EPδ 火種
「うーん、どこにいるかな」
「どこだろうなあ」
「ここだあああああああっっ!!!」
「うわああああああ!!!」
「ぎゃあああああ!!!」
驚いた僕とクリートは同時に振り返る。
「あっはっはっはっは」
そこには笑い転げるティコさんがいた。
「てぃ、ティコさん!?何するんですか!?」
「い、いや、ちょっ、ぎゃはははは」
まだ笑っている。僕たちは落ち着くのを待つ。
「やあ、めんごめんごっしょ。ここは壁が薄いからねえ、つい会話が聞こえちゃったんっしょ」
「そ、そうだったんですか」
「だからって脅かすことないのに…」
「ライドンさんなら多分まだ会議室っしょ」
「もともとそれを教えるために…?」
「そうっしょ」
「まじかあ…」
クリートがうなだれる。
「でも、ありがとうございます。助かりました!」
「おう!応援してるっしょ!」
僕たちは会議室へと戻る。
コンコンコン
「誰だ?」
ライドンさんの声が返ってきた。
「ジンとクリートです」
「わかった、入れ」
僕たちは中へ入る。そこにはライドンさんとロックさんがいた。
「どうした、ジン、クリート?」
「あの、お願いがあって来ました」
「お願い?」
「はい、僕の潜入先をゲート・東京にしてくれませんか」
僕とクリートは頭を下げる。
「俺からもお願いします」
隣のクリートも頭を下げてくれる。
「うむ、まあ頭を下げるくらいだ、変更したい理由を聞こうか」
僕は顔を上げた。
「えっと、あまり詳しくは言えないんですけど、僕の母親をおかしくした人物が東京にいる気がするんです。ただの勘なんですけど…。でも僕は、その人物に会いたいんです」
『それって例のパスワードを知っていたレーナって奴か?』
"V"さんの声がする。
「は、はい。僕の母です」
「会ってどうするんだ?」
ロックさんに問われる。
「…復讐するつもりです」
「…」
「復讐か…」
ライドンさんが呟く。
『その人物っていうのはあれか、シゲル・ネイサルドのことか?』
「え?」
『そのレーナって奴はな、ネイサルドの秘書なんだ。もう10年以上』
「そうなんですか」
『不可思議な点はな、そのレーナとネイサルドは、元同僚なんだ』
「!?」
僕は夢の中での男の言葉を思い出す。
"同僚を尋問するこっちの身にもなってくれよ"
『同僚が秘書になるなんてことあるか普通?』
「そいつです!!」
僕は思わず叫ぶ。
『「「「え?」」」』
「シゲル・ネイサルド、そいつが母さんをおかしくした張本人です!!」
僕は確信した。
「ネイサルドか…」
ライドンさんがまた呟く。
「ネイサルドがどうかしたんですか?」
「シゲル・ネイサルド。現東京行政府府長兼ゲート・東京総責任者の名前だ」
ロックさんが言う。
『どうやら勘は当たったみたいだな』
「ああ。わかった、クリートも了承しているなら潜入先の変更を認めよう」
「ありがとうございます!」
「やったなジン」
「うん」
僕たちは顔を見合わせる。
「ただし、条件がある。ジン、ゲートの解放が最優先だ。それを約束してくれるな?」
僕はライドンさんの顔をしっかり見つめる。
「わかりました。約束します」
「よし、ならいい」
「ありがとうございます!」
僕たちは会議室を後にした。
――――――――――――――――――――
2日後。ついに三人の別れの日が来た。
潜入するのは明日だが、現地につくには今日のゲートライン最終便に乗る必要がある。僕らより遠い所に行く人は先に出発してしまったが。
「ジン、ちょっといいか?」
出発の1時間前、クリートが僕の部屋に来た。
「いいよ、どうした?」
「渡したいものがあるんだ」
クリートは妙に神妙な顔をしていた。
「どんなもの?」
クリートが布製の小包を差し出してきた。
「これは?」
「開けてみろ」
言われるがままに紐を解き布を広げる。そこには一丁の拳銃が入っていた。
「拳…銃…」
「そうだ。これは昔、俺が復讐に使った大切なものだ」
「クリートも復讐を…?」
「ああ。だからお前にこれを…」
「聞かせてくれ!」
「え?」
「クリートの昔話をもっと聞かせてくれってこと!」
「そんな人に聞かせるようなことじゃねえけどな…」
「いいから、いいから。まだ時間もあるしさ?」
「わ、わかったよ。…俺はなぁ、未だに大戦の爪痕が残るスラム街に生まれたんだ」
そうしてクリートの昔話が始まった。
――――――――――――――――――――
俺、クリート・アバランディは、未だに大戦の爪痕が残るスラム街に、アバランディ家の長男として生まれた。物心ついた時には父親はおらず、酒と男にだらしない母親と、3歳年上の姉のミラとの三人暮らしであった。
俺が7歳の頃には母親は、俺たちに食べるものすら与えなくなった。それに反発したしっかり者のミラ姉は、自分で稼ぐと言い出して滅多に家に帰らなくなった。
