EPο 知恵ノ実ト二人ノ過去
サングラス男の前に一機の船が停まった。男はその船に乗り込み、操縦室に向かった。
「よぉ、久しぶりだな、ヴィリーノ」
男は副操縦席に座った。
「そうね、メニコット」
船は離陸し、オーバーワールドに入っていった。
「しっかし、何だってんだ次の任務は。これじゃあ俺達運び屋じゃんかよ」
「ええ。トレシー・アグリア時代の遺物、"知恵の実"の回収とそれを本部に送り届けることが任務だからね」
「…失敗は出来ねぇよな」
「以前の運び屋としての仕事は、散々だったからね」
「悪いな。俺の私情に巻き込んだばかりに、アブドに逃げられちまって」
「本当にそう思ってるのかしらね」
一瞬の間。
「あぁん?」
メニコットは落ちかけたサングラスを直した。
「当然さ。悪かったって思ってるよ」
「まぁいいわ。その分今回で取り返せばいいだけの話よ」
「でも不思議なんだよな。監視しておけって言われた問題児を取り逃がしたっていうのに、大した罰は受けなかったんだぜ」
「私もよ。せいぜい3ヶ月の禁固刑くらいなものね」
「やっぱそうか。上は何を考えてるんだ?」
「無駄な詮索はやめましょう。到底分かりっこないわ」
「だな」
「もうすぐ着くわ。セロ銀河への唯一の入口、ヘヴンズドアにね」
「この世とあの世の境界線か…」
船はオーバーワールドを抜けた。
外界との繋がりが一切絶たれたセロ銀河は、巨大な球体の中に存在しており、それはまるで一つの大きな惑星であった。
船はヘヴンズドア前の検問所で停車した。
『航行中の船体に告ぐ。ここは侵入禁止区域だ。直ちに撤退せよ』
「こちら船体0637-94158-85375。王都からのセロ銀河内の調査許可が下りております」
『確認中だ。記録を確認した。船体0637-94158-85375、通行を許可する』
船はまた動き出した。同時に何重ものロックが外れヘヴンズドアが開き、セロ銀河が姿を現した。
「ここがセロ銀河か」
「まだその端よ?これからだわ」
船はオーバーワールドへと入っていった。
「目標物の"知恵の実"はどこにあるんだ?」
「おそらくトレシー・アグリアの始まりの地、惑星エラムでしょうね」
「今はそこに向かってるんだな」
「そうよ。そうしてそろそろだわ」
「早いな」
「そもそもが小さな銀河だからね。だからなんとか封じ込められた訳だけど」
船はオーバーワールドを抜けた。目の前に赤い星があった。
「あれ…血じゃないよな?」
「何言ってんの。あれは錆びよ。それにあの銀河は消滅したじゃない」
「ああ…そうだよな…」
「何、赤い血に因縁でもあるの?」
「まぁ、少しな」
「着陸するわよ」
着陸後、二人はケースを持って船の外へと出た。
「ひらけたところがここしかなかったから少し歩くわよ」
「ああ」
二人は歩き出した。
「で、赤い血と過去に何があったわけ?」
「聞くのかよ…。シュリンターでもメレッドでも、互いに詮索禁止だろ」
「私はただメニコットが話したそうにしてたから聞いたのよ」
メニコットはサングラスを掛け直した。
「…俺、低階級者だって前に言ったよな」
「話すのね」
「ああ。話すよ」
「ええ。言ってたわね。それで?」
「実は孤児院の出なんだ。そこにアフマルって奴がいた…」
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実は孤児院の出なんだ。そこにアフマルって奴がいた。自分で言うのは少し恥ずかしいが、俺達は親友だった。
あそこは孤児院と言ってもベッドや温かい食事が与えられる裕福な孤児院とは違ってな、その日寝る布団も奪い合い、弱い奴は食事すら貰えない、そんな劣悪な環境だったんだ。
