EP38 戦う理由
ビリビリビリビリ
一冊の書物が、音を立てながら破られた。
「これでプラヴィーロレコードは塵となった」
デトルートはオブストスの遺跡から飛び去った。
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アブドは目を覚ました。
あれは…塔…?空にも届きそうなほど高いぞ。
アブドの目の前には灰色の巨大な塔があった。
なんなんだよこれって…待てよ、この光景、前にも見たことがある。確か塔が倒れてきて…。
塔がアブドに迫る。
体が動かない。これもまたか!
そんなアブドに構うこともなく、塔の影はアブドを包み、本体は目前へと迫っていた。
「あああああああああああ」
俺は目を瞑った。
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アブドは目を覚ました。目を擦りながら上半身を起こす。
あれ?痛くない。そうか、夢か。
「起きたか、アブド」
「あ、はい。おはようございます。アロンさん」
「ああ。おはよう。さてと狩りに行くぞ」
「はい」
アブドは立ち上がり、狩りの支度を始めた。
アブドとティナは、アロンの提案で惑星ザピーシでの生活を始めた。
「いいか、狩りでも戦闘でも、大切なのは状況判断能力だ」
「なるほど」
「音、視界、匂い、空気の揺れ、もしいづれかの情報が損なわれたとしても他の情報で補填するんだ。だが、今のアブドにそこまでは無理なのでまずはこの槍でプルファンを一頭殺せ」
「プルファン?」
「体長1メートル程の四足獣だ。気が弱く少しの変化で逃げるが、生命の危機に瀕するとその性格は獰猛となる。とにかく確保は簡単ではない」
「それを捕まえるんですね?」
「そうだ」
そして俺は森の中に連れて行かれ、生い茂る木々の中に立たされた。
狩りを始めてから2週間が経過した。しかしまだ捕まえた数は0。
俺は正面を見つめる。だが、視界は周囲300度を捉えている。目と鼻の穴を開く。槍を構えて硬直し、意識を集中させる。
カサカサと音がした。正面を始線として右に60度の地点。距離はおよそ3.5メートル。
槍先をプルファンに向ける。力の向き、大きさ、よし。
俺は槍を投げた。
「プフィィイイイッッ」
槍は地に刺さり、プルファンは声を荒げて逃げていった。
「だぁ、ちくしょう」
全身の力が抜け、その場に座り込んだ。
「槍の向きを変える時に音が鳴った。これではいけない」
「鳴ってました!?」
「ああ。はっきりとな」
「そんな…」
「さっき逃げた奴はもう捕まえてあるから、飯にしよう」
「え!?」
見ると、遠くでプルファンが倒れていた。
まじかよ…。
「アブド!聞いて!リベルタが壊滅したわ!」
その後、ティナが顔色を変えてやってきた。
「リベルタが!?」
「ええ。セデルの作った組織、オルディネイトとの戦闘で」
「そう…なのか」
そう…なのか…。
「それと、これが…」
ティナはニュースの画面を見せた。
「アブド・デ・へルートを指名手配…?」
その文字列のそばに俺の顔が載っていた。報酬は80億ゲルト。とんでもない額だ。今までこんな数字を見たことがない。
「あら、密告しちゃおうかしら」
アロンさんが聞こえる声で呟いた。俺はアロンさんを見て、ティナは睨んでいた。
「何?冗談よ」
「「冗談でも良くないですよ!」」
「悪かったわね。安心して、私がそんな事するはずがないから」
「本当にそうかしら」
「まぁ、まぁ、ティナ。アロンさんは俺を助けてくれた訳だし」
「…そうね」
アロンさんが呟いた「絶対に」という言葉はティナには聞こえていないようだった。
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王都レグーノ、王宮内。
「何、十二人が死んだ?」
「はい。会議場で死体が発見されました」
「状態は?」
「バラバラです。お見せできない程に」
「そうか…」
アレク王は腕を組んだ。
一体誰が…?
