EP27 決意
シュリンターのガルディオ施設襲撃から3年が経った。
襲撃直後、王議会は全会一致でシュリンターを宇宙全域でテロ組織と認定。シュリンター壊滅における一切の武力手段を解禁した。
一方、シュリンター側はテロ組織認定と同時に組織を即日解体。同時に惑星サントデラントにて新国家リベルタ樹立を宣言。そしてシュリンターのメンバーによって新政府防衛軍メレッドが結成された。
襲撃から2週間後の1月10日、暴力路線派のガルディオの騎士達により、惑星ソラリスにあるメレッドの一部施設を奇襲。その場にいた167名を拘束・監禁した。
このソラリス事件についてメレッドはガルディオを激しく非難。そして正当防衛という名目で宇宙警察の施設を襲撃。
これを受け、王議会は特別臨戦態勢宣言を発令し、リベルタと、広大な宇宙に散らばるメレッドに対し宣戦布告。
かくして、前代未聞である宇宙大戦が開戦したのであった。
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モナクは頭を抱えていた。
どうすればいいんだ。無い。どこにも無い。アカシックレコードなんて書物は。司書に聞いてもそれは神話だって言うし、大図書館にもそんなものは無いと言われた。
くそ…!このままじゃ、僕はずっと一人だ。誰も僕を見てくれないまま…!
嫌だ。そんなの嫌だ。でも見つけないと、力を与えてはくれない。そういう約束だから。
あれからもう3年が経つ。一度もあのヘビは僕の前に現れなかった。あれは本当に夢だったのか?こんなことに3年も費やした僕が馬鹿なのか?
…この3年で兄さんとの差はさらに大きくなった。いつも皆は兄さんの事ばかり。もう僕は見向きもされない…。
いっそのこと、自分で自分を…。
「そう早まるな」
…!?この声は!
「そう。俺だ。久しぶりだなモナク」
「僕のこと、まだ見捨ててないの?」
「見捨てる訳ないだろう。俺はモナクが頑張っている姿をずっと見ていたんだぞ」
「でも僕は見つけられてない。そのアカシックレコードってやつを」
「確かにそうだな」
「分かったのはプラヴィーロレコードっていう全くの別物だけ…」
「何?」
「え?」
「今、なんて言った?」
「だから、プラヴィーロレコード。聖なる書、光が闇に打ち勝ちそれを封じる迄を描いた書だよ」
「それを…見つけたのか?」
「情報だけだよ。宇宙の端にあるオブストスって星にあるってことだけ」
「そんな馬鹿な。プラヴィーロレコードはそれこそ想像上のもの。でももし見つけられれば…。よくやったモナク」
「え?本当に?」
「ああ。お手柄だ。アカシックレコードの件はチャラでいい。…さて、それでは君の願いを叶えるとするかな」
「本当に出来るの?」
「当然さ。俺達には十分な知恵と力がある。あの日願ったことをもう一度言ってみろ。モナク、君の願いはなんだ」
「僕の願い…。僕は…」
モナクは兄のことを思った。
「兄さんを…」
そしてそれと比較され、蔑まれる自分を思った。
「…消したい。この世から」
ヘビは笑った。
「そう。それでいい。哀れな少年よ。全ての元凶は君の兄だ。その兄を消したいのだろう。任せろ」
「やっぱり…殺すの?」
「殺しはしない。ただこの宇宙に生きる者全ての記憶から消えてもらう」
「どうやって…?」
そう聞くモナクの口元には、はっきりと笑みが浮かんでいた。
「おい、モナク。あの建設中の塔は何だ」
「気にしないでよ兄さん。あなたは忙しいでしょう。あれは僕が個人的に作っている、新しい趣味みたいなものさ」
「お前の趣味に市民の血税は使えない。即刻取り壊す」
モナクの兄はそう吐き捨て、その場を去ろうとした。
「無駄だよ兄さん」
モナクはその背中に向かって言った。
「実はあの塔、既に機能するんだ」
「何?」
モナクの兄は振り返った。
バチッ
その時、モナクの兄を知る全ての人の脳内に電流が走った。
バタッ
兄は倒れた。
「さよなら、兄さん」
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「宇宙大戦の始まりからもう3年か」
「まさかあのようなテロリスト集団がまだこの宇宙にいたとは思いもしませんでしたな」
「きっかけはあのガルディオ襲撃事件か」
「建物の強度が上がる代わりに耐火性が損なわれていたとは、なんとも皮肉な話ですな」
