『3』
まっすぐ流れてくる記憶。
おかげで、私のことがちょっとわかった気がする。
でも、未だ思い出せないこともある。
たとえばー。
「遅い。」
すぐそばから聞こえてくる、不愉快な声。
「急ぐんだ。これ以上待たせたら、面倒なことになるぞ?」
髪を梳していた櫛が、びくっと立ち止まる。
チークを入れていた手付きも、ぎくりとする。
何が起きてるのか、何をされてるのか。
全くわからないまま、体を委ねる。
「派手にしろ、派手に。出来る限り飾れ。僕のプライドを傷つけるな。僕に相応しき相手に、マスターピースに塗り替えるんだ。」
触れたり、離れたり。
何度も繰り返し、飾られた。
時々、誰かの声の塊が聞こえる。
けれど、脳にたどりつき、理解される前、なにかに飛ばされる。
まだ、頭がぼうっとするから。
周りの様子は知らない。
「出来たか?」
数分後。
近寄った『神』が満足に笑う。
「じゃ、はやくノワールさまに行こう。」
頭が重い。
雲の上を歩く気分。
夢の世界を生きる感覚。
どれほどの人数が集まったかわからないまま、私はただそこにいた。
「ー。」
こだまする、エコーのような声。
その中、唯一、確かな『神』の声。
「いや、困るな。これ、もはや僕の物だから。手出しはやめてくれ。」
後ろから抱きつく腕。
その愛情はかなり重い。
荷物によろめくように、感情に波が立つ。
「ー?」
「いや、僕も記憶を書き換えたのは生まれて初めてだから。手が空いたら感情も作ってみる。」
「ー。」
「いやいや、絶対ならない。むしろ、意識のあるままが楽。このままじゃ、一々命令しないと動かない。ロボットみたい、っていうか。」
「ー。」
「心配すんな。リカーはずっと僕の側にいるから。だよな、リカー?」
問いかけてくる『神』の思わくがわからなくて。答えない。
頭を下げたまま、黙っていると、『神』は近づいて、ため息をつく。
「ああ、やっぱ駄目。これじゃ、ただの人形じゃない。」
冷たい感覚が顎を触る。
指は私の顎を軽く持ち上げ、自分を向かせる。
「なあ、リカー。こういう時は、『はい』と言えばいいんだ。わかったか?」
「はい…。」
可笑しい。
私に道を選ぶ権利はないはず。
なのに、どうして、逆らいたくなるのだろう。
『神』が与えた道を歩くのが被造物の宿命。
でも、もし許されるならー。
『ここから逃げなさい』と本能が叫んでいた。