それが2年くらい続いたある日、3ヶ月ぶりくらいにミラ姉が帰ってきた。そして俺にいきなり拳銃を渡してこう言った。
「クリート、もし万が一のことがあったらこれを使ってね。姉さんは大好きなあなただけには幸せになって欲しい。すぐに、たくさんのお金が入るから、あなたはその金でこんな街から出て行って幸せになりなさい」
そうしてすぐに、ミラ姉は家を出て行こうとした。
「待って!」
俺は思わず引き留めた。
「また会えるよね?」
聞きたいことはたくさんあったのに、口からはこんな言葉が出た。
「ええ、もちろん。いつかね」
ミラ姉は笑ってそう言い残し、二度と帰ってくることはなかった。
それからまた1年が経過した。
一向に街から出れる気配もなく、10歳になったその日に、俺は母親に売られた。
縄で縛られた状態で見知らぬ男に無理やり歩かされた。
それから、その男に奉公する生活が始まった。主に重労働をさせられた。男の名前なんか知らない。いつも『ご主人様』と呼ぶように言われていた。
その男に買われてから1ヶ月ほど経ったある日の夜、その日は何故だかベットで寝ることを許された。生まれて初めてのベットだった。ふかふかしていて、すぐ眠りに落ちた。
その後、物音で起こされた時には辺りは真っ暗だった。
突然、ベットが軋んだ。音の方を窺うと、上裸の男が、ベットに膝立ちの状態で、いた。男はうつ伏せの俺を押さえつけ、俺のズボンに手をかけた。
俺は怖くなって押さえつけていた男の左腕を引っ掻き、男が手を離したすきに、胸元に隠していた拳銃の安全装置を外した。
一人で拳銃で遊んでいたときに、間違えて発砲してしまったことがあったので、使い方は知っていた。
すぐに振り向き、発砲する。
パァン!
弾は男の頭を貫通した。男は倒れ、死んだ。俺は早くなる呼吸を必死に落ち着けた。
朝になれば、人が来る。俺は男の持ち物を漁って、金になりそうな物だけ持って男の家を出た。
それから近くの空き家に転がり込んだ。
金は手に入った。後はミラ姉を見つけて一緒に逃げ出すだけだ。本気でそう思っていた。
この頃になると、ミラ姉がどうやって金を稼いでいたのかは想像がついた。それに家に帰ってこなくなった理由も。僕と同じく売られたのだろう。
俺はミラ姉の居場所を必死に探していた。すると、ヒントは案外近くにあった。男から盗んできたものの中に俺の名の載った紙を見つけた。俺の名前の横にはミラ姉の名前と、買い取った相手の名前もあった。
俺はその男の情報を集め、家を特定した。
真夜中、俺は男の家に侵入した。
かなり警戒していたが、人の気配はなかった。
奥の部屋に入ると、うつ伏せのまま人が倒れていた。俺はまさかと思い、駆け寄った。
抱き起すと、その人こそがミラ姉だった。
「ミラ姉、ミラ姉、しっかりしてくれよ!」
やけに体が冷たいが、息はあった。1年ぶりに会うミラ姉は、痩せこけ、体中に傷や痣がたくさんあった。
「おい、ミラ姉!俺だよ、クリートだよ!頼むから起きてくれ!今なら逃げれる!だから…!」
俺は必死にミラ姉に語り掛けていた。
「……クリート?」
「…!?ミラ姉!そうだよ!クリートだよ!一緒に逃げよう!」
「ああ、本当にクリートなのね…!よかった…ようやく会えた!」
「え?」
「私はずっとあなたに会うために頑張ってきたの!私は今、最高に幸せよ!死ぬことだって怖くないわ!」
ミラ姉はおかしくなってしまったのか?
「何言ってんだよ、そんなすぐにでも死ぬようなこと言わないでよ」
「残念ながらクリート、もう私は駄目よ。両足を折られて歩けないし、さっきからずっと夢にあなたが出てきたの。走馬灯ってやつだったのねきっと。それで目を覚ましたらあなたが目の前にいたんですもの、最後に神が私を救ってくれたのよ」
「そんな、待ってくれよ。わかった、足が折れてるなら俺が背負ってくからさ、だから、だから、うぅ、死なないでよ…」
俺は俯いた。ミラ姉に泣いてる姿なんか見せたくなかった。
「クリート」
ミラ姉が俺の頭に手をのせる。
「よしよし、相変わらず、困った子ね」
「ミラ…姉…」
俺はミラ姉を見る。
優しいミラ姉は、ちっとも変わってなんかなかった。
「安心して。いつでも、傍にいるわ」
そう言ってミラ姉は俺の腕の中で事切れた。
「ミラ、姉…?おい、ミラ姉!しっかりしろよミラ姉!ミラ姉ぇぇぇぇぇッッッ!!」
「うるさいな、誰だよこんな夜中に」
背後で声がする。俺は振り返る。そこには男が3人立っていた。
「お前らかッ!お前らがミラ姉をこんな目に合わせたのかッッ!!!」
「え、ミラ死んじゃったの?うっそぉ、もっと一緒に遊びたかったのに…」
右横の男が言う。
「黙れ」
パァン!
