EP25 怒涛の三年間
「はぁ、はぁ、はぁ」
ようやく、ガルディオの門が見えて来た。
「こんな立場であれだけど、頑張って!アブド君!」
俺は時計を見る。現在23時54分。何をこんなに急いでいるのか。そう、時間がないのである。
もう腕も足も弾けんばかりに痛いが、今は進むしかない。ゴールはすぐそこだ。走れ、俺!
バンッ
俺は食堂の扉に突っ込んだ。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ」
「ヘルート、エンテラル。前へ」
教官長に呼ばれた。
「アブド君。ありがとう。もう降ろしていいよ」
「はぁ、はぁ、分かった」
俺はシオンを降ろした。
「ほら、手。どうせ我慢してるんだろ。行くぞ」
俺はシオンの手を引いて教官長の前まで進んだ。
「お題の紙と品を見せなさい」
俺とシオンは目の前の長机の上にオベスの角と、アルブナの毛皮を置いた。そして、それぞれの名前が書かれた紙を見せた。
「結構。時間ギリギリだったな。これにてオリエンテーションを終了する。この後は食事を摂り、寮に戻って休むこと」
「「「了解」」」
「おう、お疲れさん」
リデルに声を掛けられた。
「ああ…」
「二人ともそんなにボロボロになってどうしたの!?」
ティナに聞かれ、俺はシオンと目を合わせた。
「まぁ、話せば長くなるな」
「ええ。そうね」
「何それ聞きたい」
三人がリデルを見た。
「へぇ、そんな事が」
「大変だったわね」
俺とシオンは、料理を食べながら今日あった出来事を交互に話していった。昼に食べていないからか、料理を口に運ぶ手は止まらなかった。
「「おやすみー」」
二人と別れた後、すぐにリデルとも別れた。
「おう。なんでお前あんなに遅かったんだよ」
部屋に入るなり、ラーノに聞かれた。
「色々あったんだよ」
「ふうん。そうか」
「ああ」
俺は風呂に逃げた。戻ると、ルーノは先に寝ていた。俺もベッドに入った。
さっきまではもの凄く疲れていたのに、ベッドに入ると逆に頭が冴えてしまった。少し風呂でうたた寝したからだろうか。
俺はぼんやりとバーバル街の事を思い出した。
あそここそが、本当の俺が救うべき場所。でも妙にモヤモヤした。あの空気というか雰囲気みたいなものに、馴染めなかった。
特にあの男だ。そんなことをウンウン考えていると、閃いた。彼らにカルス石の在処を教えれば、生活も変わって人柄も変わるんじゃないかと。
俺は起き上がってカバンの底を漁った。そして、連絡用に受け取った端末を取り出した。俺はそこに、カルス石の在処を鮮明に書き込み、バーバル街の住民が仲間になってくれる可能性の旨を付け加えて送った。
そこまですると流石に体力の限界が来たので、ようやく眠りについた。
――――――――――――――――――――
一式の準備、オリエンテーションを終え、遂にビーシュの生徒達にも訓練の日々が訪れた。
一コマ90分の授業を週に休日を除いて毎日8コマ。初めの頃は慣れない生活と体が意外とボロボロだったこともあり大変だったが、3ヶ月もすれば大分慣れた。そのお陰で、アカシックレコードについて調べる余裕ができた。
以前調べた403件の本を、片っ端から読んだ。一冊が分厚いくせに少ししか言及されていない本もザラにあり、骨が折れた。それも大体内容は似通っていた。
様々な賢者達が、アカシックレコードに接触して奇跡を起こしただの、この世の理を知っただの。それにアカシックレコードがあるとされる場所も、要約するとこの世界を超えた高次元だのと荒唐無稽な内容ばかり。
しかし、とりあえずはそういう任務なので、一冊読み終わるごとに内容を事細かに記して報告はした。
――――――――――――――――――――
そんな事を続けながら1年と少しが過ぎた頃、シオンの様子がおかしくなり始めた。
最初は訓練の成績が少し下がっただけだった。しかしそこから、あまり訓練に顔を出さなくなり、一日中シオンを見ないこともあった。
俺も心配だったが、滅多に会えないし、会えても避けられるしで、どうすることもできなかった。
そんな時、今日もまた図書館で本を読み漁り、寮に戻ろうとしていると、門の前に立ち尽くしているシオンを見つけた。
「シオン…?こんな時間に何してんだ?」
夜も更けている時間だったので、小さな声かつそそくさと近づいた。
「…!?アブド君!?」
「そんな驚くことでもないだろ。それよりどうしたんだよ」
「私…その…」
「話なら後で聞くから、とりあえず戻りなよ。見つかったらマズイって」
「私…ガルディオを辞めようと思うの」
「…え?」
俺はあまりに唐突だったので、一瞬思考が停止した。
「や、辞めるって!?どうしてまたそんな…」
「だって、私はいつもダメダメで、皆の足を引っ張ってばかりだし…」
確かに共同作業の時など、シオンが俺達より劣っていて、俺達がそれをカバーする節も何度かあった。
「だから私なんていなくても同じだし、むしろいない方が良いんだって気づいたの」
「そんなことはないだろ」
俺はシオンの手をとった。
「思い出せよ、前に一緒に山に入ってカルス石を見つけた時の事を。あの時シオンがいなかったらシュランゲルの事なんか分からないで食われてたかもしれないし、シオンが右を選ばなかったら見つけられずにあそこで息絶えていたかもしれないし、そもそもカルス石の事なんか俺は知らなかったし…いや、それだけじゃない。いつも俺や皆が傷ついたりしたら一番に飛んで来てくれるし、頭も良いし、たくさん雑学とかも知ってるし…」
俺は何を言っているんだ?