「火事など古文書の中の出来事。まさか現代に起ころうなどとは誰も予想できませんよ」
「それより、後継者が未だ見つかっていないとはどういう事なのだ」
「あの男が死んでから、はや11年」
「あの男の唯一の遺産が宇宙全域の混乱とは、まったくもって笑えん」
「せがれが優秀だったなら、少しはマシだったかもしれませんな」
「その点においても使えん男よ」
「何にせよ、後継者の発見とメレッドの壊滅を急がねば」
「我々の地位が脅かされるような事が起こる前に、ね」
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『ガルディオ施設の見取り図の件、アカシックレコードの件。君は本当によくやってくれた。これは僅かな金だが、好きに使ってくれたまえ』
「…はい。ありがとうございます」
襲撃の翌日、俺はシュリンターのリーダー、タルタニッド司令に激励を受け、100万ゲルトを受け取った。これだけの金があれば、5年は遊んで暮らせる。
でも、2人が俺にそんな気など起こさせなかった。
俺は夢を見るようになった。リデルとシオン、2人の夢だ。2人が夢に出て来ては、「どうして」「どうして」って何度も問い詰めてくる。
俺は2人の間に縮こまって、体を動かすことも出来ず声を出すことも許されず、ただひたすら歯を食い縛っては泣いていた。
目が覚めると、俺は2人に何度も謝った。それでも許してくれるはずは無かった。
また夢に出て来ては、俺を責めた。
そしてその夢は、俺の後悔を刈り立たせた。次第に、俺から生きたいという欲望を奪い去っていった。
そんな憔悴した俺に、ヴィリーノさんとメニコットさんは無視を決め込んだ。始めは声を掛けてくれたものの、俺があまりにも黙り込んでいたからだ。最近は手伝いを頼まれることも無くなった。その2人は今も、自由の為の戦いに身を投じている。
俺はもう、自分が自由を欲しているのか分からなかった。
恐らく俺が望んでいるのは、自由よりも解放…。
もう疲れた。楽になりたい。俺はあの事件からずっとそう思っていた。
でも無理だった。
ナイフで胸を突き刺しても、拳銃で頭を撃ち抜いても、俺は死ななかった。痛みもすぐに治った。俺は自分が怖くなった。もう1年間何も食べていない。
それでも俺は死ねていない。
どうすればいいんだ。罪を償う為に俺が死ねば、全て解決するのに。なのに、なんで俺を死なせてくれないんだ!もう嫌だ。苦しむのは嫌だ。誰か助けてくれ。楽になりたい。解放されたい。全て忘れたい。生きたくない。死にたい。辛い。生きているのが辛い。生きていて2人を思い出すのが辛い。嫌だ。もう嫌だ。嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ―――。
「アブド、起きなさい」
背中越しにヴィリーノさんの声がする。
「ねぇ、起きてるんでしょ。…立て!」
俺は無視を決め込んだ。
「起きなさい!」
俺は胸ぐらを掴まれ、無理やり起こされた。
「…何の用ですか」
俺は俯きながら呟いた。
「人手が足りないの。あなたも戦闘に参加しなさい」
「嫌だと言ったら?」
「宇宙の自由の為、あなたから自由を奪う」
「…行けばいいんですよね。行けば」
「そうよ。それでいいの」
戦場でなら死ねるかもしれない。そんな事を願いながら俺はヴィリーノさんに従った。
「ほら、これ持って」
俺はライフル銃を手渡され、ヴィリーノさんとメニコットさんと共に船を降りた。
ババババババババ
真っ先に銃声が耳に飛び込んできた。
「目的はあの丘の上の基地の陥落よ。私達は下の戦闘員を撃ち殺してればいいわ」
「…わかりました」
「行くわよ」
ダン、ダン、ダン
俺は誰を撃つ訳でもなく、岩陰から一発ずつ丁寧に引き金を引いていた。
耳を澄ませば、銃声の切れ目から悲鳴が聞こえた。
「ウォォオオオオオッッ」
死期を悟り、単騎突撃する者もいた。そいつはすぐさま銃弾で貫かれ、地に伏せた。
大地に目を向けると、まるで血の雨でも降った後かと思わせるような血溜まりが散在していた。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ」
頭が激しく痛みだし、俺は銃を捨てて頭を抱える。頭の中で、キーンと甲高い音が鳴り響く。その音は不快感と共に事件の日の記憶を呼び起こす。俺は奥歯を噛み締めた。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ…ああああああぁぁぁぁああ…」