右横の男が倒れる。
「…おい、ガキ、テメェ、何やったか分かってんのか…?」
二人の男が僕に銃口を向ける。
「どの口が、言ってんだよ」
パァン、パァン!
二人が安全装置を外すより早く、俺は発砲した。
俺は立ち上がり、実家へと向かった。
母親は、また別の男と寝ていた。
俺は男が起きる前に脳に弾丸を撃ち込んだ。そして俺は母親の傍で膝立ちになり、そのまま右足で腹を踏みつけた。
「ぐほっ」
母親が起きる。俺は額に銃口を突きつけた。
「相も変わらずまた新しい男だな。俺を売った金で捕まえたのか?」
やっと状況が理解できたのか、母親の顔から血の気が引く。
「く、クリート…?」
「へえ、名前覚えてたんだ」
「あ、当り前じゃない、私の子よ…!」
俺は思わず吹き出す。
「はぁ?私の子だとぉ?ははははは、笑えるな。俺とミラ姉のことを売ったくせに、今更何言ってんだよ?」
俺は腹をもう一度踏みつける。
「そ、それは、お金に困ったから…」
「本当にさっきから何言ってんだ?ろくに働きもせず男に貢いでばっかだったら、そりゃ金が無くなるのは当然だろ?頭腐ってんのか?」
「ご、ご、ごめんなさい。こ、これからはちゃんと働くから…。こ、殺さないで!」
「……知ってるか?さっきミラ姉は死んだ。ミラ姉を買い取った男たちのせいでな」
「そんな…」
俺は空いていた左手で、母親の首を絞める。
「これからじゃ、遅えんだよ。お前がちゃんと働いていれば、ミラ姉も俺も売られることはなかった。そうすれば、ミラ姉が死ぬこともなかった。俺とミラ姉が不幸なのは、全部お前のせいだ。お前が何もかも悪い。さあ、どう償うつもりだ?」
何故だか、俺の声も震えている。
「ミラの為にも一生懸命働く!だから、だから、殺さないで!」
「今まで見てきた人間の中で、お前が一番クズだよ。地獄に堕ちろ。さよなら」
パァン!パァン!パァン!
俺はミラ姉の部屋に入った。
ミラ姉は、何も持たずに家を出て行った。だから、部屋の中は1年前から何も変わっていなかった。
俺はふと、ミラ姉を思い出し、その場に崩れ落ちた。
「う、うぅ、ミラ姉…。仇は、取ったよ!どうか、天国で、幸せになって…!」
俺はそこで、夜が明けるまで泣いた。
――――――――――――――――――――
「…その後、俺は一人で荒野を歩き回って別の街を探したが、一向に見つからず、遂には腹が減り、喉も渇いて死にそうになったところで一軒の家を見つけた。その家の畑の野菜を盗もうとした時に、俺は見つかった。ボスにな。ボスの家族は俺を保護してくれた。そりゃ、最初は信じられなかったさ。俺を肥して食ったり売ったりするのかと思ったが、一向にそんな気配もないし、それでだんだん心を開くようになったわけだ。まぁ、ざっとこんなもんかな。俺の復讐劇は」
「…すごいな、でも、なんかすまない。思い出したくないことを思い出させてしまったよな?」
「いや、別に俺は平気さ」
「でも、泣いてるぜ?」
「…!」
クリートは僕に背を向ける。目を擦ってるのが背中越しでもわかる。
「と、とにかく、お前はこの銃でやるべきことを果たせよな」
「まだ殺そうとは決めてないんだけどね」
「でもお前武器ないだろ?いきなりの所属だったから、装備の、主に武器が在庫不足なせいで」
「それは、そうだけど」
確かに麻酔銃一丁だけの人は僕だけだった。
「まあ、護身用でもなんでもいいから、とりあえず持ってってくれよ」
クリートは振り向き、僕が左手で持っていた拳銃の上に僕の右手を被せる。
「わかった、借りるよ。ありがとう、大切に使うね」
「おう。じゃ、頑張れよ」
クリートはそう言って部屋から出て行った。
――――――――――――――――――――
『ゲート・シドニー行き最終便は、5番ホームからまもなく発車致します。ご乗車される方は、速やかにご搭乗ください。ゲート・東京行き最終便は、6番ホームからまもなく発車致します。ご乗車される方は、速やかにご搭乗ください。ゲート・ニュ―デリー行き最終便は、7番ホームからまもなく発車致します。ご乗車される方は、速やかにご搭乗ください。ゲート…』
「ここでお別れだな」
ボスが言う。
「悲しいこと言わないで下せぇよ。ちょっとの間だけじゃないですか」
「そうですよ」
「そうだな。じゃあ、あれやるか」
三人で目を見合わす。みんな笑顔だ。
同時に右手で握りこぶしを作り、前へ突き出す。
「息ぴったりですね」
「そりゃそうだ。俺らだからな」
「またこうして再会できますよね?」
「ああ。当然さ。だからその時までは少しばかりお別れだ」
「ボス、クリート、また」
「ああ。またな」
「また会おう」
三人は、それぞれの列車に乗り込んだ。
この話はフィクションです。実在する個人、団体、出来事などとは一切関係ありません。