そんなもんだから子供達にはなんとか生き延びようと複数の派閥が出来がっていた。俺がいた派閥は院で2、3番目に大きなものだった。
そんな真冬のある日のことだ、下の派閥の奴が具合が悪いってんで布団で寝ていた。まぁ恐らくは栄養失調だろうよ。その日はたまたま俺も布団を奪われていてな、あまりにも寒かったんで、もうそいつをボコボコにして布団を奪い取るしかなかった。
だから俺は真夜中にボコしてやったんだ。それで伸びきったそいつを床の上に放置して布団に入ってみると、妙なことに白い布団の一部、人に見られにくい内側なんだが、そこが赤かったんだ。俺は思った。これは血なんじゃないかって。
俺は横のボコした奴の腕の表面をナイフの先で撫でたんだ。そしたら案の定流れてきたよ。赤い血が。
俺はすぐに先生に報告しようとした。でも思ったんだ。あの血痕はおそらく血を吐いた後。なんかの病気に罹ってる訳でほっとけばいずれ死ぬ。なら報告する必要もないんじゃないかって。報告して逆に俺も疑われたりしたらたまったもんじゃないからな。
俺はすぐにそいつを布団に押し込んだ。もちろん血を隠す為にな。遂に奴が目を覚ました。そいつは名をアフマルと言った。俺が赤い血かと聞くと、そうだとはっきり言った。
何故ここにいるんだと尋ねたら、孤児院に拾われた時には自分は異端だとは思っておらず、なお孤児院の人間の誰もまさか赤い血だとは思わなかったらしく、見つかってもいないと言った。
それ以来仕方なく俺はアフマルの面倒を見るようになった。アフマルは優しくていい奴だった。赤い血の人間は初めて見たが、何故あんなに忌み嫌われているのか不思議に思った。
それくらいアフマルはいい奴だったんだ。俺は自分の食べ物を分けたり、同じ布団で寝るようになったりした。二人で寝た布団はとても暖かかった。俺は気づいた。二人で寝ればいいんだって。そうすれば今までの倍の人数が布団で寝れる。
俺は派閥のトップの奴にそう話した。俺は殴られた。次同じことを口走ったらお前を仲間とは思わないと言われた。この孤児院、そしてその派閥の中で、その言葉は大きな意味を持っていた。
そしてこうも言われた。もうアフマルと関わるなと。アフマルの為に飯を与えてるんじゃないんだぞと言われた。
辛かったよ。俺はどうすればいいんだって悩んだ。このままアフマルと親しくしていれば俺は飯が貰えなくなる。そうなればアフマルに飯を食わせることも出来なくなる。体調は良くなってきたとはいえアフマルを強い人間とは呼べなかった。
いっそのことこの孤児院から抜け出そうか、そうも考えた。しかし世間を知らないガキ二人に何が出来よう。生きていけるとは思わなかった。
…そして俺の悩みは、思いもよらない形で解決してしまった。
今となっては理由も忘れたが、ちょっとアフマルから離れただけだったんだ。その間に、俺の派閥の人間にアフマルはリンチにされていた。
戻った時には手遅れだった。顔や腕、足から血を流していた。赤いその血は床にも垂れていた。
終わったと思った。言葉が出なかった。
でも俺には悲しむ時間は与えられていなかった。次は自分だということが容易に想像できた。
俺は逃げた。あの時が俺の人生で一番必死だった。これからどうするかなんて考えてもいられなかった。とにかく逃げて、薄暗い路地裏が俺の二つ目の家になった。
俺は盗みを繰り返した。盗んだ金で、なんとか一日々々を食い繋いでいた。このサングラスもそうさ。これは俺が人生で初めて盗んだものなんだ。鞄の中の財布と間違えてな。
そしてあの頃は赤い物を見るのが滅法ダメだった。赤であるだけで、いつもあの光景を思い出した。そして悔やんだ。俺がもっとちゃんとしていればって。もっと力があればって。そうすれば周りの奴らを黙らせて俺の意見を通すことも出来たんだ。そうすればアフマルだって…。
