ」
シルフは長テーブルの空いていた席に着き、芋粥を一気に飲み干すと真っ赤な肉の乗った皿を見つめて息を吐いた。
「シルフ、最近暗くないか?前は肉の日にゃ小躍りでもしていたじゃないか」
たまたま隣の席に座っていた同僚の男に話しかけられた。
「そうだったけかな」
「…その肉、食わないのか?」
隣の男は卑しくもそんなことを聞いてきた。シルフは無言で肉にかぶりついた。途中でシルフは咀嚼する口を止めた。何かがおかしかった。肉の味が全く感じられなかった。シルフは喉奥から何かが込み上げてくるのを感じた。生暖かくドロドロとしたそれをなんとか飲み込んだシルフは皿から手を離した。
その後、シルフはいつもの丘に寝そべり一人星空を眺めていた。結局残りの肉は同僚の男にくれてやった。男は無神経にもガツガツ食べていた。シルフはその様子を尻目に食堂を後にしてここに来た。
「どうして君のことばかり思い出してしまうんだ、ルカ。ごめんよ」
――――――――――――――――――――
「なぁセルエス、最近シルフはどうなんだ?また協力してくれるとこちらとしても助かるんだけどな」
ある晩、マルテスはセルエスに尋ねた。
「シルフですか。アイツは多分もうここには来ませんよ」
「どうしてだ?」
「アイツは昔から中途半端な奴だったんですよ。だから俺は嫌いだった。きっと今も、大切な友達が殺されたのに一人でうじうじしているんですよ。革命に協力するなんて、奴には初めから無理な話だったんですよ」
「そうか。友達のお前がそう言うなら、きっとそうなんだろうな」
カンカンカンカン
その日もシルフはツルハシを振り下ろしていた。
「シルフ!こっちに爆薬を持ってきてくれ」
「…はい」
シルフは坑道の外れにある爆薬庫に向かった。道中、何やら嫌な予感がした。思い返せば秘密奴隷解放同盟なんてものに協力していなければ規則に違反することもなかった。そう思った。だが、半分脅されてはいたが、協力を申し出たのはシルフ自身だった。そのことがシルフを苦しめた。自分の行動が、結果としてルカの命を奪った。
ルカは死んだ。例え事実でないにしても、シルフの中では真実であった。自分がルカを殺したことも。
恐る恐る建物の裏を覗くも、そこには誰もいなかった。
シルフはほっとして爆薬を抱えて戻った。
倉庫にある爆薬の量が、明らかに減っていることに気が付かない程、シルフの心は擦り切れていた。
――――――――――――――――――――
その日、いつもの朝礼の中で一人の看守が妙なことを言い出した。
「明日は君たち全員に休暇を与える。日々の疲れを存分に癒やし給え。その代わり、何人とも寮からの外出を固く禁ずる。それでは今日も一日頑張っていこう。作業開始だ」
「「「はい」」」
坑道に向かう男たちは互いに目で合図を送り合っていた。常にうつむいているシルフには分からないことであったのだが。
カンカンカンカン
終業の鐘の音。その日の仕事も何事もなく終わった。シルフは風呂に入り、飯を食い、いつもの丘で寝転んだ。
カンカンカンカン
また鐘の音が遠くで聞こえた。就寝時間である。シルフは寮に戻った。
そして狭苦しい自分の部屋に入った時、初めてシルフは異変に気づいた。部屋には誰もいなかったのである。
シルフはふと、いつだかに協力した解放同盟の三人が言っていた革命のことを思い出した。
シルフは寮を抜け出し、丘に戻った。誰もいないということは、監視の目は無いということだろう。だったらどこに行こうが問題は無い。シルフはそう思った。再び丘に寝転び、星を見つめる。
「今日は月が出てないね。皆もどこかに行っちゃったよ。きっとあの隠し部屋だろうな。でもあそこ狭かったし、奥の扉の先に広間でもあるのかな。少しの間に何もかも変わっちゃったよ。最初の変化は、君がいなくなったことかな。…変わらないものはこの星空くらいだね。…ルカ…」
シルフは手を伸ばすも、それは届くはずもなかった。
――――――――――――――――――――
秘密奴隷解放同盟メンバーの前に四人の男が並んだ。リーダーのムルチナが口を開く。
「集まってくれてありがとう。同士諸君、明日は偉大な日として後世に語り継がれるだろう。全ての奴隷への平等な救済、革命の日として。それでは作戦の概要を説明する。トート」
