『7』
それは、まるで陽炎。
一瞬で始まり、あっという間に終わる。
あり得ないほど、短い瞬間。
袖振りする、すれ違う何かに気づいた時ー。
「っー!」
ベイン様を飛ばした女の子の前を立ちはだかる私がいた。
「…なんだ。」
無意識に動く体。
ある意味では当たり前。
仲間が倒れてるし、逃げ場はない。
もしも、私が逃げたらー。
彼女を遮るものは、何もない。
「あなた、何者?」
どう答えばいいか。
そもそも、答えは許されるのか。
躊躇う時、彼女がせき立てる。
「答えなさい!あなた、あいつの仲間?」
多分、この人、私を敵だと思っている。
それは当たり前、だけど可笑しい。
立ち向かう『今』が、わからない『状況』が。
何もかも、不安で、堪らなくてー。
「あ、あの!」
思わず声を出してしまう。
でも、聞こえるのはマシン音。
機械や工場、ロボットが紡ぐ悲鳴。
ああ、そうだった。
ベイン様の力で、私の声はモジュレートだれる。
嘘なる姿で向かい合う事は。
少しよかったけど、なぜか残念。
「なによ、もたもたして!はやく答えなさい!」
「わ、私はー。」
呼び捨てには敬語を。
憎しみには愛を。
そう教わった気がする。
「キミ!」
「っ…!」
捕まえた手首。
引っ張られる体。
相手が以外と、見方である。
それはきっと、言わない秘密。
「なんで君がっ…!」
立場を忘れた王子は、メイドの肩を揺さぶる。
元々自分の者に罪悪感は持たない。
激しく扱いも、少女は我慢する。
「なぜここにいる!来るなと言っただろう!」
「ベイン様、どうか落ち着いてください…!」
「まさか、君、逃げる気?」
「そんな!」
「ああ、はっぱりそうだったな。僕を見捨てるつもりだな。僕が君を守るため戦う間も、君は逃げる道だけ探して…!」
「痴話喧嘩はやめてくれる?あなたに恋人なんて、虫酸が走るから。」
すっかり忘れていた。
今、かなりピンチな状況。
たとえば、嵐の真ん中。
「はやく答えてくれない?私、忍耐力がないタイプだし。」
彼女の拳が燃える。
手に宿った紫の炎。
きっと、気のせいではない。
「あなたたち、何者?『あの人』はどうした!」
「え…?」
『あの人』って、誰?
聞いたことない。
そう言えば…。
私たち、なんで戦ってるだけ?
この戦いの源、知っていたはずなのに。
なにか可笑しい。変な気がする。
なんだか、大切なことを、失ったようなー。
忘れてはいけない、なにかをー。
「聞くな!」
「えー。」
ベイン様は、肩を掴んだまま。
締められた皮膚は桃色に変わってく。
「あんなこと、聞くまでもない。」
「でもー。」
「命令だ。」
「あ…ああ…。」
意思は消え、記憶は曇る。
ああ、そう…。
どうしたんだ、私。
簡単な命題さえ忘れて。
「私、なにをー。」
「その話は戻ってからだ。」
「そうはさせない!」
振り向けば、紫の炎。
彼女はいつのまにー。
いや、彼女は最初からそこにいた。
なのに、その存在さえ忘れていた。
それは確か、なにか言い出そうとした瞬間。
『神』に操られたように、運命から抜ける絆。
「逃げるとか、戻るとかー。」
紫の少女は歯を食いしばる。
「勝手なこと、言わせないから!」
少女が拳を振り上げる。
殴られたら、きっと耐えられない。
でもー。
「なんー?!」
なぜか読める。
空気の流れさえ、目に見える。
「そんな!」
強い攻撃は、避ければいい。
当たらないなら、倒さない。
もっと、戦える。
「なによ、燃え上がって…!」
手を軽く振ると、顕現するロッド。
「あんた、邪魔!」
紫の文様は、伝説の戦士の証。
遥か昔から、受けついた力。
よくわからない。でもわかる。
あれに当たったら、浄化される。
なら、その前ー。
「なに?!」
近寄り、距離を縮める。
捕まってるロードを狙い、拳そのものを蹴る。
「くっ!」
ロッドを落したミラクルは、戦う力が残っていない。
透きを逃さず、反撃するとー。
「まったくー。」
空から聞こえてくる小さなため息。
「ここで負けるなんて、冗談じゃないよ、先輩。」
「だっ、大丈夫ですか…?」
空から輝く青い星。
風に舞い散る赤い花びら。
二つの力が混じり合い、流れ星を作り出す。
星は落ち、私を狙う。
私はどうにか耐えたが、ベイン様は今の攻撃に気を失ってるみたい。
危ない。はやく戻らないとー。
「遅いわよ、あんたたち。」
唇を尖らすのは、きっと、嬉しいから。
ナルの癖なんか、もうお見通しだから。
(いや、ちょっと待って。今のは、確かにー。)
違和感が大きすぎる。
何もかもすべて。一から十まで。
なにより、私、今、優しさを感じてるし。
「こんどは絶対ミラクルのせいです。すぐ熱くなって、むやみに飛びかかって。」
「わかったから、ちょっと手伝ってくれない?体動けないし、ぎりぎりだから。」
「って、ミラクルやられた?助けを求めた?これスクープじゃない?記者はどこ?」
「…ごめん。やっぱ自分で立ち上がる。」
懐かしい名前。
心地よい風。
なんとなく嬉しい。
なんとかなりそう。
「あ、あの。」
あの時は、話、わかってもらえると信じた。
「私たちを、見逃してくれませんか?」
「ふざけやがってー。」
彼女らが私たちに抱いた感情が、どれだけ辛いのかわからずに。
「お願いします。せめて、ベイン様だけー。」
その名を口にした瞬間ー。
遥か遠くから、爆音が鳴った。
「話が通じない。」
空から舞い降りたボーダーは、腕組みし、私を見下ろす。
「私たちにはあいつが必要さ。選びなさい。そいつを渡すか、ここで消えるか。」