八話:プラネタリウム2
上映の間、真由さんの言葉が頭の中をいったりきたりを繰り返していた。
「気持ちよくなっちゃったのなら、おしまいですね」
あの時、もっと自分を隠せていたら。隠せていないにしても、真由さんを見ないでいたら。
もう少し長く、していてくれたのかな……なんて。
もっと舐めていてほしかった、なんて思うのは狂っている? 淫らなの?
気持ちよくなっていると思われたというのはもしかすると、取り返しのつかない失敗だった?
どうしよう。もう、何もしてくれなくなったら。でも、それが普通だよね、でも。
茫漠とした不安がのしかかってくる。何故か分からないけれど、とてつもなく不安だ。
どうしてこんなに不安に思ってしまうのだろう。
面と向かって振られたわけでもないし、次もありそうな口振りだった。いや、これは私の願望かもしれない。だけど。
なんで。
胸がきゅうきゅう言って、息苦しい。はやく終わらないかな。
おしまいっていつまでなのかな。
もっともっともっと、触れ合いたい。嫌がられるかな。それは嫌だ。触れ合えないのも、嫌だ。
私の中は目に映る星空みたいにキラキラでいっぱいで、おおきくて、ごちゃごちゃで、理不尽で。
事の道理がもうなんだか分かんなくって。
真由さんは私のとくべつだけれど、真由さんにとってはどうなんだろう。
ただ、弄んでいるだけ? ただ、面白がっているだけ? でも、それじゃ説明のつかないことばかりで。
とくべつだったら、いいな。回らない頭で願ってみる。
ふと、隣からは静かな寝息が聞こえてくる。私がこんなに考えこんでいるというのに、真由さんは本当に自由だ。こんなに自由だと、退屈なんて無縁なんだろうな。羨ましい。
すぅ、すぅ、というのを暫く聞いていたら私も眠くなってきたので、ゆっくりと目を瞑る。ごめんね係員さん、説明ちっとも聞けなかった。先ほどから変わらず静かなトーンで喋る係員さんに謝りつつ、気付けば眠りの世界に墜ちていた。
目が覚めたときには、前方にいた家族連れもカップルも、後ろから聞こえていたおじいさんの独り言も優しい女の人の声もぜんぶ、いなくなっていた。ハッ、と横を向いたら真由さんの姿も無くなっていた。
寝ているうちに、帰っちゃったのかな。私と居るのはやっぱり、楽しくなかったのかな。年甲斐もなく落ち込む。
そういえば、連絡先も聞いていない。これは、帰るしかないな……。真由さんとのコンタクトが取れそうにないことを理解してしまう。
虚無が目から零れる。誰もいないから、隠すこともしない。ただ座って目を見開いて、流れる虚無を垂れ流しにする。頬を伝って、顎から落ちる。気にしない。顔がびしょびしょだ。それでいい、気にしない。
突然、あの時みたいにフワッと春の香りが漂って。
思い切り後ろから抱きしめられた。白いブラウスの袖が視界に入ってくる。まゆさん……?
「ごめんなさい、泣かせるつもりはなかったんですよ」
切望していた声が聞こえてきた。嘘。虚無だったものが宝石に変わる。ぼろぼろと大粒の雫が膨らんでは落ちる。頭が真っ白になって、宝石の波にワッと呑まれる。
「ううううう………うっ、うっ……」
「ごめんなさい」
「うっ、うっ……うぁっ……」
「……」
泣き止まない私を温かに包み込んでくれる。
「あうっ……っ……ごめ、んなさい……」
「謝るべきは私ですよ」
「んんっ……」
「一人にして、ごめんなさい」
「あぅ……うあああっ……」
ごめんなさい、と謝る真由さんの声はいつもよりずっと優しくて。優しすぎて。堰を切ったように涙が溢れて止まらない。止められなくて、ごめんなさい。こんなに好きで、ごめんなさい。
涙が収まるまで真由さんはじっと傍にいてくれた。泣き顔を見せるのが恥ずかしくなって、不自然なのは承知で腕に顔を隠す。真由さんは申し訳なさそうに、でも余計なことは言うまいとしているようだった。
泣きやんでしまうと、何がそうさせたのかぽっかりと忘れていて、あるのはひどい泣き顔と傍にいてくれる真由さん。むしろ清々しい気持ちさえ感じてしまうのが不思議だ。
「真由さん、この後どうします?」
努めて明るく振る舞う。無論、顔は隠したままだが。
「大丈夫なんですか、那奈さん」
「大丈夫ですよー! 元気です! とっても元気です!」
ふふっ。やっと笑ってくれた。
「そうですね、では夕日を見に行くのはどうですか? 今の時間なら、丁度落ちるのが見られると思いますよ」
元々そうする予定だったかのように滑らかに提案してくる。
ふむ、中々渋いチョイスだ。
「あと」
「?」
「泣き顔を見られる心配も、ないですから」
ああもう本当に、この人は。
また涙が出てきそうなのをぐっと堪えて、目を逸らす。真由さんの方を見ていたらまた泣いてしまいそうだから。
自分の腕を外し、その代わりに真由さんの腕を抱きしめる。真由さんの肩に顔をうずめて、顔を隠す。真由さんは一瞬驚いた素振りを見せるも、無抵抗に私に腕を預けてくれる。真由さんの服が濡れていく。悪いと思うけれど、私の涙が染み込むのはなかなかどうして、心が満たされる。
「では、いきましょうか」
真由さんの匂いに囲まれて、私は真由さんの行くほうへ身を任せるのだった。
閲覧有難うございます(*‘ω‘ *)!思ったよりデート回が長くなりそうな私です。
暫くは土曜日が続きそうですね笑 生暖かい目で見て頂ければ幸いです。
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ありがとうございます(∩´∀`)∩!(二回目)