俺はどうにもならなくなって、叫んだ。全てを跳ね除けようとして叫んだ。しかし、痛みは増すばかりであった。
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「アブド、ちょっとこっち来い」
戦場で縮こまった俺は、すぐにメニコットさんに見つかり、船の中に連れ戻された。
そして戦闘が終わった後、メニコットさんに外まで引きずり出された。
ドサッ
俺は岩陰に押さえつけられた。
殴られる。そう覚悟して俺は目を瞑った。
「アブド。辛かったら、辞めてもいいんだぞ」
「…え?」
思わず俺は目を開く。
「俺は苦しんでるお前を見るのが耐えられない。俺はお前に苦しんで欲しくないんだ」
「…でも、ヴィリーノさんが…」
前にシュリンターを辞めたいと言った俺に猛反発したのもヴィリーノさんだった。
「俺が気を引くから、お前は逃げろ」
「そんな、なんで…」
「シュリンターは自由を求める組織。本来全てが自由であるはずなんだ。お前は自由だ。好きに選べ」
そう言ってメニコットさんは笑った。
違うよメニコットさん。俺は自由なんかじゃない。俺には大きな罪がある。決して許されない罪が。…でも、もし動けるならここでじっともしていられないんだ。真っ暗な部屋で自分を呪っているだけじゃいられないんだ。
「力を貸してくれる…?」
「もちろんだ」
俺は頷いた。
「さてと…」
バキッ
「ッッッ!」
俺はメニコットさんの拳を右頬で受けた。
「こうでもしないと怪しまれるからな。少しの辛抱だぞ」
ボガッ
そうして俺は全身を殴られたのだった。
「帰ったぞ」
「あら、アブド、どうしたのその傷は」
「なんでもないです」
メニコットさんがヴィリーノさんを引っ張っていった。
「あいつの根性を叩き直してたんだ」
「ああ…そう」
俺はすぐに自室に戻って荷物をまとめた。
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「おし、じゃあ今日はあそこのウルプスで休憩するか」
「そうね。って、まだアブドは部屋に篭ってるわけ?」
「少し痛めつけすぎたかな」
「まったく、あれでも敵の本拠地に潜入した英雄なんだからね」
「次から気をつけるよ。オーバーワールドに入ったことだし、ちょっと呼んでくる」
「ええ」
コンコン
戸が叩かれた。
「メニコットだ」
「どうぞ」
扉が開いた。
「準備は?」
閉まるなり、メニコットさんが小声で聞いてきた。俺は軽く頷いた。
「これからウルプスに行く。俺がヴィリーノの気を引いている間に近くの停留所から逃げろ」
「ありがとうございます」
「ああ」
メニコットさんは出ていった。
「ダメだ。またあいつ完全に弱ってる。ウルプスでも降りないってさ」
「そう。まぁいいわ。とりあえず自由行動にしましょうか」
「待って」
「え?」
「ああ、その、ついて来て欲しいところがある」
「何処よ?」
「ええっとー…」
メニコットは目を泳がせた。
「何か隠してるわね?」
「っと、その…」
ヴィリーノが睨みつける。
「俺、プロポーズすることにしたんだ」
メニコットは口早に言い切った。
「え!?」
「だからその…一緒にプレゼントを選んで欲しいというか…力をお借りしたいというか…」
ヴィリーノがニヤリと笑った。
「ふーん。そういうこと。いいわ。手伝ってあげる」
「あは、あはははは。ありがとう…。さてと、オーバーワールドを出るぞ」
メニコットがレバーを引いた。
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ヴィリーノさんとメニコットさんが出ていってから10分が経過した。俺は船の外を見回した。姿はない。今がチャンスだ。
俺は船を降りた。そしてバスの停留所に行って、とりあえず目のついたバスに乗った。
『レグーノ行き837便発車致します』
車内アナウンスがそう告げた。レグーノ。やはりこの道が正解だったようだ。
『まもなく終点、レグーノ国際ターミナルに到着致します。本日はご利用誠にありがとうございました』
運賃を払ってバスを降りた。そこは、やはり宇宙の中心地レグーノだった。空港は人で溢れていた。
目的地への行き方を探していると、ふとおばあさんのカバンから何かが落ちたのが見えた。そしてどうやらおばあさんはそれに気付いていないようだった。