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「次はドラゴゲネシスの力を引き出す訓練よ」
「はい」
「と言っても、私が使えるわけではないから詳しいことはわからないけれどね」
「は、はぁ…」
「そこ座って」
森の中で、アブドは平たい石の上に座るよう指示された。
「足を組んで」
「ここでですか?」
「そうよ」
石は、尻が少しはみ出る程の大きさしかなかった。
「手を広げて地面に指先をつけて」
「はい」
アブドは言われた通りにした。
「目を閉じて」
アブドは目を瞑る。
「何か…そうね、前の戦いで出現させた壁でも想像して」
アブドはこめかみに力を入れた。必死に壁の形を思い出す。
しかしそれはぼんやりとしていて、思い出せそうで思い出せなかった。
アブドは奥歯を噛み締める。
「集中よ。狩りの時と一緒。集中」
しかし、何も現れることはなかった。
アブドは目を開けた。
「ダメですよ。無理です。はっきりと思い出せません」
「そう。じゃあ…」
アロンは落ちていた小石を拾いアブドに手渡した。
「今度はそれを作ってみなさい」
「分かりました」
「よく観察するのよ」
「はい」
俺は手のひらで石を転がした。親指の腹の程の小さな凹みがあり、ひんやりと冷たかった。
俺は石の形、重さ、温度それら全てを記憶した。
石を置いて、指先をつける。目を瞑る。そして深く息を吐く。
再びこめかみに力を入れた。
頭の中で、必死に石の形を再現する。指の腹が収まる凹み。
尖った先。包み込めるサイズ感。…リベルタ…メレッド。
コツンと音がして俺は目を開けた。
「途中までは上手くいっていたのに、集中力が足りていないわね」
アブドの前には、捻じ曲がった小石が転がっていた。
「すいません」
「これは修行なのよ。しっかりしてもらわないと」
「すいません…でも俺、分からないんです」
「何が?」
「一体何の為の修行なのかって」
「…」
「リベルタが壊滅したってことはメレッドも時期に潰れる。もうなくなっているかもしれない。そしたら俺、何と戦えばいいんですか?」
「…あなたはそんな人ではなかった」
アロンさんが呟いた。
「俺の過去を知っているんですか!?」
アロンさんは目を丸くした。
「ええ。知っているわ」
「教えて下さい」
「ダメよ」
「どうして!」
「耐えられるわけないわ」
「え?」
「今日はもうお終いよ」
アロンさんはスタスタと行ってしまった。
石を積んで作られた簡素な部屋にいると、ティナが入って来た。
「聞いたわ。あなた、腑抜けになったそうじゃない」
「腑抜けって…。俺は分からなくなったんだ。なぁティナ、俺は何と戦えばいいんだ?」
ティナは俺に近づき、胸ぐらを掴んだ。
「何ですって?あなたは何の為にまだ生きていると思っているの?」
「決まってるよ。二人への贖罪のためだ」
「そうでしょ。あなたは戦う為に生きているんじゃないの。あなたは二人の想いを受け継ぐ為に生きているの。分かった?」
「うん」
ティナは俺を押し退けた。
「安心して。二人への贖罪が済んだと判断したら、私があなたを殺すから」
ティナは部屋を後にした。
二人の為…か…。
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タルタニッド…。メレッドの男は確かにそう言った。このオルディネイトも、タルタニッドによって発足された組織。
そしてそのタルタニッドが死んだ。真相は闇に葬られてしまった。
俺はオルディネイトの団長として、何をすべきだ?先の戦争で、王の前に立ちはだかる組織は壊滅させた。
次は何だ?どうすれば宇宙は平和になる?
次は…不安の種を潰しておくか。
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目の前には真っ黒な空間が広がっていた。
なんなんだよここ。これも夢…なのか…?
俺は瞬きをした。すると、俺はどこかの図書館にいた。
暖炉の火が音を立てて燃え、部屋全体をほのかに照らしていた。
「…僕、やるよ」
声がした。見回すと、少年が大きな机の椅子に座っていた。
「よく言った少年」
「でも、どうするの?」
「君にはあるものを探して欲しい。モナク君」
「…!?僕の名前!」
モナク…?どこか聞き覚えのある名前だ。
「そうさ。俺は何でも知っている。俺の言う通りにすれば、君の望みは叶う」
「うん。それで、探して欲しい物って?」
「とある書物だ」
「書物?」
「そうだ」
「それなら、ここにありそうだけど」
少年は辺りの本棚を見回す。
「いや、ここには無い。何故なら、それはこの宇宙の理を司る書、アカシックレコードだからだ」
アカシック、レコード…。かつて俺が探していた書物。確か、全知全能の書、だったっけか?シュリンターが、王を打倒する、自由を勝ち取るために探し求めていた書物。あれからどうなったのだろうか。
突然、部屋が揺れた。
棚から書物が飛び出し足元に散らばった。
俺は背後から倒れてくる棚に気づかなかった。
頭を強打し俺は倒れた。視界がぼやけ始めた。最後に、そばにあった本の表紙が目に入った。レグーノ地理大全集…?
俺は目を瞑った。
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「…ブド!…アブド!起きて!」
俺は目を開いた。
「はぁ、はぁ、はぁ…」
息が切れていた。
今のは何だったんだ。なんだか懐かしい気がする。まさか俺の…過去…?
