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温かい珈琲はいかが?  作者: 侑奈
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挿話:真由の場合

 重く薄暗い雲が空をおおって、冷たそうな雪が薄く降り積もっていた。

 時折目に入る通行人たちは皆寒そうに肩を強張らせ、足早に歩いていく。

 そんな光景を横目に見ながら丁寧に、曇った店の窓をぴかぴかにする。お祖父ちゃんの喫茶店で働くようになってから随分と経って、仕事も苦では無くなってきたのを感じる。

 秋ごろまでは学校に行っていたけれどなんだがなじめなくて、そのまま行かなくなってしまった。お嬢様学校なんていうから肌に合うと思ったのに、蓋を開けてみれば動物園のように煩くて、煩わしい。真面目で優秀な娘を望んでいた両親には悪いが動物と友達になる努力なんて無駄なので、静かで理知的なこの空間に息を潜めることにした次第である。


 とはいっても流石に。


 ふぅ、と窓に息を吹きかけてみる。


 退屈だ。


 人通りの悪い路地にあるせいか休日でも客足が遠く、来てもぱらぱらと昔からの常連さんたちが本を片手に訪れるのみで、大抵はカウンターの内側で読書をする日々が続いていた。

 最近流行りのSNSで店のアカウントを作ってみたものの、どうにも使い方が分からずそのままになってしまっていて客が増える気配はなかった。この店は半ばお祖父ちゃんの趣味のようなものだから問題はない。少々やっぱり退屈なだけで、別にいいのだ。別に。そう言い聞かせつつ、ちいさな自分の世界へ落ちてゆくのだった。




 ガラン、ガラン。

 耳慣れた音。

 しかし扉を開けたのは見ない顔だった。

 葛城学園の女子ひとり。1年生にしては丈が短いから、2年生だろうか。

 私を探してきた訳ではなさそうだし、クラスメイトの差し金ではないと言っていいだろう。同級生にここを荒らされたらたまったものではない。

 挙動を警戒しつつ声を掛ける。


「いらっしゃいませ!」


 珍しい客人はじっと私を見ていたような気がしたがきっと気のせいだろう。気のせいであってくれ。

 そのままカウンターへ向かってくるのを確認して、私はゆったりと注文を待つことにする。

 こういうところは初めてなのか、メニューとにらめっこしているのが見える。なぁに、注文に手間取る客なんて何人も見てきた。ここはひとつ、読書でもして待って居よう。

 そうして読書に勤しんでいたわけだが、おかしい。一冊読み終えてしまった。

 ちら、と少女に目を向けると先程と何ら体勢が変わっていない。ただ居座るつもりでも……なさそうだな。

 余りの遅さに少し呆れながらも少女の傍らに立つ。ほんとうにメニューに集中しているようで、何の反応もない。


「何かお困りですか?」


 できるだけ優しい声をつくって呼びかける。


「えっと、あの、おすすめとかってありますか?」



 か細い声。ここはマニュアル通りに『今日のおすすめ』欄を教えて立ち去っておくことにする。

 店員と長話は無用だ。


「あのっ」


 と、鈴のような声で呼び止められた。


「店員さんの好きなメニューってなんですか!」



 ふぅん。こういった質問をされるのは久々だ。

 小動物のような潤んだ瞳がこちらを見てくるのを感じる。丁度退屈だったんだ、名も知らぬ少女に時間を割くのも悪くない。


「そうですね……」


 少女の脇にもどって、メニューに顔を近づける。


「今日は寒いですから、私ならこの、ホットキャラメルラテにします」


 メニューの中央あたりを示しながら答える。


「なるほど、じゃあそれにします!」


 潔くて可愛い。


「かしこまりました、少々お待ちくださいませ」



 席で飲み物を待つ彼女は、入店時の緊張が解けたのかリラックスしている様子だ。きっと初めての場所だから目新しいものでもあるのだろう、こちらに絶えず熱い視線を向けてくる。


「お待たせ致しました、こちらホットのキャラメルラテでございます。」


 我ながらうまくできた。仄かなキャラメルの匂いが優しく香る。


「ありがとうございます!」


 子犬みたいだ、なんて言ったら怒られちゃうだろうな。また声をかけてくれるのをちょっぴりだけ期待して、わざと少女の目に留まるような場所を選んで業務をこなす。退屈の檻に踏み込んできたものが面白いものかどうか、知りたくなったのである。




 私の誘いも虚しく、声を掛けられぬまま閉店の時間が近づいてきた。惜しいけれど、そろそろ退店してもらわないといけない。作業台に布巾を置いて足を向けると、少女がこちらを見ていた。


「あの!」

「なんですか?」


 やっと声をかけてくれた。いつも冷静だねと言われる私なのに、なんだか興奮してしまった。恥ずかしい。


「あの…」


 言いにくそうに言いよどむ彼女の言葉を待つ。


「名前とか、訊いてもいいですか」


 濁りのない綺麗な声。過去にオジサン達から訊かれたときは迷わず断ったが、彼女には教えてもいい気がした。根拠なんてないが、なんだか楽しくなりそうな気がした。


「私ですか? 貴船 真由です。」


 私の興奮が悟られないように、できるだけ冷たく、冷静に。


「……真由さん……」


 私の名前が大事そうに呟かれる。騒がしいのばかりだと思っていたが、こういう人も居るということに喜びを隠せない。名前を大事にしてくれる彼女なら、この場所も大事にしてくれるだろう。

 いちお客様であるだけの彼女だけれど、もう少し近づきたいと思ってしまって。


「あの」

「はい?」

「えっと、お客様……葛城学園の方ですよね? 私もそうなんですけど」

「えっ」


 急に店員にそんなことを言われたら誰だって驚く。迷惑だと思われていないだろうか。

 取り繕うように更に言葉を紡ぐ。


「お客様のことは今日初めてお見掛けしましたが、もしかしたら何処かで会っていたのかもしれませんね。」


 学校での記憶はすでにほぼ無いのが申し訳ない所だが。


「同じ学校なんですね」


 ああ、嬉しそうな笑顔が胸に突き刺さる。痛い。


「よろしければ、お客様のお名前も教えて頂けませんか?」


 次会うときは、ちゃんと名前を呼びたいから。


「あっ、あっ、あの……」

「はい」


 初対面なのにこんなに踏み込んだから、緊張させてしまったかもしれない。急かさず、優しく相槌を打つ。


「たかぎ……高木那奈です!」


 那奈さん。那奈さんか。彼女の頬は心なしか赤くなっていて、愛おしささえ感じる。

 どうしてだろう、こんな気持ちになったのは初めてだ。もっと那奈さんのことを知りたい。この感情の先を見たい。


「那奈さんですね。またいらしてください。」


 そう言って、帰り支度を始める那奈さんに見えないようにリボンを手に取る。

 那奈さんにとってのセカイは広くても、私のセカイはここしかない。直接言うのは気恥ずかしくて、思いのこもった手紙もなんだか違うから。

 マーカーを手に取り、一言、書きつける。


「那奈さん、夜道は危険ですからご一緒しますよ」


 後ろ手には青いリボンが握りしめられていた。









いちゃいちゃシーンの前に、二話の真由さんサイドのお話です(*‘ω‘ *)!

感想、評価等々頂けるととてもとても嬉しいです(*'ω'*)よろしくお願いします!


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