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第十一話

「なんで私がこの町に残らないといけないんですか?」

「私が失彩を患って、この町を出て行かないといけないからよ。あなたは私ではない他の針子の元で働くの」

「納得できません」


 ラトはぐずりと鼻をすすった。


「私はあなたの弟子です。だからってあなたに言われたからと他の人のところに行きたくありません」

「でももう私は工房が無いわ。再建はできないでしょうね。だからあなたを雇い続けることもできない」


 工房はエルテの夢で、ラトの家だった。

 それが失われた今、二人は別離しても良いはずだった。

 でもラトは嫌だった。理屈や理論のあるものではない感情が、神父の差し出した道を拒ませた。


「それに花嫁衣装だって、まだ」

「あれはもうできないわ。きっとミュラー商会がもっと良いのを作って献上するでしょうね」


 きっとその方がマリアンナ様にとっても良いわ、とエルテは零した。


「でもマリアンナ様はミュラー商会を断ってまで、エルテさんに依頼したんですよ? それなのに、エルテさんが断るんですか?」

「断るわ。だって出来ないもの」

「じゃあ、明日断りに行くんですよね?」


 エルテは失笑した。


「さすがにそれはできないわ。神父様が私の失彩を知っていたということは、もう他の人も知っているに違いないわ。きっとこれもミュラー商会の差し金ね。だとしたら、マリアンナ様が知らないわけがない。すぐに火事の事もマリアンナ様の元に届くでしょう。だとしたら、別に断りに行かなくても、事情を察してくれるでしょう」

「仕事を投げ出すってことですか?」

「投げ出すってわけじゃないわ。やむを得ないのよ」


 でも同じじゃ無いですか、と言いながらラトは服の袖で鼻水を拭った。


「エルテさんは、昔仕事を投げ出すなって言いましたよね? それはお金を払ってくれる人に大変失礼だからって。それを言ったエルテさんが、それをするんですか?」

「昔そんなこと言ったのね、私」

「言いました。だから私も仕事を一つ一つ大事にこなしてきたんです」

「そう。だからあなたの仕事は丁寧なのね。さすが私の弟子だわ」


 エルテはラトに誇らしげな眼差しを向ける。


「だとしたら、あなたは本当に私の弟子として誇らしいわ。安心して余所に送り出せる」

「嫌です。私はエルテさんと一緒に働きたいんです」

「私は失彩よ。だからもう針は持てないわ」

「だったら! だったらマリアンナ様に出来ませんって言いに行くのも大事な仕事じゃ無いですか!? 私を誇らしいって言ってくれるなら、私にもあなたを誇らしい師匠だって言わせてください!」


 ラトの力強い叫びは、トンネルの中に響き続けた。その反響にすらラトの意思が滲んでいるようにいつまでも耳に残った。

 エルテもその言葉に震わされたようだった。


「そう、分かったわ。なら、見届けると良いわ。ただ見届けたら、ちゃんと神父様の元に行って、他の針工房で働く。それを約束して」

「分かりました」


 悔しいけれど、失彩を患ったエルテは彼女の言う通り針子は続けられない。色が分からないのなら、花嫁衣装どころか、日常を彩る衣装すら難しいだろう。

 それでもラトは、自分を針子として育ててくれたエルテとの突然の別れを避けることが出来た。近い未来、必ずある別れだが、引き離されるよりはずっと良かった。

 身寄りのないラトを拾ってくれたエルテは、ラトにとって初めて出来た家族だったから。

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