「はぁ、ティナ?」
目の前にはティナがいた。
「大丈夫なの?すごいうなされてたけど」
「あ、ああ。大丈夫。変な夢を見ただけだから」
「そう。よかった。朝よ」
「分かった。今起きるよ」
アブドは立ち上がった。
「いいか、集中だ」
「はい。分かっています」
俺は目と鼻を開く。プルファンの場所を把握する。…モナク…。距離を予測する。少しずつ、指先に力を加えていく。これは訓練のうちに習得した技だ。槍先の向きを変えていく。…書物…。集中だ。集中しろ。構えた右腕に力を入れる。…アカシックレコード…。今だ。
俺は槍を投げた。
槍は地面に突き刺さった。プルファンは当然逃げた。
「どうした。手前に落ちたぞ。集中していないのか?」
「すいません。気が散っちゃって」
「ほう。良い度胸だな。訓練の最中に気を散らすとは。戦場なら即死だぞ」
「本当にすいません。でも夢を見て、それがどうも気になって…」
「夢?」
「はい。アカシックレコードって、知ってますか?」
「アカシックレコード…」
アロンさんは反芻した。
「私は知らないな」
「そうですか」
俺は少し落胆した。元十二神将なら、何か分かるかと思ったのだが。
「俺、やっぱり気になるんです。自分の過去が」
「まさか、アカシックレコードを探すつもり?」
「シュリンターにいた時に調べたんです。宇宙の全てが記されているんですよね」
「やめなさい」
「別に自分の為だけに探すんじゃないんです。アカシックレコードがあれば、きっと何だって出来る。この宇宙を平和にすることだって」
「許可できないわ」
「…分かりました」
俺はティナの部屋の戸を叩いた。
「ティナ、話があるんだ」
「え?」
「ここから逃げ出したい」
結局、アロンさんは許可してはくれなかった。俺は二人きりになった時にティナに助けを求めた。
「何言ってるのよ。もしも誰かに見つかりでもしたら」
「危険なのは分かってる。でも俺は知りたいんだ。自分の過去を。その為に見つけなくちゃいけないんだ。アカシックレコードを。それに宇宙に平和をもたらす方法も書いてあるはずなんだ!」
「待って、落ち着いて。何、アカシックレコード?」
「うん。全知全能の書で、128リトヤール離れた赤色矮星108個のどこかにあるんだ」
「そりゃそんなに離れてたら、人なんか滅多にいないでしょうけど」
「そうだよ。だから頼む。連れてってくれ」
「うーん」
俺は顔の前で手を合わせた。
「一つ質問よ」
「何?」
俺は手を下ろして聞いた。
「アブドは、二人のことをどう思ってるの」
「もちろん、償うよ。一日だって忘れたことはない」
俺はティナの目を真っ直ぐ見ながら答えた。
「私は本来あなたの望みを断たなければいけない。でもこれはこの前守ってくれたお礼よ。いいわ。連れて行ってあげる」
「ありがとう!」
「変わってしまったのは私ね」
ティナが呟いた。
「なんか言った?」
「いいえ。早速準備に取り掛かりましょう」
その日の晩。アブドとティナは遺跡を抜け出し、ティナの宇宙船に乗り込んだ。
「行き先は?」
「えっと、これだ」
アブドはシュリンター時代の携帯端末の画面を見せた。
「アラティア?ええっと」
ティナはナビゲーションシステムでアラティアまでの航路を調べる。
「あら、この銀河内じゃない。オーバーワールドに入ればすぐだわ」
「うん。頼んだよ」
「任せて」
ティナはレバーを押した。
船が超加速し、暗黒物質のエネルギーで次元に穴が開き、オーバーワールドと繋がった。
船はオーバーワールド内へと入って行った。
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「相談とは何だ、我が友セデルよ」
「はっ。ガルディオについての件でございます」
セデルは平伏しながら答えた。
「ガルディオ?」
「はい。いまや王には我々オルディネイトがいます。ガルディオはもはや必要ないかと」
「なるほど。今や議会の命も無くなった。私にはオルディネイトがいる。確かに存在する意味もないな」
「左様でございます」
「よろしい。オルディネイトよ、ガルディオを壊滅させよ」
「はッ」
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「これは…何もないじゃないか」
船はオーバーワールドを抜けた。アブドとティナの目の前には赤色矮星アラティアがある…はずだった。
「おかしいわ。座標は合っているのに」
そこには何もなかった。何も。
『助けて』
「誰だ!?」
アブドは叫んだ。
「え?」
ティナはアブドを見た。
「今、声がしなかった?」
「私は何も聞こえなかったけど」
『助けて。助けて』
「ほら!今の!子供みたいな!」
ティナは首を横に振った。
『助けて』
「分かった。助けるよ。どうすればいい?どこに行けば良い?」
『レグーノ』
「ティナ。レグーノだ。レグーノに戻ろう」
突然、ティナのトランシーバーが通信を傍受し、けたたましく鳴り響いた。
『こちらオルディネイトのセデル。旧回線を用いて通信している。ガルディオの全騎士に告ぐ。王はオルディネイトにガルディオ追討の命をお下しなさった。これは宣戦布告である。我々オルディネイトは、王の名のもとにガルディオを壊滅させる』
アブドはティナを見た。これまで見たことのないほど、恐ろしい形相だった。
「ええ。戻りましょう。レグーノに」
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「はぁ…!アロン様…!麗しいお姿に成長なられておいでで!私めは嬉しゅうございます」
この話はフィクションです。実在する個人、団体、出来事などとは一切関係ありません。