「とにかく、少なくとも俺は、シオンがいない方が良いなんて思ってないし思ったことも無いし、多分、他の奴らもそうだと思う。だから、もう一度考え直さないか?もっと強くなりたいなら特訓だってしてやる。いつだって相手になってやる。だからさ、な?」
シオンはうつむいたままだった。
「…うっ…ううっ…ズズ、すん…」
少し間が空いて、どうやらシオンが泣き出してしまった。マズイ。何か余計な事言っちまったか!?
「ご、ごめん。何か俺気に障るような事言っちゃったかな。だったらごめん」
俺は頭を下げた。
「…ううん。違うの。顔を上げて」
「う、うん」
言われた通りに顔をあげると、そこには涙でぐちゃぐちゃになりながらも笑っているシオンの顔があった。
「アブド君、ありがとう」
「え…お、おう」
俺も笑い返した。すると、不意に抱きついてきた。
「私…怖かったんだ…。前にお兄ちゃんの事話したでしょ?それでガルディオの騎士になるのを諦めちゃった人がどれだけ周囲から失望の目で見られるか知ってたから。だからたくさん頑張ったのに、結果は全然ついてこなくて、だから私、このまま死んじゃおうかとか考えてたんだ。でも、アブド君が助けてくれた。ありがとう。本当にありがとう」
俺はシオンの肩を優しく叩きながら言った。
「辛かったな。これからは、一人で抱えすぎずに、皆で頑張ろうな」
「うん…うん…」
シオンはまた泣きながら、何度も頷いていた。
「どう?落ち着いた?」
「うん。ありがとう」
「そうだ。シオン、もう眠い?」
「え?いや、まだあんまり」
「そっか。じゃあついて来て」
俺達は施設内の塔に登った。
「大丈夫なのかな、こんな時間に」
「大丈夫だよ。ここは監視カメラもないし。さあ、このドアの向こうだ」
俺は目の前のドアを開けた。
「うわぁ」
「な?凄いだろ?」
そこに広がっていたのは、満天の星空。
「凄い。屋上って、夜になるとこんなに綺麗になるんだね」
「昼は簡素な広場だもんな」
「ありがとう、アブド君」
シオンが振り返って笑った。
「どういたしまして」
俺も笑い返した。
「さっきの続きだけど…」
「え?」
「実は私…あの時一つ心残りがあったの。それで…」
「うん」
「あ、あのね、わ、私は!…ごめん。忘れて。まだ早かった」
「…?そっか。じゃあ待つよ」
「うん。ありがとう」
シオンがもう一度笑った。
「帰るか」
「そうね」
星空の遥か遠くの向こうで、ネメシスが暗く輝いていた。
――――――――――――――――――――
「ええ、ですから、この奴隷制解放の勅命を受け、全宇宙で奴隷制度が撤廃され、人権の適用範囲が広がった訳であります。しかし、この勅命の罰則を回避するために、奴隷として作られた生命体が無慈悲にも殺処分されているのも事実なのです。まだまだ課題は残っていると言えるでしょう。では、本日はここまで」
「起立、気をつけ、礼」
「「「ありがとうございました」」」
「ああそうだ。へルート君、この後社会科教官室まで来なさい」
「は、はい、わかりました」
そう言い残し、教官は教室を後にした。
「おいアブド、お前何かしたのか?」
「いやぁ、心当たりは何も…」
「とにかく災難だな」
「ああ…」
社会科のゼラード教官は先生の中でも強面で特に恐れられていた。
コンコン
俺は社会科教官室の扉をノックした。
「へルートです」
「入れ」
「失礼します」
初めて中に入ったが、そこには、沢山の本が山積みされていた。
「単刀直入に言うが、君、アカシックレコードについて何か探っているね?」
「は、はい!?」
まずい、正体がバレた?
