一話
「あなたの都合なんて関係ありません!」
「あの・・・」
「こんなところで無駄に時間を」
「ちょっと」
「そう私には、夢があるんです」
「おい!」
「ちょっとまってくださいそこまで聞いておいて無視ですか」
立ち上がり、部屋を出ようとした俺の肩を幽霊少女は掴んだ。
そうこの幽霊は普通に触れることができるのだ。
ほんの数分前、好奇心から手を触れてみた時もちゃんと触れることができた。
「そこまでも何もお前が話したのは、開口一番『あなたの都合なんて関係ありません!』『こんなところで無駄に時間を』『そう私には夢があるんです』だけだ」
さっきから一方的に、まくしたてられて内容が全く頭に入ってこない。なにか単純なお願いを極大に遠回りに話してるように聞こえる。
「どこに行くんですか?」
ドアノブを掴んだ俺のシャツを掴む。
「おやつを食いに行く」
「私の話よりおやつの方が大事だって言うんですか」
「まだまだ育ち盛りでな、栄養はこまめに補給しないと死んでしまうんだ」
「そうなんですか!」
一瞬、掴む力が緩んだと思った瞬間また強まった。
「騙されませんよ、いくら人間が弱いからって一日二日食べなくても平気だってダンタリオン先生が言っていましたから」
なんだそのスーパーロボットのような名前の先生は。
「じゃまずお前は誰なんだ」
ため息をついた。真昼間から変、いや幽霊自体が変だが、それにつけてもめんどくさい奴に憑かれてしまった。
とりあえず、このままでは埒があかないので話を聞くことにする。除霊のほとんどは話を聞いてあげることだってばあちゃんが言っていたような気がする。
「私ですか」
赤い、燃えるように赤い髪、深紅と言うべきか。小顔で整った顔立ち、日本人とは少し違うような気がする。さっきから説明がいまいち通じないのは、言葉が違うのか。
「悪魔です」
そうか悪魔か、なら日本語が通じないのも頷ける。慣れない日本語で必死に説明しようとしていたのだと知ると健気なものではないか。
・・・。
「帰れ!」
「なんて酷い、今、種族で差別しましたね」
「悪魔なんて言われて話を聞く奴がいるか! そんなの訪問販売でいきなり詐欺師ですって言っているようなもんだろうが!」
「そこまで直撃じゃないですよ、せめてヤクザって言ってください」
「同じだ!」
「私、詐欺師じゃないですし、ヤクザでもないです。正統な悪魔です」
そう言って腰に手をあて胸を張る。
「だいたいお前、見た目まんま人間の幽霊だろうが」
赤い髪に赤い瞳は人間ばなれしているが、それでも悪魔には見えない。
それとも俺が知らないだけで悪魔ってこんなのなのか。
「失礼な、私はちゃんとした悪魔ですよ、ほら」
幽霊少女の背中が一瞬淡く光り、自分の身長より大きな黒い翼が広がる。
「黒い翼があれば悪魔なんて単純な考えだと思うぞ」
「でもこんな人間いませんよね」
たしかそうだが、幽霊になれば肉体の制限から解放されるのだから翼を出すこともできるかも知れないが、そもそも。
「悪魔が幽霊になるものか?」
幽霊かそうかじゃないかはすぐにわかる。頭に輪っかあるかないか。
こいつにはそれがある。
「それは、私も死んで初めて知りました。でもすぐに天に逝かないでこうして幽霊になっているってことは何かしろってことだと思うんです」
悪魔が天に召されるって・・・まあ堕天使とかならありなのか。
「つまり私はまだ死んではいけない悪魔なのです」
「つまりの部分がまったく分からん」
「だって十六歳と言う若さで死んでしまって、美人薄命とはまさにこのことで、悪魔なんて数百年生きるもんじゃないですか、それが十六年なんて短すぎで死んでも死にきれませんよ」
だから幽霊になったと、そこは分かった。
「助けてあげたいと思いませんか、私も自分で言うのもなんですが、けっこうかわいいほうだと思うんです」
人のツッコミを壮快にスルーし話を続けた上に、人差し指をほほにあて首をかしげて上目づかいに俺を見る。本人としてかわいいポーズなのだろう。いや普通の状況なら俺もかわいく思ったかも知れない、しかし今の状況ではまったく思わない。
「かわいい女の子を助けることが、人間の男の生きる意味だってダンタリオン先生が言っていましたよ」