俺は落とし物を拾っておばあさんを追いかけた。
「そこのおばあさん。落としましたよ」
「え?ああ。あらまぁ。ありがとうね」
「いえそんな。そうだ。一つお聞きしてもよろしいですか?」
「ええ。いいわよ」
「―――って、どうやったら行けますか?」
「ああそれなら…」
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俺がそこについた頃には、既に日が落ちかけていた。
ガルディオ集団墓地。俺はまずそこにある、事件で死んだ仲間を弔った慰霊碑に手を合わせた。
そして2人の墓を探した。ガルディオは古来からの風習で、死んだ人の名を石碑に彫る。そして故人の骨のそばにその石碑を立てるという形の墓を作っていた。
"第38619期生 リデル・セペリオ"
俺はまず、そう刻まれた石碑を見つけた。
俺はそこに手を合わせた。
そして心の中で何度も謝った。
"第38619期生 シオン・エンテラル"
すぐ近くにその石碑もあった。
俺は手を合わせ、シオンにも何度も謝った。
「アブド…?」
そんな時だった。ティナに声を掛けられたのは。
俺は立ち上がり、ティナに向き直った。
ガサッ
ティナは手に持っていた花を落とした。
「どう…して…?」
「リデルとシオンに、謝りに来たんだ」
パチンッ
早足で近づいて来たティナに右頬をはたかれた。
メニコットさんよりも非力なそれに、刺すような痛みを感じた。
「ふざけないでよ!何で今なのよ!どうしてあの時に気づけなかったの!?悪いと分かってたなら…どうして殺したのよ…!」
「正体がバレて、目撃された以上口封じするしかなかったから。そういう命令を下されたから…」
そう答えると、肩を掴まれた。
「シオンはアンタの事が好きだったのよ!?訓練兵を卒業して騎士になったら告白するんだって息巻いてた!でも、アンタに殺された。きっと絶望したでしょうね。自分が恋した人間は、自分の為なら大切な仲間を平気で殺す最低最悪のクズ野郎だって気づいたんですから。ねぇ、返してよ。2人を返してよ!」
ティナは俺の肩を揺らしながら喚いた。
「聞いたよ。殺そうとしたその瞬間に。本人の口から直接…ガッ…!」
ティナに首を掴まれた。その両腕にはもの凄い力が加えられていた。そしてその力は、俺の首を絞めるのに十分な力だった。
まるでその為だけに身に付けた力かのように。
「ガァッ、アアァァ…」
「私はアンタを絶対に許さない」
俺の目から涙が溢れ出た。
「アアア…頼む…殺して…くれ…」
首を絞める力が増す。俺は湿った眼を閉じた。
ドサッ
その時だった。不意に腕の力が緩み、俺は投げ飛ばされた。
「はっ…はぁ、はぁ、はぁ、はぁ。…どうして?」
ティナが近づいてきて、横たわる俺の胸元を掴んだ。
「アンタが生きることを望むなら、私はアンタからその望みを奪う。アンタが死ぬことを望むなら、私はアンタに生きて罪を償わせる。だからせいぜい、この世に未練ができるまで罪を償い続けることね」
ティナはそう言って俺を突き放した。
「償うって言ったって、何をすればいいのさ…。2人を殺した俺にもう正義を名乗る資格なんか無いのに…」
俺がそう呟くと、ティナは俺を見下したまま睨んだ。
「ええ分かってるわ。アンタにそんな資格はない。いい?私が言っているのは償いよ。アンタがやるべきなのは正義でも悪でもない、償い」
償い…。
俺はまだぼんやりする頭で思い出していた。あの日語っていた2人の夢を。
『俺、家が貧しいからさ、ガルディオの騎士になって家族に安心して豊かに暮らしてほしいんだ』
『私も複雑な家庭環境で育ったから、まぁ私は家族の為じゃ無いんだけど…、私みたいな孤児を1人でも救いたいなって思ったの。だから私もガルディオの騎士になろうって決めたの』
そして、2人の最後を。
俺は自分が死ねばそれで良いと思っていた。でも違った。俺は何もかも間違えていた。俺が2人から奪ったのは命だけじゃない。2人の夢もだ。だから俺が、2人の夢を叶えなくちゃいけない。それが俺の、償い。
「…俺、決めたよ。シュリンターを止める。そして宇宙に真の自由をもたらす。俺のやるべき事は、この2つだ」
夕陽がアブドの背で輝いていた。まだ日は、沈みきってはいなかった。
この話はフィクションです。実在する個人、団体、出来事などとは一切関係ありません。




