EPζ 不死灯
「大丈夫…か?」
うずくまっていると、僕は施設の職員と思われる男に声を掛けられた。
「一体何が、起きたんですか?」
「ああ。分かっているのは、さっきの地震で発電所の発電機と送電システムが故障して、東京エリア内全区域で停電が起こっていることだけだ。停電のせいで他のエリアとも連絡が取れず、今非常にまずい状況だ。ここだけの話だが、この停電でゲートのロックシステムもやられている。だからそこから地上司令部に報告に行った連中もいる。こんなこと民衆に知れたら逃げ出す者がほとんどだろう。だがそんなことしてみろ、分かってると思うが俺たちの首が飛ぶ。だから絶対に秘密だぞ。ところでお前、こんな所でうずくまってどうしたんだ…えっ、これ、ネイサルド府長…?死んで、いるのか?」
「どうして、助かるために逃げ出すことがいけないんですか」
「え?」
「僕たち一般市民は、あんたらから見たら、どうでもいい存在なのか?苦しんでる姿を見ても、自分の保身のことしか頭にないのか?だったら政府の職員なんてクズの集まりだ。なんでそんなにクズなんだ?」
「何言ってんだお前、まさか侵入者か!お前がネイサルド府長を殺したのか…!?」
「そういえば、ネイサルドは王がどうとか言ってたな。なあ、あんた、王って誰だ?どこにいるんだ?」
「王?何のことだ。それよりお前、一緒に来い。取り調べする!」
職員の男が僕の右腕を引っ張る。
僕は隠していた拳銃を左手で握る。
そのまま安全装置を外す。
「ほら立て!早く!」
男がより強い力で腕を引っ張る。
僕はそれを払いのけ、振り返って発砲する。
パァン!
「がはッ、やはりお前が、府長を…」
「さっさと死ねよクズが」
パァン!
ドサッ
「きゃあああああああああああ」
女が、悲鳴を上げる。
…王だ。そうだ、悪いのは全部王だ。殺してやる、この手で。
――――――――――――――――――――
「王からの勅令が出た。オペレーション・プルーヴィを開始せよ」
「了解」
オペレーション・プルーヴィ。
これは通称"死の雨作戦"と呼ばれ、打たれたら必ず死ぬと言われている、高濃度のフッ化水素酸の雨を一ヶ月間降らせる作戦のことである。
今、そのような雨が、闇に包まれている東京エリア、壊滅状態である9つの地下都市に、降り注ぐのである。王の勅命によって。
――――――――――――――――――――
その後ジンは、ゲートを抜け出し、近くにあった王立ゲート地上管理施設に潜入した。
この施設は、名前の通り、地上でゲートの管理を行う場所である。
そしてこの施設のトップの人間以外を皆殺しにし、残されたトップを尋問した。
「答えろ、東京以外のエリアで何が起きた?」
「簡単さ。自爆装置が作動して、辺り一帯が吹き飛んだ。ざっと計算しても、4.5億は死んだだろうな」
トップは諦めているのか、洗いざらい話している。
「ネイサルドも同じことを言っていたな」
「ネイサルド?ああ、東京行政府長か。ゲートの総責任者でもあったっけか」
「その自爆システムを考案したのも王って奴か?」
「いや、違うさ。このシステムを考案したのは、えっと、そうだ。レーナ・オーガスト」
ジンは固まる。
「ちなみに考案しただけでなく、コードの書き換えやら何やら全て彼女一人で行われた」
「は?レーナ・オーガストが…?嘘だろ?」
「彼女と関係でもあるのか?」
「聞かれたことにだけ答えろ」
「いや、嘘じゃない」
「レーナ・オーガストが、システムを作ったのは、いつだ?」
「確か、考案されたのが5日前。完成がその1日後」
「待て、レーナ・オーガストは入院していたんじゃないのか?」
「あ?ああ、よく知ってるな。そうだ彼女は入院していた。1日だけな」
「!?…1日で、回復したのか?」
「そうだ。そしてシリコンバレーに向かい、システムを作った。何やらうっかりパスワードが漏れたとか言ってたな。そして確か今はゲート・東京の施設に居たんじゃなかったかな?」
「えっ、そうなのか…?」
「ああ」
「なんで、そんなに回復が早いんだ…?」
「まぁ、人が人だしな」
「どういう…ことだ?」
「彼女は昔、人体実験を受けた。プロジェクトJの秘密を見てしまった見返りにな」
「人体、実験だと?誰が、そんなことを?」
「えっと、確かネイサルド財団っつう組織だったな」
「ネイサルド…」
「そう、あのシゲル・ネイサルドの父親が当時財団のトップだった。今はシゲル・ネイサルドだがな」
ジンは、ネイサルドの言葉を思い出す。
"お前は、何も分かっていない"
「わかった。もういい」
パァン!
トップの男が倒れる。
「そんな、母さん…。くそ、どうしてだよ!」
ガシャン!