「はい。予定では、王議会高官テロスは明日の午前15時にここに到着する。そして同30分、施設内の視察を開始。我々の行動開始はテロスが坑道に入ったことを確認した後だ。第一接触、つまり行動開始の合図はセルエスに任せた。同志諸君は彼の行動に続き、革命を開始してもらいたい」
トートの次にマルテスが口を開く。
「革命時の注意事項についてだが、絶対に高官のテロスに危害を加えてはならない。彼の目に惨状を焼き付けさせ、重要な証言として我々の武器になってもらう為だ。ここは慎重にならなければならない。十分注意するように」
「確認事項は以上だ。明日に備え各自休みを取ってもらいたい。寮に戻るときは看守に十分注意するように。それでは、我らに平等を」
「「「我らに平等を」」」
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十何年も毎日同じ時間に起きていると、まだ寝ていてもいいと言われても起きてしまうものであり、シルフはいつも通りの時間に目を覚ましてしまった。
「お前ら、何してるんだ?」
目を擦りながら体を起こすと、同じ部屋の連中がなにやら身支度をしていた。
「今日は仕事ないよな…。それに寮から出ちゃいけないはずじゃ…?」
「悪く思うなよ」
シルフは男の一人に殴られた。そして再び眠りについた。
「リーダー、これ、手土産です。どうしましょうか」
男はムルチナにシルフを手渡す。
「シルフじゃないか!」
「支度途中を見られてしまって、仕方なく連れてきました」
「わかった。身柄は私が引き取ろう。君は持ち場についてくれ」
「はっ。我らに平等を」
「ああ。我らに平等を」
シルフと同室の男は例の隠し扉から部屋を後にした。
「さてと」
ムルチナはシルフの頬を小刻みに叩いた。
「シルフ、起きろ」
「…あれ…ムルチナ…さん…?」
「久しぶりだな、シルフ。今日は革命の日だ。これも何かの縁だな。俺に着いて来い」
「断ったら?」
「お前が一番良くわかっているだろ?」
「はぁ…」
ムルチナは部屋の奥の二つの扉のうちの左の扉の中へと入っていった。渋々シルフも続いた。
扉の奥には長い通路があった。分岐がいくつもある。隠し通路だろうか。
「どうしてあれ以来会いに来てくれなかったんだ?」
ムルチナは歩きながら喋りだした。
「やはり、友達が死んだからか?」
「…知っているんですか、殺された女奴隷が誰なのか」
「ああ。君の友人のルカだよ」
シルフは先程男から受けた痛みに近いものを感じた。
「それが自分のせいだと感じるから辛いのだろう?分かるよ。」
「え?」
「俺も始めは、友を殺すのが辛かった。自分が生き残るためだとしても、いつも罪の意識があった。だがなシルフ、こう考えるんだ。君の友のルカは、救われたんだ」
シルフは背筋がゾワッとした。
「…は?」
「救い。救済だよ。俺達をこき使うだけの奴らの為だけに生かされるこんなクソみたいな世界からシルフ、君が助け出してやったんだ。君はよくやった。偉いよシルフ」
「……まさか…革命って…あんたらの言う平等って…」
「何に生まれるかは人それぞれだけどね、死は平等なんだよ」
「違う…嫌だ…」
後退りするシルフだが、何かにぶつかった。
「生きることは苦痛だろ?シルフ」
「トートさん…」
シルフは腕をムルチナに掴まれた。
「着いたぞ。特等席だ。共に革命の始まりをこの目に焼き付けよう」
ムルチナは道の脇にある扉を開け、中に入った。シルフもトートに押し込まれる。
三人の目下では、王議会高官のテロスが、二人の付き添いと、三人の看守と共に歩いていた。
「ピッタリだ」
パァン
坑道に鳴り響く発砲音。ルカを殺した看守が倒れた。一同の前に、セルエスが飛び出す。その手には、着火済みの爆薬が握られていた。
「あははははは!ルカの敵だ!!!」
セルエスは爆薬を投げつけた。
ドオオオオオオオオオオオン
爆風によりシルフは後方に吹き飛ばされた。
「はははっ!セルエスのヤツやりやがった!テロスごとおじゃんだ!」
ムルチナは興奮気味にそう言った。
「革命の始まりだよ。シルフ。共に死のう!」
ムルチナは振り返り、シルフに拳銃を向けた。
「ふざけんな!僕は死にたくない!巻き込まないでくれ!死にたいなら、勝手に死ねよ!」
シルフは吐き捨てた。