「先日君が図書館に一人でいるのが見えてね、夜だったので少し様子を見てみたのだが、君、キゼルの書を読んでいたね?」
ここは、嘘をつくのは得策ではなさそうだ。
「はい。読んでいました」
「そう固くならないでくれ。私は嬉しいのだ」
「え?」
「ほら、これを見ろ」
そうして教官が見せてくれたのは、キゼルの書のそれだった。
「なっ…」
「私も君くらいの頃に興味を持ち始めてね、突き詰めた結果、教官になってしまったよ」
そう言ってガハハと笑った。
「あ、ああ。あはは、それは、凄いですね」
「君はアカシックレコードの何が知りたいんだい?」
大人ながらに、教官の目は光っていた。この人は大丈夫だ。そう思った。
「えっ、その、どこにあるのかとか?」
「そうかそうか。そいつは難問だ。学会の中でも毎度意見の別れる問題だからな」
「教官の、お考えは?」
「私か?うむ。マルバルトの伝記によると、アカシックレコードは輝く星、つまり恒星にあるとされる。トマス書には、"賢者は赤い星、新生の喜びを受ける星へ"とある。これらをまとめるに、赤色矮星にいづれかにある可能性がある。まぁ、ここまでは学会ではよく知られている話ではあるが、知っての通りキゼルの書には、こう記されている。"賢者は智の星に辿り着く迄に、幾たびも宇宙の大穴をくぐり抜けた。そこに至るまでに、数々の仲間は消えた。"とな。君も物理学で学んだ通り、銀河同士はブラックホールを介して繋がっている。つまりこの大穴とはブラックホールの事だ。それを幾たびも。つまり少なくとも3リトヤール以上離れた星である。その内の赤色矮星を数えると、レグーノから3リトヤールで数千垓個、4リトヤールで数垓個…128リトヤールで108個だ」
「そんなに変わるんですね」
「ああ。124リトヤール地点にはメシスの雲があるからな」
「メシスの雲?」
「ああ、またの名を超巨大赤色矮星団。レーデンの智現書によると、賢者はここを通ったとされる。つまり、その108の赤色矮星の内の一つにアカシックレコードがあるというのが私の見解だ」
「129リトヤールというのは…?」
「おいおい、君は絶対境界線を飛び越える気か?」
「ああ、そうでしたね」
「うむ。…そして、これが該当する星の一覧だ」
先生は一冊の本を手渡してきた。
「いいんですか?」
「すぐに返してくれよ?」
「もちろんです」
「おっと、もう時間だ。長々と付き合わせてしまって悪かったね」
「そんなことないです。興味深いお話をありがとうございました。それにこの本も」
「こちらこそだ。是非とも研究に役立ててくれ。共に頑張ろう」
「はい!」
その夜、俺は先生の本に書いてあった事を報告した。そして本は怪しまれないように2日後に返した。
――――――――――――――――――――
それからまた月日は流れ、今日、卒業試験が全て終了した。3日後の成績発表で、訓令兵から騎士へ昇格するか否かが決まる。
そして3日後。入団式が行われたあの場所に、再びガルディオ訓練兵全員が揃った。
「これより、合格者を発表する」
ドゥクス団長が口を開いた。
『頑張ってね、兄ちゃん』
『絶対帰って来てね』
『約束だよ』
『みんなで待ってるからね』
『リデル、頼んだわよ』
俺は家族に送り出されたあの日のことを思い出していた。
やれることはやった。後はもう、運だ。
「…リデル・セペリオ!」
呼ばれた…?ああ…呼ばれた!やった。やったよ父さん。ありがとう、ずっと見守っててくれて。やったよ母さん。ようやくみんなで、豊かに暮らせるようになるよ。
『どう思う、ティナ?』
『すごく、本当にすごくいいと思う』
『大丈夫かな…?』
『シオンなら、きっとね』
『うん。ありがとう。私、頑張るよ』
「…シオン・エンテラル!ティナ・イ・オディオ!」
「あれ、やるんでしょ?」
「…もちろんよ」
シオンは力強く頷いた。
「…アブド・デ・へルート!」
アブドは俯いていた。彼はずっと、昨日の指令を受けてからこの調子だった。
皆で囲んだ夕食の後、暗い部屋の中で一人見つめた液晶画面。そこに映っていたその文字列を一目見てから。
"アブド・デ・へルート回収及びガルディオ施設襲撃要綱"
この話はフィクションです。実在する個人、団体、出来事などとは一切関係ありません。