ジンは近くにあった装置を蹴る。
――――――――――――――――――――
数年後。
ジンはポステ王の目の前に跪かされていた。
「ほう、君が地下世界最後の生き残りか」
ジンは俯いたまま、何も言わない。
「おい、答えないとは何様のつもりだ」
腹に縛られていたロープの持ち主に、背中を蹴られる。
「チェセルヴィスト、君は下がっていろ」
「仰せのままに」
ジンを抑えていた人間がいなくなる。
部屋には、ポステ王とジンだけになる。
「君、名前をジン・オーガストといったか?」
「…だったらなんだ」
「いや、単に気になっただけさ。レーナ・オーガストの息子なんだからね。君は…ジンは、レーナ・オーガストのことをどう思っているんだい?」
「言っても何も変わらないだろ」
「いいや、変わるさ。私はジン、君と友達になりたいんだ。君は今まで数多くの人間を殺してきた。敵であれば大きな脅威だが、友であるなら心強い。どうせ行くあてもないんだろう?どうだい、私のボディーガードになるというのは?」
「行き先は決まっている」
「ほう、そうかい。それはどこなんだ?」
「教えない」
「どうしてだ、友よ。教えてくれよ」
「僕に友人なんて一人もいない」
「寂しい奴だな。なら友じゃなくともなんでもいい、教えたまえよ」
「ああ、分かった。いいぜ」
ジンが顔を上げる。そして狂気ともいえる満々の笑みを浮かべてこう言った。
「冥土の土産なら、な」
ポステ王も、口を開けて笑う。
「はっはっはっはっは、それは面白い。お前の様な分際で私を殺すだと?」
ジンは動いた。王の両手を押さえ、喉元に銃口を突きつける。
「ほう、流石だ。だがジンよ、私を殺して何になるというのだね?」
「お前が、地下人類を殺した。これは、復讐だ。報いを受けろ」
「何を言っているんだい?4.5億人を殺したのはお前だろ、ジン」
「違う!」
「ああ、そうか。まんまと罠にかかったRe-BIRTHの連中のせいか」
「それも違う!」
「だったらなんだ、システムを作ったお前の母親、レーナ・オーガストだとでも言うのかい?」
「そんな訳ない!全部、お前のせいだ!なんで人類滅亡なんてホラを吹いたんだ!どうして、みんなは、死ななきゃならなかったんだ…」
ジンはまた項垂れる。
「ああ、可哀想なジンよ。いいさ、教えてやろう。何故5億人が死ぬことになったのか。ジン、君は"6枚のモノリス"というものを知っているかい?」
「…知らない」
「そうか。これはな、第二次世界大戦の戦勝国達が、世界の行く末を決め、それを記録した石板のことをいう。この石版には、
"人類の数を5億人にする"
との記述があった。私達一族はこれまで、その目的の為に様々な手筈を立て、実行に移してきた。世界を二極化を煽り、南下政策をせざるを得ない状況を作り、宗教間の対立を激化させ、第三次世界を起こした。その後人類の数はどんどん減少し、ついには10億人にまで減らすことが出来た。だが残りの5億人をどうするのかに悩まされた。そんな時、とある友人に、異星人の襲来を提案された。それに賛同した私達は、預言石を落とさせ、下部組織である国連にわざわざ地球防衛軍を設立させた。彼らはなんとも上手い芝居をしてくれた。お陰で臆病な5億人は地下に逃げた。まぁ、地上に残った選ばれし奴隷達の中にも、これを世界の終焉だと思い込み、集団自殺を図った者もいた。これで奴隷の数は減ってしまったが、足りなければ増やせばいいだけの話だ。話は逸れたが、その5億人を元々はオペレーション・プルーヴィで殺すつもりだった。これは政府の中でも極秘に進められていたが、勘のいい奴は何かがおかしいことに気づいていたようだ。ベール・ベリアントのような奴がな。ああ、君には"V"と言った方が分かるかな?」
ジンは目を見開く。
「何故知ってるんだって顔だね。"V"に意図的に情報を流したのも私達なのだよ。お陰でレーナ・オーガストが作り変えたシステムに、見事に引っかかってくれただろう?"V"にライドン・ラクダスを紹介したのも私達だ。そしてRe-BIRTHは結成された。後は分かるだろ?君が4.5億人を殺した。そして残りはオペレーション・プルーヴィで死んだ」
ジンが顔を上げる。
「やっぱり、お前じゃないか。5億人を殺したのは」
「何言ってる。それはジン、お前だろ?それに私は先代の意思を継いでるだけだ。これは決まっていたことなんだ。ジン。お前も運命を受け入れろ」
「おかしいとは…思わなかったのか?」
「疑問を持つ方がおかしいだろう?」
「いや、おかしいのはお前だ。みんな狂ってる。そんな奴は僕が殺して、平和な世界を作ってやる」
ジンはまた笑う。そして銃口をさらに強く突きつける。
「はてさて、狂ってるのはどちらだろうな」
パァン!
弾が王の首を貫く。
バン!
扉が大きな音を立て開く。
「なんだ今の音は!…ポステ王?」
ポステ王を見た護衛集団の顔色は、悲しみ、戸惑い、怒りと、様々であった。
「お前が…王を殺したんだな…?」
「ああ、そうさ。お前らも殺す」
パァン!パァン!パァン!
その後ジンは、王宮内の人間を全て殺害し、暗闇の中に消えていった。
外典Ⅰ アナザーワールド 完
この話はフィクションです。実在する個人、団体、出来事などとは一切関係ありません。