EPγ 火ヲ束ネ炎トス
僕はボスとクリートと、ゲートラインに乗っていた。
ゲートライン。それは、10あるゲート間を行き来するのに使われる地下鉄である。
僕の所属する組織、"Re-BIRTH"の本部がゲート・ハワイにあるらしい。今、そこに向かっている。
「いや、それにしてもよくパスワードが分かったなジン」
「お役に立てて何よりです」
「クリート、あんまりその話はするな」
「だって嬉しいじゃないですかボス。"V"が無事ゲート・シリコンバレーに潜入できたんですから」
「まあそうだけれども」
「ボス、僕は全然気にしませんよ?」
「うむ、本人がそう言うならば」
母さんが眠り出してから、3日経った。今家は間抜けの殻だ。母さんは病院にいる。必要な物は全て持ってきた。もう帰るつもりはない。
「ジン、何読んでんだ?」
僕と向かい合って座っているクリートさんが話しかけてきた。
「母さんの日記です」
「そうか。母親か。大切にしろよ」
僕は顔を上げる。クリートは悲しそうな目をしていた。
「わ、わかりました」
そう言うとクリートはニコリと笑った。
「さて、そろそろだな。ジン、クリート。準備をしろ」
「え、何の準備ですか?」
「荷物だよ。窓から飛び降りるからな」
「は!?」
「え!?」
僕とクリートが同時に聞き返す。
「しー!あまり大きな声を出すな」
「すいません、でも怪我とかしませんよね?」
「俺も初めてだから分からんが、まぁかすり傷くらいだろう」
「え、ボスも行ったことないんすか?」
「そりゃそうさ。本部の場所なんてころころ変わるんだから」
ボスが時計を見る。
「よし、そろそろだな」
カバンを振り下ろす。
バリンッ
窓が割れる。他の乗客もこちらに振り向く。
「飛び降りろ!」
そう言いながらボスは目の前から消えた。
「あー、もう!わかりましたよ!」
クリートも飛び降りる。僕は窓の淵に手をかける。地下だから当然だが、外は漆黒だ。
「おりゃあ」
僕も身を投げ出す。
ドサ
線路に転がり落ちた。電車が通り過ぎる。
「ジーン、大丈夫かー。ちゃんといるかー」
クリートの声がする。
「大丈夫でーす」
「そっち行くからそこで待ってろー」
ボスとクリートがすぐに来た。
「ジン、立てるか?」
目が慣れてきた。ボスの手が見える。
「はい、大丈夫です」
僕はボスの手を取って立ち上がる。
「ボス、本部はどこにあるんですか?」
「どうやらこの先に扉があるらしい。行くぞ」
「はい」
「うす」
数分後―――
「よし、ここだ」
ボスが止まった。
「え、ただの壁じゃないですか」
「不自然だったらバレるだろ」
コンコンコン
ボスが壁を3回叩く。そしてこう言った。
「ゴアイダスボ」
ガシャン
壁の一部が開いた。
「さあ、入るぞ」
三人が入ると扉が閉まった。ボスの後に続いて暗い道を歩く。そして2つ目の扉が現れた。
「ゴアイダスボ」
もう一度そう言うと、また扉が開いた。扉の先から明るい光が漏れる。
僕たちは部屋の中に入った。そこは、一言で表すならば、"賑やか"が適当な場所だった。
「ボスとクリートと期待の新入りが来たぜえええ」
「ひゅーひゅー」
「よ、我らが英雄っしょ!」
全員の視線を感じる。なんだか恥ずかしい。
「ど、どうも。こんにちは」
何故だか拍手が巻き起こる。
「まあ、待て。落ち着け。人は揃ったし会議を始めよう」
背の大きな色白の男がみんなをなだめる。
「そうだな」
「じゃあ"V"に連絡するぜ」
「頼む〜」
黒人の人がパソコンをいじる。
「よし、繋がった」
『呼ばれたということはみんな揃ったということだな?』
ここにいる人たちとは違った、クールな雰囲気を醸し出す声がした。姿は見えない。
「ああそうだ。会議を始めよう」
『了解した』
全員が席に着く。5人一列で長い机に対面になって座る。僕もボスとクリートの間に座った。左から2番目の位置だ。
「さて、新人もいるわけだし自己紹介からだ」
向こう側の真ん中に座った、さっきの白人の人が、そう言った。そして目が合う。
「俺はライドン・ラクダス。"Re-BIRTH"のトップだ。ジン、君の活躍は聞いた。これからよろしく」
ライドンさんは微かに微笑んだ。
「よろしくお願いします!」
「じゃあ次私ね」
ライドンさんの右隣に座った、僕の正面の女性が言った。
「私はマーシャル・アゾリウス。ゲート・ハワイから来ました〜」
次はマーシャルさんの隣の男性が口を開く。
「俺はロック・ブラボー。"V"を除いた中では一番機械に長けてるぜ」
さっきパソコンをいじってたのがこのロックさんだ。
「俺っちはティコ・セレズニアっしょ。好きな食べ物はリンゴっしょ。よろよろ〜」
「よ、よろしくお願いします」
ライドンさんの左隣の人っしょ。あっやば、感染ったっしょ。