「そうか。残念だ。では君には苦痛を与えよう。最後の任務だ。生きた証言としてこの地獄を訴えてみろ」
パァン、パァン
ムルチナとトートは互いを撃ち合い死んだ。二人共、その死に顔は笑っていた。
シルフは隠し通路に出た。立て続けに爆発音が聞こえた。頭がおかしくなりそうだと思った。
断線したのか、通路内のランプが消えていた。これでは右も左も分からなかった。シルフは進んで左の扉に入ったことを思い出した。つまり右に進めば戻ってしまう。シルフは逃げるように左に走った。
その間にも、爆発の衝撃はやまなかった。シルフは両耳を塞いだ。
「あっ」
そして何かに躓いて転んだ。暗闇の中、手の感覚を頼りに壁伝いに立ち上がる。シルフは気づいた。壁だと思って手をかけていたのは扉だった。
手探りで取っ手を探す。見つけた。シルフは扉の中へ入った。
そこは坑道であったが、幸いランプが点いていた。おおよその位置も把握できた。シルフは出口の方向へと走った。
ドオオオオオオオオオオオン
途中、近くで爆発音が聞こえた。シルフは三差路に出た。出口に向かうならここを左である。
「シルフ!」
しかし、その先にはセルエスがいた。シルフは仕方なく右に走った。その先では、崩落で道が塞がっていた。
シルフは立ち止まった。
「はぁ、はぁ、はぁ。クソ…」
「追いついたぞ」
セルエスの声を聞き、振り返った。
「こうして話すのも、あの日以来だな」
セルエスは銃口をシルフに向けた。
「ごめんな、シルフ。俺はルカを失った事実を受け入れきれなくて、お前に冷たく当たっちまった。悲しいのはお前も同じなのにな、シルフ」
セルエスは謝罪と哀れみの眼差しをシルフに向けた。
「やめろ」
「もう悲しむことも、苦しむこともない」
「やめろ…」
「一緒にルカのいる場所へ行こう」
「やめろ…!」
パァン
シルフの胸に穴が空いた。
「ぐぷっ」
血が口から溢れ出した。足がふらつき、壁に背を付け、ズルズル背中を擦りながら座り込む。
セルエスは自らのこめかみに銃口を突きつけた。そして満面の笑みをシルフに向けた。
パァン
セルエスは引き金を引いた。頭から血を吹き散らして倒れた。
シルフの両目から涙が零れ落ちた。
『ねぇ、生まれ変われるなら何になりたい…?』
シルフはルカの声を聞いた。
「…自由になりたい」
ドオオオオオオオオオオオン
辺り一帯が爆発により吹き飛んだ。
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後日、視察団の異変を確認し、惑星ウルチモのカルス石採掘坑道に宇宙警察が乗り込み、初めて事態の全貌が外部の目にさらされた。そこにあったものは、崩落し元の面影もない坑道の姿であった。
王議会はこの事件を受け、人権適用外労働用生命体、通称秘密奴隷の存在を認め、彼らの保護と、今まで彼らを使用していた者への罰則を定めた。
そして王は議会の対策の決定後に秘密奴隷に対し謝罪を行った。それは初孫アロンの顔を目にし、王位継承を控えた当時の王の最後の仕事となった。
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惑星カアスにて。
宮殿の廊下を歩く二人のモナードヴェンがいた。
「聞いたか、議会の決定を。人工生命体を使用する者に罰則だとよ」
「じゃあどうするんだろうな、マルヴェンキントとスラーヴォとレムリアン」
「レムリアン?」
「ほら、あれだよ。テラエに置いてきた奴ら」
「ああ。あれか。まぁ、全部まとめて存在ごと消すだろうな」
「そうだろうな。わざわざ罰則受けるなんて馬鹿なことはしないだろ」
そして一人のスラーヴォとすれ違った。スラーヴォは頭を下げたままその場を動かなかった。これがモナードヴェンに対する奴隷の挨拶だった。二人は無視して通り過ぎた。
「…俺達が…消される…?まずいぞ…」
その後、話を盗み聞いたトクォーノはティラーノとルーノを緊急で集めた。
「どうした、トクォーノ将軍」
「モナードヴェンの奴ら、俺達を消すつもりだ」
「なんだと!?」
「どうするんだよ、それ」
「レムリアン共を利用しよう。不本意だが、憎きドラゴニュートの力を借りるしか手はない」
三人は頷きあった。
この話はフィクションです。実在する個人、団体、出来事などとは一切関係ありません。