「それは相手が人間で生きている場合の話だ」
「あ、そんなこと言っちゃうんですか! 私は幽霊ですからね、睡眠をとる必要ないですからね。夜中にポルターガイスト起こしたり、すすり泣いたりしますよ」
「お前が原因だと分かっているなら怖くもない」
「事情を知っているあなたはそうかも知れませんが、ご近所さんはそうじゃないですよね。夜中にすすり泣いたりカタカタ扉揺らしたり、一週間でご近所でも有名な幽霊屋敷のできあがりです」
こいつやる気だ。
「分かった、話を聞こう」
見た目あまり力が強そうには見えないが、触れられるということは物を動かしたり声を聞かせたりすることはできるだろう。最近はマシになったが、昔は驚いたり、うっかり話しかけたりで、ただでさえご近所さんから変な目で見られているのに。
「では、契約しましょうか」
「契約?」
「はい、契約すれば私の魔力が使えますから何かと便利ですよ」
「いや、まて。俺はまだ協力するとは言ってない」
「ま、まさか、話だけ聞いて協力しないとか酷いこと言う気ですか!」
「話を聞くって言うのは普通そう言う意味だ」
「やはり、ここは夜中にすすり泣くしか。いいえ夜中に隠している。エロ本見つけ出して母親の部屋に並べて置いておくとか」
悪魔かこいつは。いや悪魔なんだがな、自称であるが。とりあえず決断は後にして話を進めないとどうしょうもないようだ。
「それって魂とかもっていかれるとか?」
俺の知っているかぎり、悪魔との契約は魂を捧げたり、期限二十年でそれ以降はどうなるか分からないとか、ろくなことが起こらない。
「まったくの偏見ですね、魂なんかほしがりません。だいたいもらって何に使うんですか?」
「それは、魂を食うとか」
「さらに偏見ですね、そんな物食べません。ちなみに私はサバの味噌煮とご飯の組み合わせが大好きです」
なんて和風な悪魔なんだ。黒い翼を持つ赤い髪の悪魔が座敷でサバの味噌煮食っている姿などツッコミ待ちのギャクとしか思えん。
「じゃなんのためなんだ?」
「お金です」
「え?」
一瞬思考が停止した。OK大丈夫だ、もう一回言ってみろ。
「がんばってお手伝いしますからお金を下さい!」
「帰れ!」
「なんですか!」
「自慢じゃないが俺は生まれてこのかた金があったことなどない」
「ほんと自慢じゃないですね!」
「いきなり逆ギレか!」
とにかくお金を下さいなんて言う悪魔幽霊なんて相手にしてられるか。
俺が立ち上がりドアノブの手をかけた瞬間。
「話は聞かせてもらったわ!」
ドアが勢いよく開かれた。ゴンという俺の頭部とドアがクラッシュした音ともに。
頭を押さえる俺の前に現れたのは、エプロン姿の母親。
「ってか、息子の部屋に聞き耳たてているんじゃねえ!」
「そりゃ息子の部屋から女の子の声が聞こえたら聞き耳ぐらい立てるでしょ」
「お前もか」
同じくエプロン姿の妹が扉の端から顔を出している。そう言えば休日ということで昼飯の後から何か作っていたな。
「そこのお嬢さんは、悪魔よね」
「母さんわかるのか?」
「何度か会ったことあるしね」
そういえば母さんは、俺が生まれる前までは霊能力者として父さんと一緒に世界中を飛び回っていたとか言っていた。
「その娘さんと契約しなさい」
「なぜ? いきなりそうなる!」
「母さん、あんたがいつまでたっても守護霊と契約しないから、それなりに心配していたのよ」
霊能力者は、特定の守護霊と契約することでその力を高めることができらしい。一人前の霊能力者と認められるのには契約は不可欠で、守護霊によって扱う術がかわり、修行する方向性もかわってくる。なので契約は、早ければ早いほど良いとされている。ちなみに俺の妹は、五歳で思兼神というかなりメジャーな神様と契約している。
「でも、こいつは悪魔だ」
「べつに守護天使がいるんだから守護悪魔がいてもいいじゃないの? タブーになってることが多いけどうちの流派は寛容だから大丈夫よ」
そういうものなのか。
「何を騒いでおる」
「あ、バアルいいところに」
現れたのは、わが家の三毛猫バアル。とても視る能力の高い猫で人工衛星に憑いている霊まではっきり視えるらしい。父さんがたまに持って帰ってくるよくわからない物もすべてこの猫が良い物か悪い物か判別している。
