『5』
目を覚ましてから2日。
誰も私に近づいたり、声をかけたりしない。
可笑しいぐらい、誰からも認められない。
「くっそ、覚えてろよ!」
仮面で顔を隠すことができてよかった。
感情を出さずに生きるのは、以外と便利。そして、少しだけ辛い。
「お帰りなさい、ウィックド様。」
「げっ!」
「怪我をなさっております。すぐ薬を…。」
「こら!びっくりしたんじゃない!」
「申し訳ありません。」
「あたしに構うなよ、迷惑だから!」
「でも、怪我人を見捨てるわけにはー。」
「うるさい!近づくな!あっち行け!」
「わかりました。お大事になさってください。」
本当によかった。
悲しみや寂しさなんて、見せたくないから。
仮面の奥、隠してしまおう。
「おっと、失礼。」
「うぎゃっ?!」
「え…。」
躓き倒れるデストロイ様と、後ろで笑うポイズン様。
たぶんこれあは、ポイズン様のいたずら。
火を見るより明らか。
「どけ!」
デストロイ様が叫ぶ。
でも、私は躱せない。
あの方は欺罔王国の幹部。
私なんかが醂せるわけがない。
不可能に体を縛られたら、目を閉じ、運命を待つしかない。
「いてて…。」
気が付いたとき、私は見てしまった。
怪我どころか痛みもない。
苦しんでるのは、むしろデストロイ様。
そしてー。
デストロイ様がぶつかった、透き通るシールド。
透明な警戒の向う、吹きすさぶ怒り。
「退けろって言っただろう!無視するのか!」
「デストロイ様の動きを避けるなんて、私に出来るはずがありません。」
「って、ふざけんな!お前、実は俺よりー。」
「いい加減にしろ。」
「ノ、ノワール様?!」
「…!」
いつのまに、ノワール様が私たちを見下ろしていらっしゃる。
どこから現れただろう。さすが、驚くべきの力。
デストロイ様も、後ろのポイズン様も、急いで跪く。
「悪意者が近づくと自動的にシールドが出来る。敵も見方も手出さないようにな。」
「でも!」
「ちなみに、幹部に歯向かうこともできない。そうプログラムされてるんだ。」
誰もがお互いの顔色をうかがう。
誰か異議を差し挟んで欲しい、悔しい顔。
でも、ここは欺罔王国。力こそ全て。
だから、誰も文句は言わない。
「次のターゲットが決まった。我に勝利を捧げる者はないのか。」
「それが、最近あいつら本気出してるし、けっこう怖くてー。」
突然、地面が揺れる。
これは自然現象ではない。
ノワール様が生み成す怒り。
「も、申し訳ございません!」
でも、その次にも、前に出る者はない。
このままでは、ノワール様が爆発する。
止めなきゃー。
「あの、ノワール様。よかったら、私がー。」
「なんだと?」
感じる視線。
ざわめく声。
「お前が?」
何となく、恥ずかしい。
そういえば、気が早過ぎ。
戦う方法も知らない。実戦経験もない。
私のくせに、あまりにも勝手な事をしちゃった。
わがまますぎな私を、皆、呆れた目で見つめる。
「じゃ、このあたし、ウィックドにおまかせください!」
「今先逃げてきたくせに。」
「なに?」
ああ、また始まった。
なんで喧嘩しつづけるだろう。
仲間同士、仲良くして欲しいのに。
(っ…。)
仲間。
その言葉が、なにかを呼び起こす。
暖かくて、優しい気持。
モノクロのパノラマが、いずれ切れてしまう。
「静かに!今度はポイズン、お前が行ってこい。」
「はい!」
ポイズン様が消え、皆元の場所へ戻る。
見方なのに、いじめる理由はないのに。
私が、足りないから…?
寂しさが満ちると、唇を噛む。
「つかまえた!」
「ベイン様…。」
後ろから抱きしめる、冷たくて鋭い感覚。
見なくてもわかる。ベイン様だ。
「私も、役に立ちたいと思ってー。」
「へえ、十分役に立てると思うけど?」
「でも、私はずっと戦わずにいるから…。」
語を継ぐことは出来ない。
あまりにも怖い目付き。
襲い掛かる恐ろしさ。
私は、言葉さえできない。
「ベイン、様?」
「何のつもりだ、お前。もし、ここから逃げ出す気か?」
「そんな…。」
私の両肩をつかむベイン様の手に力が入った。
痛い、辛い、なにより、不愉快。
「君は僕のそばにいればいい。どこにも行かせない。」
「っ…。」
「良いだろう?」
「はい…。」
何度も頷いたのは、痛みから解放されたくて。
帰り道のベイン様は、なんとなく不安そう。
だから私は、絶対『神』を不安にさせない、そう決めた。
でも、約束も誓いも、すぐ破れてしまった。