「わ、私はリ、リース・プ、プロキシマで、です。よ、よろしくお、お願いし、します」
「うわー、リーさん相変わらずカタコトっしょ」
「す、すいません」
「……?別に何も悪くないっしょ」
「よろしくお願いします」
リースさんは、ティコさんの左隣に座っている人だ。一瞬目が合ったが、すぐそらされた。
「俺とクリートは平気だよな?」
ボスが尋ねる。
「はい」
「じゃあ自分の番かな」
ボスの右隣の人が口を開く。
「自分はクリム・ベンガルデン。17歳だ。よろしく」
「よろしくお願いします」
そして、その隣の人がしゃべりだす。
「私で最後かな…?私は、ベル・メリッサ。よろしくね」
「はい、よろしくお願いします」
『ベル、私がいるぞ』
「あっごめんなさい」
『まあ、構わん。私の名は"V"。ニューヨーク行政府で働いている、いわゆるスパイだ。その都合上本名は明かせない。よろしく頼む」
「よろしくお願いします」
「さて、自己紹介も終わったことだし、そろそろ本題に入ろうか」
ライドンさんが言う。
「それでは"V"、説明を頼む」
『了解した。先日、まあ2日前の話だが、ジンのおかげで無事にゲート・シリコンバレーのメインコンピューターに潜入できた。そこにあった情報によると、10あるゲートの解放には、各ゲート管理施設にあるメインゲートキーと、ゲート・シリコンバレーの最重要機密施設の最深部にあるコントロールゲートキーを使って、同時にロックを解く必要がある。相手の意表を突くには、全てのゲートを同時に開ければいい。そうすれば対応も遅れるだろう。要はここにいる11人がそれぞれゲートキーを盗み出し、コントロールルームの鍵穴に差し込み、同時に回すのだ。だよな、ライドン?』
みんなの視線がライドンさんに向けられる。
「ああ、そうだ。そして決行は、3日後だ」
ライドンさんは、一瞬間を置いて、また口を開く。
「決められた仕事に就き、決められた場所に住み、毎日同じ物しか食べれず、統一言語を話すことを強要され、冷静になってみれば、地上が本当に危機的状況なのかもわからない。今、そんな市民の不満は限界を迎えようとしている。水面下では、3日後の"革命"に向けた準備が進められている。ゲートを開放し、地上と地下の出入りを自由にする。そしてその後は、政府の陰謀を暴き、悪人を排除し、全ての人間が平和で幸せに生きれる世界に作り直す。それが俺たち"Re-BIRTH"の使命だ。それにはまず3日後に全てがかかっている」
…すごい。僕はライドンさんの言葉に圧倒された。こんな壮大な反逆を思いつき、それがもう実行直前にまで迫っていること。そしてその中に、僕もいるということ。その事に感動した。
「では、担当するゲートを発表する。まずロック。お前はゲート・ローマだ。そしてマーシャル、故郷のゲート・ハワイに行ってくれ。ティコ、お前はゲート・ロンドンだ。次はリース。ゲート・ブラジリアだ。ベル、君はゲート・カイロだ。クリム、ゲート・モスクワに行ってくれ。ボスは、ゲート・ニューデリーだ。ジン、君はゲート・シドニーにだ。最後にクリート。ゲート・東京だ。ちなみにだが私はゲート・ニューヨークに行く」
ゲート・シドニーか。できれば東京がよかった。
『ではもっと細かい所を話していくぞ。まず施設への侵入の仕方だ。それは……』
――――――――――――――――――――
会議後。僕は指定された個室に籠っていた。"革命"の日までの僕の部屋だ。
「よ、ジン」
クリートが入ってきた。僕の部屋はクリートとティコさんの隣だ。
「浮かない顔してるな。どうかしたか?」
座り込んで僕の顔をのぞいたクリートが尋ねてくる。
「まあ、ちょっとね」
「そうか。言ってみ」
「いや、いいよ」
「言えって。言ったらすっきりすかもしれないぜ?」
「遠慮しとく」
僕は両肩をガシッと掴まれた。
「約束したろ。俺たち三人に秘密は無しだ」
「…わかった、言うよ」
約束。そう、あの日、僕がパスワードを伝えに行ったあの日。それを交わしたのは。
――――――――――――――――――――
コンコンコン
戸を叩く音が3回鳴った。
「ボス、奴が来ましたよ」
「ああ、開けてやってくれ」
ガチャ
クリートが戸を開ける。
「おい、ちゃんとパスワードは入手…え?」
「…パスワード?何のことだ?」
そこにはジンではなく、黒服の男が立っていた。
「私は政府警察の者だ。昨日通報を受けてな。後は分かってるな?」
「くっ」
クリートは手錠をかけられる。
「その二つの輪は強力な磁力でくっついている。並大抵の人間には引き離すことは不可能さ。さて、まだお友達がいるんだろ?総員、行動開始」
二人の見張りを残し、三人の黒服の男が中に入る。
「やあ、ジン。待って…た?」