そんな日々を過ごしていた俺に人生最後のターニングポイントが訪れた。
あの日、俺はまた盗みに出た。デカくて賑やかな通りで、いつもみたいに鞄に手を掛けたその時だった。
不意に俺の手は掴まれ、別の路地裏に連れて行かれた。その俺を捕まえた男こそがキプルス・タルタニッド。元シュリンター、現メレッドのリーダーだ。
キプルス・タルタニッドは俺に言った。我々と共に自由にならないかと。
俺は自由を望んだ。だから孤児院から逃げたんだ。俺の自由が奪われない為に。
そう思い返すと、俺の選択肢は一つだった。
――――――――――――――――――――
「…その時から俺の信念は変わってねぇ。俺は自由になる。アフマルの為にもだ」
「そう。波瀾万丈だったのね。それにちょうど見えてきたわね。あの建物がオディオ社の本社。現存する人工知能の全ては、元々はこの会社の製品だわ」
「じゃあ、あの中にあるのか」
「恐らくはね」
二人は入口の前で立ち止まった。赤く染まったドアはその機能を失っていた。
「行こう」
二人は中へと入っていった。
「暗いな」
「ええ」
懐中電灯のスイッチを入れた。
「ここはエントランスだから、どこかに館内図があるはずだわ」
二人は捜索を開始した。
「これじゃないか?」
数分後、メニコットが壁を指差してヴィリーノを呼んだ。
「そうね。これだわ。さて、"知恵の実"はどこにあるかしら…」
「この制御室ってのはどうだ?」
「いや、この制御室はただのこの建物の制御室だわ。もっと何か…特徴的な部屋…これだわ、社長室」
「社長室?」
「ええ。見て、社長室は47階のフロアのほとんどを占めているわ。ただ仕事するには広すぎるわよ。何かある気がするわ」
「まぁ、とりあえず怪しい部屋をあたるしか無いし、そこから行くか。それにしても47階って…エレベーターは止まってるよな?」
「もちろん。歩くわよ」
「まじかよー」
二人は階段を登り始めた。
「で、俺は話したんだ。ヴィリーノも話さないと割に合わないぜ?」
「あらメニコット、あなたが勝手に話し始めたんじゃないの」
「違うね。俺は元々ヴィリーノの話を聞く為に言ったんだ」
「それじゃあただの変態じゃない…」
「あ。待って今の無し。忘れてくれ!」
メニコットは口早に弁解し、ヴィリーノはそれをニヤニヤしながら聞いていた。
「もう手遅れよ。残念だったわね」
「そんなぁ…」
「ふふふ、確かに歩くだけはつまらないし、いいわよ、教えてあげる。でも私、あなたと違って生まれは普通なのよ。普通の家庭に生まれたどこにでもいる女の子。そんなのを想像してくれればいいわ。両親は中央官僚だった。まぁ下っ端だけどね。それだから大抵家には私一人で、よく本を読んで時間を潰していたわ。でも別に本が好きなわけじゃないの。本はただ時間を潰す為の道具。熱中する物じゃない。そう思っていたわ。アカシックレコードと出会うまでは」
「アカシック…なんだって?」
「アカシックレコードよ。聞いたことない?」
「悪いが全く」
「そう。とある伝説上の書物よ。この世の全てが書かれていると言われているね」
「でも伝説の話だろ?」
「黙って。ところで話は変わるけど、私達生命はどこから来たと思う?」
「へ?」
「もう、どうやって生命が誕生したのかって話よ。灼熱と寒冷の世界の中から」
「いや…その…考えたこともなかったな」
「私はずっと考えていたわ。そして13の時に答えを見つけたの。その答えこそがアカシックレコードよ」
「アカシックレコードがどうしたって言うんだよ」