「バアルこいつを—」
「もう視ている」
バアルの瞳が金色に変化する。
俺はまだ視る能力がうまく調整できていないからよくわからないが、しっかりとON,OFFが切り替えることができると視るときは瞳が金色になるらしい。ちなみにバアルが視れば思考もしっかり視えるそうだ。俺も嘘ついた時はよくあれで視られた。
「珍しいこの猫喋るんだ」
悪魔幽霊少女がふわふわと漂い、バアルの頭を軽くなでる。
「悪魔の世界の猫は喋れないのか?」
「人間の世界でも猫は喋らないものじゃないの?」
「いや、普通に喋るぞ」
「そうなの!」
クイクイと引っ張る感じがして振り向くと妹が俺の服を引っ張っていた。
「お兄ちゃん、猫は喋らないよ普通」
周りにいた全員の視線が俺に集中する、これではなにか俺が間違っているみたいではないか。
「猫って喋らないのか?」
そう言えば前に学校で猫の話をした時、微妙な食い違いがあったような、いやいや現にバールは喋っているじゃないか。
「だってバアルは悪魔だし」
「悪魔!?」
「そう、母さんの守護悪魔。言わなかったけ」
「でも喋る猫ぐらいそこらへんを探せば―」
母さんが俺の肩を両手でがっちりと握った。
「ごめんね、正芳。世界中の猫の99.999999・・・パーセントは喋らないわ」
そんなに9を大量に言わなくても、それにぜったい9の言った数覚えてないだろう。
「大丈夫、サンタクロースは実在するから!」
「高校二でサンタなんて信じるか!」
だいたい夢を消したのは、毎年グリーンランド国際サンタクロース協会の事細かなサンタ規定を二時間に及び話し、最終的には父がサンタになれない理由が「私デブ専じゃないし、あ、でも愛があればそんなの乗り切れるかな、きゃは」とのろけ話に変わるあんたの説明のせいだろろうが。
「でもね、お兄ちゃん。そういう従粋なところ好きだな・・・」
ありがとう妹、しかし。
「そんな憐みの目で兄を見るな、小学三年生!」
「話して良いか」
すっかりバアルの存在を忘れていた。
「なにか分かったか?」
「この娘の言っていることに偽りはない」
「じゃ決まりね、契約しなさい」
「なぜそうなる!」
「そろそろ契約しないと霊能力者としてやっていくにはきついわよ」
「俺は普通に就職する」
進路希望書に霊能力者と書いて怒られるのにはもう疲れた。
「いや、我も契約を推奨する」
今までバアルは、選択肢を与えるが選ぶ内容を指定してくることなんてなかった。
目の前の母親とは違い、バアルは考えなしにものを言わない。そのバアルが言うのだから何かあるとは思う。
「ね、バアルもそう言っているし」
「そうですね、それじゃさっそく」
悪魔幽霊が机の上のノートを引きちぎる。まあ、まだ何も書いてないからいいか。
「さらさらさらと」
筆箱から赤ボールを取り出し紙に文字を書きだす。
「普通の紙とペンでいいのか?」
「羊皮紙なんてないでしょうし血は痛いでしょう」
たしかに羊皮紙なんて現物を見たことすらないし、指を切って血出すなんて考えただけでも痛々しい。
「はい」
渡された紙に書かれた文章はよく読めなかったが書かれてあるAmyが名前であることは分かった。
「なんかアミラーゼみたいな名前だな」
「そんなこと言われたの初めてです」
「なんで英語なんだ?」
「ラテン語分かりますか?」
「いや」
日本語で書いてくれと言いたいのだが。
「私が読もう」
状況を察してくれたのか、バアルが名乗り出てくれた。
「確かに魔力を与え守護すると書かれてある、しかし良いのか? 見返りが書かれておらぬ」
「本気で信用すれば人は裏切らないってダンタリオン先生が言っていましたから」
「・・・良い悪魔だ」
バアルはそれ以上、何も言わなかった。俺は赤ボールペンを持ち自分の名前を書き最後の字の途中で。
「ちょっとまて! 俺は契約するなんて一言も言ってないぞ」
「もう、往生際が悪いわね。ちょっと手伝って」
妹が俺の腰を母さんが俺の右手をガッツリ握る。ものすごい力で全く抗えない、これが守護霊を持つ者と持たない者との違いか。
「観念しなさい!」
最後のひと振りが俺の名前を完成させる。
俺、阿倍正芳はこの瞬間、アミーを守護霊とした。