「ざんね~ん。私はジンではないよ。さあ、両手を挙げてもらおうか」
ボスもクリート同様拘束される。
「お、ちょうど縄とかあるじゃ~ん。使わせてもらうね」
ボスとクリートが椅子に縛られる。
「さて、お前たちのことを詳しく教えてもらおうかな?」
「誰が教えるもんか」
クリートが声を荒げる。
「やっぱりそうだよね」
「ちょっと待ってくれ。あんたら、なんで俺たちをいきなり拘束するんだ?」
「あー、そっか。お前には言ってないか。昨日とある少年から通報があったんだ。ここに反政府勢力のアジトがあるって」
「「!?」」
二人が目を見開く。
「あいつ!!裏切りやがった!!ボス、だから信用ならねえって言ったんすよ!!!」
「ジン…」
「おや、どうやら図星のようだね。よし、本題に戻ろう。お前たちは何を企んでる?」
ガタン
閉ざされた扉の先から音がする。
ガチャ
扉が開く。
「こんにちは…」
「「!?」」
再び二人の目が見開く。
「誰だい君?」
「いや、ちょっとした通りすがりの者です。…ぷっ」
「…?何が可笑しい?」
「すいません、どっかで見覚えあるなと思ってつい」
ボスとクリートは俯いて赤面する。
「何を言ってるんだ貴様は。まあいい、捕らえろ」
左右から警官が襲い掛かる。が、すぐに倒れこんでしまった。
「な、何…」
「凄いですねこの麻酔銃。一発で寝ちゃうなんて。流石警察の武器なだけある」
銃口を警察官に向ける。
「こんなことしてただで済むと思うなよ。直に異変に気付いて増援がきてお前らは逮捕だ」
「…あそ。じゃ、おやすみ~」
バタン
警察官が倒れこむ。
「反撃しないとか馬鹿な奴。いくらでも隙はあったのに」
「お、おいジンだよな?」
「?そうですよボス?」
「なんでお前が…裏切ったんじゃないのかよ!?」
「まだ僕のこと信じてくれないんですか?せっかくほどいてあげようと思ってるのに」
ジンはボスに近づく。
「ジン、どうしてお前が?」
「あれ、ボスも僕が通報したって思ってます?僕はパスワードを教えに来ただけですよ。そしたら階段の所に警察官が二人いたから事情を聴いたら、通報があったから家宅捜査してるって。それで大体状況が掴めたんで、二人にはスタンガンで眠ってもらって、ここに入ってきたというわけです」
ジンがボスの拘束を解く。
「ジン、ありがとう。本当に」
「いえ、大したことじゃないですよ」
ジンが隣のクリートを見下ろす。
「これで僕のこと信じてくれます?」
「ああ、わかったよ。信じる、信用しますよ!」
「ありがとうございます」
ジンは笑顔でクリートの拘束を解く。
「というかクリート声大きすぎですよ。外からでも聞こえましたよ、叫び声」
「なっ、それは…すまん」
クリートが俯く。
「あはは、別に気にしてませんよ」
「それと…その、助けてくれてありがとな」
クリートが俯いたまま呟く。
「どういたしまして!」
ジンが手を差し伸べる。それをクリートが掴んで立ち上がる。
「よし、この三人で取り決めをしよう」
そう言ってボスが背後から二人の肩に手を回す。
「え、取り決め?」
「そうだ。其の一、この三人は何があってもお互いを信じること。其の二、この三人の間で隠し事はしないこと。こんなのどうだ?」
「いいですねそれ」
「俺も賛成」
「よし決まりだ」
ボスは肩から手を離し、右手で握りこぶしを作って二人の前に突き出す。
「約束の印、グータッチだ」
ジンとクリートが互いに顔を見合わす。そして二人もにっこり笑って握りこぶしを突き出す。
「さてと、ここがバレた以上、とっととおさらばするしかないな」
「この先どこ行くんすか、ボス?」
「うーん」
「あ、じゃあ家来ます?ちょっと狭いですけど」
「いいのか?」
「はい。母さんもいませんし。じゃあ家着いたらパスワード教えますね」
「ありがとな。そうと決まれば早速移動開始だ。クリート、荷物は最小限にしとけ」
「了解」
――――――――――――――――――――
「僕、本当はゲート・東京に行きたいんだ」
「俺の所か。これまたどうして?」
「……」
ジンは少しためらったが、やがて口を開いた。
「…復讐だ」
「復讐…!?」
「うん」
「誰にだ?」
「僕の母さんをおかしくさせた二人」
母親…。
「わかった。じゃあライドンさんに頼みに行こう」
「!?いいのか?」
「ああ、行くぞ」
「ありがとう」
俺たちはライドンさんの部屋の前に来ていた。
コンコンコン
三回戸を叩く。応答がない。
「いないのかな?」
コンコンコン
また叩くがやはり応答は無い。
「どっか行っちゃったのかな?」
「探してみようか」
「うん」
まだ二人は背後に迫る影に気付いていない。
この話はフィクションです。実在する個人、団体、出来事などとは一切関係ありません。