「言ったわよね、この世の全てが書かれているのよ。宇宙創生の真実も書かれているに違いないわ」
「それは分かったけど、それとシュリンターに何の関係が?」
「私の推測では、アカシックレコードは王が隠したのだと思うわ」
「どうして…?」
「王の持つドラゴゲネシスの力、そして権威を保つ為よ。奴らはドラゴプロクスとドラゴイードルを歴史から消し、自らを宇宙の創始者として祭り上げているんだわ。それには邪魔なのよ、真の歴史が記された書はね」
「ドラゴプ…えぇ?」
「ドラゴプロクス、火を司るドラゴン。ドラゴイードル、水を司るドラゴン。いくつかの伝説に名前のあるドラゴンよ。一説には、血を分けた源とも言われているわ」
「そ、そうか。とりあえずそのアカシックレコードを手に入れたいんだな?」
「そうよ。その為には王を打倒する必要があるの。だから私はシュリンターに入った。そして今ここにいるわ」
「…なんか思ってたとの違ったわ」
「なによ。あなたが聞きたいって言ったんじゃない。私の過去に文句つけるわけ?」
「別に文句なんかつけてないよ…お、そろそろ着くみたいだぞ」
「話を逸らしたわね。まぁいいわ。47階、到着ね」
「社長室の扉はあそこだな」
「行きましょう」
「ああ」
二人は社長室へと入っていった。あまりの暗さに気づいていなかったが、足元には無数の人骨が散らばっていた。
「広いな」
「そうね」
「おい、何かあるぞ」
メニコットは部屋の中央に何かを見つけた。二人はそれに近づいていった。
「…ヒトガタ?」
そこには、跪いたヒトガタの躯体があった。
「これだわ。トレシー・アグリアの元凶。全ての始まり。人工知能マーテル。こいつの脳が今回の目的物、"知恵の実"そのものよ」
「じゃあ、取り出すか」
「そうね。押さえていてくれる?」
「任せろ」
メニコットはヒトガタの両腕を掴んだ。ヴィリーノはカッターを取り出すと、耳の上を一周するように切り込みを入れた。
「いくわよ」
頭頂部を取り外し、脳に手を掛けた瞬間だった。部屋の明かりが一斉に点き、全てコンピューターが甲高い音を立てて作動し始めた。明かりに照らされ、人骨が露わになった。
「なッ…」
「ヴィリーノ!早く引き千切れ!」
メニコットの声で正気を取り戻したヴィリーノは、すかさず脳と神経の繋がりを断った。するとまた全て治まり、部屋には静寂が訪れた。
ヴィリーノは脳を、"知恵の実"をケースにしまった。
「まさか、まだ生きているとでも言うの?」
「とにかく、取る物取ったしとっとと帰ろうぜ」
「そうね」
こうして二人は無事に"知恵の実"を本部に届けたのであった。
「この辺でいい?」
「ああ。そこで降ろしてくれ。悪いな、送ってもらって」
「気にしないで。面白い話も聞けたし、その礼よ」
「また一緒になったりするのかね」
「あるんじゃないかしら」
「そうだな。それじゃあ、また」
「ええ。元気でね」
メニコットは船を降りた。ハッチが閉まり、船は空の彼方へ消えた。
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『何用だ、タルタニッド』
「無の境界線は現在パージ、アンドロメダ、ストレアその他48の銀河まで拡大しました。いずれも、エスタルダストは確認されていません。そして先程"知恵の実"を入手しました。例の作戦を実行に移します。全て計画通りです。マスターデトルート」
『そうか。よくやった。残るはドラゴゲネシスとドラゴフォース、そしてアカシックレコードの破壊のみ。理想郷まで、あと少しだ』
外典Ⅳ アナザーウォー 完
この話はフィクションです。実在する個人、団体、出来事などとは一切関係ありません。




